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旅のお供に果実酒を  作者: 西葵
路傍の欠片-The game is afoot-
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夜月に晒す




「其の方には、愛が足りない」


「のぅ、巫女の。許せん、妾は許せん」


「其の方には、清き魂が足りない」


「貴様の言葉は人のソレ」


「其の方の瞳は、軽蔑している」


「貴様の姿は人のソレ」


「其の方はまだ、術を知らない」


「妾にはそれが極めて滑稽に、加えて極めて浅ましく……あぁそうさな」


「依木を否定する其の方に、許しを」


「軽蔑しとるんじゃよ、貴様の事を」


「天照は、依木──」


「口を慎め、巫女の」




▲▼▲▼▲▼▲▼




「それは、人の智性じゃ」


「烏滸がましいにも程が有る」


「悍ましいにも、程が有る」




▲▼▲▼▲▼▲▼



「カァーっ!シャバの空気はうンまいのぅ!」


夜の帳は、生温い東風を纏い。

いやぁ、しかし気分が良いわ。飯も酒も美味い。ちと暑苦しい風土じゃが、生活しとる連中は些か頭が硬いだけでこれっぽっちも暑苦しく無い。

どこぞの愛しの童も今になって妾の重要性に気付いておる頃じゃろう。


ククク、妾のベイルは阿呆じゃのう〜。


「こら、子供は早く家に帰りなさい」

「はいはーい」


因みに妾は阿呆ではない。

如何に何にも縛られる事無くあっちゃこっちゃ歩き回れるとはいえ今の自分が人の目にどの様に映るかくらいは理解しておる。

邪魔臭いローブを着込み、これまた鬱陶しいフードを目深に被り、時たま今の様に声を掛けてくる善良な市民を去なしながら気の向くまま、風の吹くまま。


「若いの、1つ貰うぞー」

「あぁ?だっ、おめェ!手癖の悪いガキだなオイ。マワしちまうぞとっとと家帰れ」

「んー!うんまい!肉じゃ、やはり肉じゃな!」


出店の前に数人で陣取り飯をかっ食らう連中の皿の上から1つくすねる代わりに罵声を浴び、しかし良い日じゃ。何が良いってそりゃあもう、固っ苦しい阿呆に小言を言われんで済むという所じゃわな。


着の身着のまま、行き先は爪先に託して。

目的地は無い。美味い飯を食い、美味い酒を飲み。


「これが旅じゃ」


妾のぬしはどうにもそういった旅の醍醐味には興味が無いらしい。

合理的な事は悪ではないさ。じゃが、そうさな。


「それじゃあ女にモテんじゃろうて、ククッ!」


ひとえに余裕。奴に足りんのはそれじゃ。

此度の旅の目的を見失っている訳では無い。しかしその旅路、常に余裕と隣り合わせに無ければならん。

心の平穏とは、その程度の範囲に転がっておるもんなんじゃから。

ま、年老いてから後悔するじゃろうて。


「……さて」


そろそろ余裕の無い妾のぬしは便器に撓垂れ声も挙げずに泣いとる頃かの。


クククッ、いい顔しとるんじゃろうなぁ、それはそれは。



▲▼▲▼▲▼▲▼



じゃが、今日の妾は気分が良かった。

石造りの街並みと、陽気な連中と。それと、街に入り込むようにして生い茂る緑を眺め、歩みを止める事は無かった。

いくら歩けども、例え、息が上がろうとも。

この時間を手放そう等とは思えんかった。



何故なら今、"この時の妾はきっと"──。



「のう、誰ぞ。誰ぞ居らんか。クククッ!」



▲▼▲▼▲▼▲▼



渓流に乗った笹の葉は、不規則にその向きを変えながら。

妾の歩先は先の飯屋を捉えた。

そんなに歩いて来た気もせんが、まぁこのままふらふらしながら……小一時間くらいか?

先程よりもやや人通りの減った通りを、西へ。


知らず知らずの内に4番街の辺りまで流れていたらしい。格子状に繋がる通りを、記憶を頼りに進み続ける。


4番街と言うと……はて。

いかんのう、物忘れが酷い。歳のせいかの。やっとられんわ全く。


「歳は取りたく無いもんじゃのぉ〜」


そんな事を口にしながら、歩みを止める事無く、ただただ西へ。

えぇと、あの飯屋が確か2番街じゃったから……。


「あれか」


100m程先に、大きな通りが見える。確かあれを曲がって数十分も歩けば愛しのぬしの元へ到着じゃな。

という事はあの大通りは各1から5番までを走る通りな訳じゃな。

ふむ、分かり易くて大変よろしい。何せ何処を見渡しても似たような景色でやっとられん。


「ま、いつの時もそうじゃな」


街並みは、そこに住まう人間の精神に似通っていく。

どういう訳かは知らん。じゃがどうも、"人間とは、その様な生き物"であるという事は"もう"分かった。

詰まる所この街並みも、べレンツの民の精神を表現している。

一見すれば面白味の無い、簡素な造り。じゃが格子状の通りを見るに交わる事を望み、湾曲した生き方を拒む。

そうして冷たさを増すこの街は……あぁ、そう。あの鳥の娘が動かしとるんじゃったか?


無理も無いがの。

なに、"恋仲にあった男が羽根を毟られた"んじゃから。あれでよくよく曲がらずに生きておる。

そういった事を恐らくあの娘は、"時を止める事"で乗り切ろうとしている。男の分の生活用品を未だに棚に仕舞いっぱなしにしとるんもその為じゃろう。

賢い選択では無いが、"秒針を見なければ"娘の時は止まったままになる。瞳に映す景色をいつまでも変えず、そうすれば、奴の時は止まったままじゃ。


変化を嫌うのは、街か民か。


「都合が良い、とな。クククッ!」


あぁ、気分が良い。

今晩はきっと、いつの日か酒の肴になるじゃろうて。

勿論皿に並ぶはこれから再開を果たす妾の愛しのぬしに他ならん。


あぁ、楽しい。

生きるは、楽しい。

こんな快楽をアマレットに突如奪われた鳥達を思うと不憫でならん。人間が起こした暴挙の煽りを受けるのは、いつの時だって妾達じゃった。


あぁ、本当に。

誰ぞおらんのか。

酌をせい。話を聞け。



早く会いたい。



「待っておれよ、ぬしよ」



"人に会いたい"。



▲▼▲▼▲▼▲▼



大通りに差し掛かる前に変化を行った。

来がけに見た人間の中から適当に、極力負担の少ない者を。視点は上がり、髪が目に掛かる。

快活そうな見た目であったこの女は、一体どんな人間じゃろうか。


どんな父母の元に生まれたんじゃろうか。

好きな食い物はなんじゃろうか。

愛する男がいるんじゃろうか。


夜の街を歩き、風を浴び、遠くに喧騒を聞き。

そうして人を、創造する。

この時間は、変え難い。


「──おい貴様、止まれ」


そんな時間に水を差したのは。


「なんじゃー、ナンパするならヨソを当たってくれー」


10数名の、男達。

あぁ……見覚えは有るとも、その"鎧"。

何時ぞやの、脳ナシ連中じゃな。まぁー揃いも揃って頭の固そうな奴らじゃわい。あぁそうか、4番街は此奴らの寝床じゃったな。

大通りに差し掛かろうかという直前に、何処からとも無く現れた男達に包囲された。

人間に変化しとるせいか、妾の鼻もよう効かん。

易々と取り囲まれる事を良しとしてしまい、肩を竦める他にやる事は特に無い。


「はて、コリエタの皆様がこんな時間に集まって、何事でしょう。ククク!」


自傷気味に笑いながら、目の前の男に言葉を投げた。

話し掛けてきていながら、じゃがその男の視線は妾の方には向かんかった。


──男の、背後。

何か、おるな。


「気安い口を叩くな。……天照様、この女でしょうか」

「えぇ、下がりなさい。其の方、こちらへ」

「…………おやまぁ、これはこれは」

「頭が高いぞ!」

「天照は、下がりなさいと申し上げました」

「……ハッ!」


ゆらり、ゆらりと。

柳が風に薙ぐように。

厳かで絢爛な巫女装束に身を包んだ女は、妾を見た。

いやはや、はて。

鳥の娘には聞いとらんぞ、こんな女がこの街に入っとるなんて。


……まぁ、祭りが近いからの。

お忍びで遊びに来る事も有るか。もしくはあの娘、知ってて教えんかったんか。


「天照様と仰いましたか。月の綺麗な、良い夜です。ククッ!何卒今日という日を穢さぬ生を心掛けて下さいませ」


音になった言葉は、恐らく女の耳朶を打ったろう。

にも関わらず、此奴。

一向に妾の視線を受け止めようとはせず、伏し目がちに、妾に身体を向けている。


──なんじゃ、何を見ている?


「えぇ、"其の方の言う通り"」

ま、付き合ったって得は無い。

何より今は、ベイルの元まで早う帰らんといかんからな。

話す気が無いなら、これ以上はよい。

「では、これにて」


仰々しく一礼し、女の脇を抜ける為足を進める。

薄く、微笑んでおる気がする。

それは、赤子が漸く覚えた親の姿を見付けたように。



ともすればそれは、酷く、喜んでいるように見えた。



──膝の辺りを、見ているのか。



「──穢れた、姿」




▲▼▲▼▲▼▲▼



「穢い、獣」


「……なに?」





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