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旅のお供に果実酒を  作者: 西葵
路傍の欠片-The game is afoot-
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天の血涙を



「──……どうしたの!?」

「あ、あぁ……あの、カフゥさん……個室に、へ、変態が……」

「はぁ?…………うわ、マジ?ちょっともぉー今日の夜警の担当は私じゃないんだからぁ。勘弁しなさいよ、ったく……」


終わった。終わったんだ、何もかも。


「ちょっとあんた、いい加減にしなさい。お盛んなのは構わないけどこんな形で発散してんじゃないわよ。ほら、ちょっと立って。抵抗しないでよね、これ以上の労働は勘弁だわ」

「ひっ!き、気持ち悪い……怖いぃ……」

「あぁよしよし。貴方も怖かったわね。ほらちょっとデカロン毛、詰所まで連行よ。あぁーあーもうほんっと面倒臭い!なんでアンタそんな無駄にデカいのよ!ほら!動きなさいってば!」


ベイル・レゾンデートルは、聡明であった。

ベイル・レヴナントは、高貴であった。


「誰か詰所から人を呼んで来てくれない?ほら、取り敢えず外に行くわよ。……あぁー貴方、腰を抜かしてる所悪いんだけど女性を見かけなかった?赤髪の、オッドアイの女の子」

「い、いえ……」

「そう。……うーんあの子、何処に行ったのかしら。……まぁ今は一先ずアンタよアンタ。さ、来なさい。くれぐれも、抵抗は無しよ」


同じくして、彼の旅路は平穏であり。

まだ同じくして、彼の旅路は潔白である筈だった。


「違う……違うのだ……妖精、そう……私は……トイレの妖精……」

「これは……詰所より先に医者に頭を開いてもら──ん?……アンタ、何処かで会ったこと……」


だが本日を持って、私の旅は終焉を迎えた。


「いえ、記憶違いね。私の知り合いに犯罪者は山程いるけど、トイレに忍び込む変態はいないもの」

「変態……変態なのか、私は……」


ここ、女性用トイレの中で。



▲▼▲▼▲▼▲▼



「おいカフゥ、なんださっきのは!何があった!」

「変態が出たのよ。ねぇ、ジョゼを見てない?この時間ならこの辺りで見廻りしてると思うんだけど」

「あぁ、見たぜ。待ってろ、呼んでくら」

「ありがとう。さ、変態。アンタはこっち、外で待ちなさい」


カフゥに手を引かれ、景色は否応無しに巡りゆく。

好奇の視線、軽蔑の声。そうして瞬く間に、闇に落ちる。


私は死人だ。

夜の街は、生暖かい東風を纏い。丁寧に四肢を包んでは、撫で付けるように吹き抜ける。

冷えきった手先の合間を縫って、だが先程店内で向けられた刺す様な視線と比べれば、ともすると生温いと評せる様なこれであっても、心地良かった。


「ほら、腕を出しなさい。……ハァ、ほんとにもう。収穫祭も近いってのに……。これで、よしっと」


何をするカフゥ。

私を救ってくれた貴様でも、柱と私とを麻縄で括り付けるなんて、おかしいでは無いか。


「……ねぇアンタ。泣くのか笑うのかどっちかにしなさいよ……かなり、気持ち悪いわよ……」

「私は今、涙しているのか」

「えぇ、笑いながらね。ハァ……ね、デカロン毛君。きちんと反省しなさい。そうすれば一月もせず牢からは出してあげるから」


そうか、私は今、泣いているのか。


「ねぇ、聞いてる?……はぁ、もう……ねぇーはやく誰か来てよー!」

「私は……私は…………ハハッ……」

「ねぇー!ほんとキモいんだけどこの人ー!」


フッ。

おかしな話だ。

死に体の私が涙しているとは。


「人間とは、分からない……」

「ねぇちょっとほんと怖いんだけどこの人ー!誰でもいいから変わってってばぁああああ!!!」


囀りは、やや上擦りながら、闇夜に溶けた。


あぁ、見ておられますか。

天国の父母と義父母よ。

ベイルもすぐに、貴方方の下へ参ります。


「待っていて下さい……」

「ねぇだから怖いんだってええええ!!!!」



▲▼▲▼▲▼▲▼



「──見たか"エニィ"。とんでもない大物だぜ、あれは」


「申し訳御座いません。不出来なエニィには、あの男が何者なのか見当が付きません」


「その辺の犬ころでも知ってる顔だ。まぁ要するに、お前もこの街の人間も畜生以下だって話さ」


「御主人様の為、精進致します」


「んなこたどうだっていい。行くぞ、"アレ"を逃すのは惜しい。多くて5人だ。──殺れるな?」


「仰せのままに」



▲▼▲▼▲▼▲▼



「カフゥ姉さん、こいつですか?」

「もぅ!おっそいのよバカ!めっっっちゃ怖いんだからこの変態!」

「すんません!で、どうすりゃいいですかい?」

「取り敢えず牢にぶち込んで、悟りでも開いた頃に出して上げましょう。ジョゼはここに残って、別の仕事を頼みたいの」

「了解っす。ほれ行くぞ変態!よしテメェら、連行しろ!……して、何です?姉さん」

「私の家に住み着いた居候知ってるでしょ?あの、ちょっと"イタい"子。さっきトイレに行ってから姿が見えなくなっちゃって───」


あれから何分経った事だろうか。

未だ私の意識は現実世界にしがみつき、幾ら願えど幾ら祈れど、天の父母と義父母は未だその姿を現そうとはしてくれなかった。

そんな私を縛り上げ、引き摺るようにして何処かへ誘う数名の男達。


「おら、キリキリ歩け!」

「あぁ、そうか……」


そうだ、きっとそうだ。

この男達が、天までの旅路の案内人なのだ。

粗暴であり、荒々しい所作でもって私の縄を引くこの男達こそが、私を父母と義父母の下へと誘ってくれる。

何もかもを見い出せなくなってしまった私に、これ程有難い話もない。


「感謝する、案内人よ」

「……はぁ?なんだぁこいつ、捕まって頭トんじまったんじゃねぇだろうな」

「そいつぁちげぇぜマルコ。そもそも頭トぶくらいしねぇと女子トイレなんかに忍び込まねぇだろうよ!」

「はは!それもそうだ!」

「フフ、何を笑う。笑いたいのは私の方さ。フフッ、まったくどうして、どうして……う、うぅ……」

「お、おいエンリケ……こいつ泣いてやがるぜ……」

「あ、あぁ……トんでるなんてレベルじゃねぇ。こいつぁもう手遅れだ……」


天への案内人にも関わらず、どうして貴様達の目も私を刺す。

もう、やめてくれ。私は死んだ。

ベイルはもう死んだのだ。両家の名に泥を塗り、そうして私は死んだのだ。

せめて、あぁせめて。

貴方方の下で安らかに眠りたい。


「しかしよ兄弟、こいつどっかで見た顔じゃぁねぇか?何処だったかは……定かじゃぁねぇが……」

「はは!なんだセザル!この変態に見覚えがあるって?丁度いいや!変態同士ふたり仲良く同じ牢に入れてやるよ!」

「ちげぇってエンリケ!………いや、何処かで見たんだ。昔、かなり前だ……この街に来る、もっと前……。いやダメだ分からねぇ!多分人違いだこりゃ。酔いが回っちまったかもしんねぇ」

「仕事前に酒入れんなって何遍言ったら分かんだよお前は」


口々に言葉を零す案内人達。

言葉尻に品の欠片等あったものでは無いが、それでも私を天へと誘う役目を買って出てくれているのだ。


あぁ、早く。

早くお会いしとうございます、天国の父母と義父母よ。

初めてお目見えする父母に、何を話そう。

久方振りにお会い出来る義父母に、何を語ろう。


「あぁ……楽しみだ………………楽しみだッ!私はッ!」

「うわ!き、急にデケェ声出すな気持ち悪い!いいから早く──!!」


晴れやかな、気分だ。

なんと爽やかな夜であろうか。

どこを見渡そうとも、そこに。

"煌めく星々が泳いでいる"。


「……!?お、おい止まれマル──ッぐぉああ!!」

「エンリケ!お、おい!なんだ!何がい──ブヘェエっ!!」


夜空を見上げる私に。

あぁこれは、天が流す涙であろうか。



"酷く赤黒くくすんだそれは"。

張り付くように私を包み。



「ヒッ!おいセザル!"何かいる"!」

「分かってる!……お、おい、うし──」

「セザル!?おい、セザル!!畜生、なんだってんだ!何がいるんだ!!……お、おいどうした!"何に斬られてんだよ!俺た"──ガハァッ!!」



吹き抜ける東風に似て。

"酷く、生温かった"。



▲▼▲▼▲▼▲▼



「──……いつも言っているだろ。もう少し綺麗に殺せ」

「……申し訳御座いません、御主人様」

「まぁいいさ。何しろ今の俺は気分が良いんだ。おい、聞こえるか、変態さんよ!」

「──あぁ天よ、何を涙する。あぁ、父母と義父母よ……私は……」

「……いやはやこれはまた……。おい!聞こえねぇのか、よっとぉ!」

「私は、貴方が──ヘブゥウウッ!!…………ハッ!!な、何事だ!」


な、なんだ!なんだなんだなんなのだ!

何事か!何故ぶたれた!というかここは何処だ!


「やっと帰って来たか。やぁ、お初にお目にかかります」

「なんだ、誰だ貴さ──な、なんだこの状況は……」


まずいな、記憶が混濁している……。

確かカフゥとの夕餉の最中トイレに行って、それから。

それから……。


ダメだ、それ以降の記憶が無い……!


「ハハッ!なんだよほんとにトんじまってんのかよ!こいつァいいぜ!よう変態、あんたは"ツいてる"!性癖には目も当てられねぇが運だけはいいぜ!」


一体ここは何処で、この男は誰で。

どうして私は今、"切り刻まれた数個の死体"に囲まれている?


「誰が変態──うッ!」

「──御主人様に歯向かうな」


身に覚えの無い罵倒に正当に応じ声を張り上げようとした刹那、私の喉元に、鋭利で冷えきった"何かが"食い込んだ。

女の声、若い、女の声。相手は2人だ。


──これは、糸か?

いや、何か特殊な素材を編み込んでいるのか。よく注意して見渡せばそこら中に、この路地を縦横無尽に張り巡らされており、その何れもが月明かりを浴び"煌めく星"の様にチラチラと顔を覗かせる。


「おいエニィ、誰がそいつを殺せと言った?」

「……申し訳御座いません」

「……ッ!……はぁっ、な、なんなのだ貴様達は。せ、説明しろ……!」


男がそう述べた数瞬後、首元に食い込んだ糸は弛み。

深く息を吸おうとするが、やはり血の臭いが酷過ぎる。

何よりも先ず、この状況が理解出来ない。


「そうだエニィ。テメェは"替えが利く"んだからよ、利口に生きろ。……さて、変態よ。俺はお前と話がしたい。どうして"あんたみたいなのが"この街でこんな事になってんだ?」

「だから!私は変態では無いと!」


男は卑しいニヤけ顔を。

その、不遜な態度を崩さない。


あぁこの顔は、奴に似てい──。


「分かった分かった。……なぁ?"片腕"さんよ」

「なッ!?」



▲▼▲▼▲▼▲▼




──そうだ。



──テンコは何処だ?




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