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旅のお供に果実酒を  作者: 西葵
路傍の欠片-The game is afoot-
103/346

嚆矢濫觴、正体不明



「其の方の"それ"は、創造では無い」


「其の方は、依木に与えられた器より自身の魂を分離させている」


「そうして其の方は、器を"模造"した。分際を弁えない其の方には、平穏を与えねばなりません。加えて其の方は」


「……加えて其の方は、"1度依木の赦しを与えられている"。依木に目を背けた其の方へ、再びの愛を」



▲▼▲▼▲▼▲▼




「智性を語る烏滸がましさは、其の方にこそ在り処を見ている」

「……言いたい事はそれだけか、巫女の」




▲▼▲▼▲▼▲▼



「ヴィクト・アーバン。ヴィッキーでいい。そっちは奴隷だ、気にしないでくれ」

「何者なのか、それではまだ解答には至らないぞ」

「土地を売り買いして方々を回ってる。一応事務所を構えてるが、もう何ヶ月もあそこには帰ってねぇな。ヘレスの南、アインベッカーの丁度中央の辺りさ」

「貴様、人を虚仮にするのも程々にせんか!」

「ん、何が知りたい?」

「目的を話せ!」


そう名乗った褐色の男、ヴィクト・アーバン。褐色に赤の短髪、背丈は私よりも数センチ高く、土地転がしにしては体格が良過ぎる。


「ハハッ!あんた、自分が今どういう立場に有るか知らねぇ訳じゃあねぇんだろ?デュボネで起きた"要人の失踪"、その張本人たるあんたがこんな片田舎の飯屋で変態的行為に勤しみめでたくお縄に掛かった。俺でなくても首を突っ込みたくなるってぇ話さ。ま、ベレンツの連中はあんたの顔を知らなかったみてぇだがな」

「貴様、何が望みだ……」


奴隷と称された女も同様褐色で、青の髪を括り、口元を覆う黒の布のせいで表情は伺えないが、向けられる視線に乗っているのは明確な敵意だ。


「おいおい、貴族育ちの坊ちゃんは救われた事への礼も言えないのか?噂通りだな!デュボネの連中の口はその日の酒を入れるのと、叶える気の無い大望を語る以外に使い道は無いらしい!」

「……ぐっ!か、感謝だけはする……。だがこれ以上時間を取られたくない」

「……どうした、何を焦ってやがる?心配しなくてもいいぜ、俺の知り合いからの情報じゃあ、デュボネはあんたを探していない」

「……なに?」


どうしてこんな状況に陥ったのか分からないが、ヴィクト・アーバンの言葉が真実なのであれば私はバラバラになってしまったこの男達に何かしらの罪で拘束、連行されている最中であったらしい。


「人望無いのを人に当たったって品位を下げるだけだぜ」

「黙れ!」


しかし、そうか。

捜索隊は組織されていないのか。

となると爺達が上手くやってくれたか、若しくは既にレゾンデートルは……。


「おぉおぉ怖い顔すんなよ」

「答えろ、レゾンデートルはどうなっている」

「尊大な態度だな。人望無いのも頷ける」

「答えろと言っている!」


私の言葉に反応した奴隷の女が、先程から向けていた敵意を殺意に変え動き出そうとした瞬間にヴィクト・アーバンはそれを手で制した。


「エニィ、殺すぞてめぇ」

「ですが御主人様……!この男は先程から……っ!」

「俺の"商売"に口挟むんじゃねぇ」

そう発する彼は、手馴れた手付きで女の頬を殴打した。

「……も、申し訳御座いません!」

「分かればいいんだ。あぁすまねぇな、どうにも血の気が多いんだよこいつァ。あんたと比べると、育ちが良く無い」

大仰な身振りで一例し、再度私に向き直る。殴られた奴隷の女はよろよろと立ち上がり、だがやはり武器に手を掛けたままこちらを見る。


「……私は貴様の商売に加担する気は無い。と言うよりも急いでいる、私には目的が有るのだ」

「そう、それよ!一枚噛みたいんだよ俺はそいつに!」

「要らん」


吐き捨てる様に、だがこの反応は予測済みだったのであろう。ヴィクト・アーバンは引き下がる事は無く、聞くやいなや再び口を開いた。


「そのあんたの目的を再開させられるようになったのは、誰のおかげだったっけか?」

「……ぐっ」

「約束する!あんたが家を捨ててまで果たしたいその目的とやら、俺は口外する事は無い」

「なんだ、何を望んでいる?」


覚えは無いが、だがやはりこの者達に救われたのは事実なのだろう。

バラバラになった死体を見るに、これらは自警団の面々だ。勿論どの死体にも見覚えは無いが、各々が身体に巻く布の柄はカフゥやユーリが巻いていたものと同じだ。


「目的は2つだ。1つはサイン。レゾンデートルのサインが欲しい。勿論今、デュボネであんたの名前は使えないだろう。だがここら田舎の街となりゃ話は別さ。俺みたいに商会に属してない人間でも、帝国の三家貴族からお墨付きを貰ってるってだけで商売がしやすくなんのさ」

「デュボネ以外であってもか?」

「あんたが今日の晩飯を求めて街を彷徨いて、2軒見付けた。1つは何処の馬の骨ともつかねぇ男の構える店。もう1つは別の国の要人が足繁く通うと噂の店。さぁ、今日のあんたの晩飯はどっちだ?」

「……だが貴様の事務所はヘレスに有るのだろう?」

「事務所があるだけさ。それと、オドンコールがうまくやってくれてるおかげでアインベッカー人はデュボネに敵意を持っていない。貴重な奴隷供給源だ」

「女傑の宣言以降、彼は奴隷の買い付けを拒んでいるぞ」

「"表面上はな"」

「なに?」

「奴隷が居なくてアインベッカーって国が機能する訳ねぇだろうよ。それにそういったヘイトは一手にその女傑が背負ってる、内戦にまで発展したんだ」

「……ふむ」


筋は通っている。勿論利もあるだろう。

だが、それでは。


「だが貴様の口振りでは、"私の目的に加担したい"という点が余りに余計だ。私を助けた事実のみで、サイン云々の取引を持ち掛ければ良いではないか」

「2つあるっつったろ?」

「ではその2つ目とは一体なんだ」


愉快そうに笑うヴィクト・アーバン。

その脇に立つ奴隷までもが、口元に巻いた布の奥で口角を上げているように見えた。


「愉快に生きれば愉快に死ねる!俺の人生は愉快だったって、そう言って俺は死にたいのさ!」

「なに?」



▲▼▲▼▲▼▲▼



「貴様の宗教に興味は無い」

「宗教じゃない。哲学さ」

「意味が分からない……」

「"死ぬ理由"を欲してるんじゃない。"生きた証"を手に死にたいとそう言ってるのさ」

「……それが、私の目的に加担する理由か?」

「あぁ!なんだったらサインより俺はそっちにこそ利を見てる」


偽っている様には感じないが……。

だが、意味が分からない。


「俺がこんな使えない奴隷を連れてる理由もその為だ。証人がいる。俺一人が死の淵に立って、その時、俺の人生は最高だったなんて言ったって意味はねぇ。傍目から見ても、俺の人生は最高だったってその過程を証明する為に目が必要なのさ。なぁ?エニィ」

「御主人様……エニィは、エニィは御主人様の身に死が差し迫ったのならば、この身を賭して御主人様をお救いします。エニィはその為に、御主人様と共にあるのです」

「何度も言ってるがよ、盾にするならお前よりもっと分厚い奴を雇う。分不相応なんてのは馬鹿の生き方だ。お前は俺の死を、俺の最高の人生を"最高とする為に"生まれたんだ」

「あぁ、御主人様……。エニィは幸せ者で御座います……」


宗教では無く哲学と述べたが、だが奴隷の目に映るアーバンの姿は何処ぞの教祖に似通ってしまっている事だろう。

その実彼の語る言葉はやはり哲学めいてはいるが。

私は昔からあまりそういったものが好きでは無い。そのもの自体というよりも、その為の思惟が無駄にしか感じないのだ。

そのようなものは、解を正しく見積もれない者のただの足掻きだ。


「あぁ、道理はあんたにある。あぁーレゾンデートル、だがあんたの言ってるそれには。……そうだな、向き不向きがあんだよ」

「どう言う意味だ」

「提唱者になるだけの器が無いのさ、俺には。だから後ろ盾を求める。レゾンデートルにはそれが必要無いと、そういう話さ」

「アインベッカー出身者はこれだから嫌いだ」

「理解する必要は無い。だが、なんでもかんでも解を引きゃいいって世の中でも無いんだぜ。そこに生きてる生き物も同様な」

「貴様が歩んだ人生は、貴様が歩んだ時点で貴様の人生として確立する。その段階で既に、貴様の求める解は導けているではないか」

「だがそこには、提唱者たる器の無い俺には、必要なのさ。後ろ盾が。こいつの目が」

「……分からん。1人がそんなに怖いか」

「1人は好きだぜ。つるんで生きる方が窮屈だ」

「その奴隷は」

「何遍も言わせんなよ。これはただの、"替えの効く目"に他ならねぇ。……まさかとは思うがあんた、女傑と似た様な事を言うんじゃぁねぇよな?まだるっこいからやめてくれよ」

「その様な事は無い」


出来上がった世界は、その世界を認識する者がいて初めてその世界として確立した存在になる。

この男の言う"愉快な人生"は、その人生が"愉快であった"と認識する存在が必要で、その目を他者に委ねるこの男には、"それがその様な物であった"と提唱する器が無い、と。


「……だとしても、やはり。だがやはり、貴様の助力を求めてなどいられない。私の大願は、私自身で叶えなければならないのだ」

「あんたほんとにたった1人で国を抜けたのか?」

「いやそれは……」


──そうだ。

私はこの旅を始めてからというもの、1度だって1人では無かった。


「そうだ、奴がいない……」

「誰がいないって?」

「い、いや……えぇとだな……」


テンコが一向に姿を現さない。

奴が一緒にいても喧しくて疎ましいだけでは有るが、一体どこをほっつき歩いて回っているのか。

それにこのままでは、祖国奪還という私の目的は果たせ得ない。

必ず何処かで足がついてしまう。

追っ手が掛かっていなくとも、いつそうなるかは分からない。


……や、奴の身を案じている等という話では無い。

奴が居てもややこしいが、居なくては困る。

そ、そもそもは私の使い魔なのだ。主人と共に在るのが必定というものだろう、うむ。


「人探しがお望みか?それこそ俺達の力がいるだろう。ベイル・レゾンデートルってデュボネの次代を担う貴族の事をここの連中は知らねぇが、女子トイレに忍び込んだロン毛のデカブツのこたぁ明日の朝には街の噂になるぜ」

「待て、何が何だって?」


女子トイレに忍び込んだ、ロン毛の……デカブツ……?


「うっ……!頭痛が……っ!!」

「お、おいおい大丈夫かあんた」


ダメだ、何故だろう。

記憶を遡ろうとする度に、数十分前に差し掛かった辺りで記憶が散り散りに霧散して行き、動悸は上がり、吐き気を催す。


なんだ、一体私の身に何が起こったというのだ……!


「さぁ、どうするよ。ここからはまぁ、俺の独り言だ」

「ふんっ!……う、は、吐き気が……」

「さっきまでの俺からの話は無視してもらっていい。だが、賢いレゾンデートルに今必要なのは賢い選択だ。選択肢は2つ」


えぇい、人を馬鹿にするような話し方をしおって。

品の無い男だ。


「あんたは既に、この街で好き放題動ける身分じゃねぇって事は分かってるよな?この街じゃあんたは変態で、加えて捕縛された自警団を惨たらしくも手に掛けた」

「なっ!これは貴様達の仕業ではないか!」

「おぅ、街の連中にもそう言って回るといい」

「ぐっ!」


しまった。

最早状況は、私に予断を許さないという事か。


「だがそんなあんたに救いの手が。何処ぞの土地転がしとその奴隷が、あんたのサインと目的を明かすだけであんたの苦難を退ける事に一役買うと。さて、レゾンデートルよ。あんたの大願は、こんな片田舎の牢にぶち込まれて叶えられる代物なのかい?」


何が提案だ……。

これではただの脅しではないか。

しかし、しかし……。


「くそっ!貴様、私を脅迫した事忘れるでないぞ……!」

「忘れるなんてするもんかよ!あんたも俺の、愉快な人生の一部を担うのさ!!」


ここまでか。

だが、テンコの所在が掴めない今、つまりは同化が出来ない今はカフゥの家に匿ってもらう事も出来ないのだ。


「さぁレゾンデートル、商談成立だ」

「くそっ……」


私に歩み寄り、右手を差し出し。

握手?この私が脅迫に屈し、この男と握手を交わすのか?


「難しく考えんなよ、手助けしてやろうってただそれだけさ」

「必要無いと言っているだろう!」

「エニィ」

「畏まりました……コホン」

「……?な、なん──」



▲▼▲▼▲▼▲▼



「…………きゃあああああ!!!!変態と死体がこんな裏通りにいいいい!!!!!」


「ばッ、貴様あああああ!!!」


「あははは!!そうだ!これだよ!俺はこんな生き方が好きなんだ!!さぁ行くぞレゾンデートル!宿はあっちだシャカリキ走れッ!!!」


「く、くそっ!馬鹿者共がああああっっ!!!!」





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