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旅のお供に果実酒を  作者: 西葵
エリス・レリスタッド
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勇者見習い



強さの在処を知っていますか

弱さの在処を教えてください

弱さの在処を知っていますか

強さの在処を教えてください



▲▼▲▼▲▼▲▼



「──そんな。ねぇ」


嘘だ。


「ねぇ、レイラ……。それは──」


ねぇ、嘘だよねレイラ。


「隠していて、ごめんね」


嫌だよ、"そんなの"。

だって、おかしいじゃないか"そんなの"は。


「でも私は、エリスの言う事。間違って、ないと思う」


今、そんな話したくない。まるで心に穴が空いたみたいだ。

血だらけのその子に寄り添う君も、僕の心を蝕む要因。

そうして腐食した僕の心を、レイラ。

君が、君の"今の姿"が。

ぐちゃぐちゃになった心を、君が。


「ねぇ、レイラ。君は今まで……」


どんな気持ちで、僕の言葉を聞いていたの。



▲▼▲▼▲▼▲▼



勇者になりたい。

宿した時には刻まれた。

僕の夢は、"世界を救った"勇者になる事だ。



▲▼▲▼▲▼▲▼



「おいエリス!さっさと起きろ!」

「──うわあぁ!ごめんなさい起きます起きてます!」


夢を見た。

あの日、母さんに絵本を読んでもらったあの日。僕は勇者になる事を志した。

そんなあの日の、夢だった。

僕が住んでいた森には、料理に合うワインの元となる果物がよく実る。収穫の時期は、その果実の香りに包まれて目を覚ます。ひとつずつ丁寧に身をもぎ、村の人総出で作業に勤しむ。

子どもは親の目を盗んで果実を齧る。はちきれんばかりに実った果実は甘酸っぱく、香り高い。僕も小さい頃は父さんの目を盗んでよくそうしていた。それでも何故か、父さんにはバレちゃうんだけどね。


「親方!今日は?」

「昨日と同じだ、俺の作業を手伝え」

「ま、またですか?」

「……アァ?文句あんなら荷物まとめて出てけクソ坊主」

「なんでもないです!ほんと!なんでもないですなんも言ってないです!」


あの日、眠れない僕に母さんが絵本を読んでくれた。身体が弱く、寝たきりだった母さんの布団に、僕は毎夜のように忍び込んでは、そうして絵本を読んでもらっていた。

旅人の話、魔法使いの話、喋る猫の話。何度も何度も読んでもらった絵本を、僕は未だに覚えている。

その日は、とある勇者の絵本だった。昔この世界に平和を齎した、大魔導士を討ったとされる、伝説の勇者の話。

初めて聞くその話は、僕の心を高鳴らせた。


「ごめんねエリス。パパはあんな風に言ってるけど、本心ではそんな事思って無い筈よ。だって昨日もお酒を飲みながら言ってたんだよ?"エリスは見込みのある男だ"って」

「えっ、それ本当?」

「レイラ!余計な事言ってねぇでさっさと飯だッ!」


この世界には、多くの種族が存在する。

種類は様々で、人の姿に近い物もいれば、そうじゃない物まで多岐に渡る。

それらがその様になったのは、ある時現れた魔導士の仕業だと言う。伝承や絵本でしか知らないけど、どうやらそういう、話なんだって。

世界で最初の勇者とは、その絵本に描かれた勇者とは。

その魔導士を討った彼の事を言う。

僕の住んでいた森の近くにも、人とは別の種族が住んでいた。醜い見た目、子供の大きさ程のゴブリンだ。果実の香りに誘われた彼らは、度々村長が雇った傭兵や父さん達のように武才のある人達に返り討ちにされていた。

子どもだった僕達は、武器を持つ事を許されなかった。村のしきたりだそうで、なんでも"汚れ仕事は大人の仕事"との事。

まぁ、そんな村だったからこそ、今僕はこの場所でこうしてるんだけど。


「昼に客が剣を受け取りに来る。裏から持って来て拭きあげておけ」

「了解です!」


そんなあの日の、夢を見た。



▲▼▲▼▲▼▲▼



『──世界は魔導士の出現により二分します。魔力に充てられた生き物や、その後、幾人も生まれた魔法使い達と、その存在を危険とした人間達』


『戦が起こり、勇者と魔導士は戦いました』


『死闘の末、魔導士の胸に勇者の片刃の剣が刺さります。死にゆく魔導士は言葉を残します』


『"私は私を悪だと認めぬ"』


『霧散していく魔導士に向け、今度は勇者が言葉をかけます』


『"善の剣は悪のみを穿つ。醜き悪を討つ私は悪では無い"』


『その言葉を聞き微笑む魔導士は、その後間もなく世の塵となりましたとさ』


『おしまい』


『簡単に話したつもりだけど、エリスには少し難しかったかな?』



▲▼▲▼▲▼▲▼



「御免!頼んでいた物は出来ておるか!」

「あぁ。おい、持って来い」

「了解です!」


親方の話した通り、丁度12時の鐘の音と共にお客さんがやってきた。鎧に身を包む40代に見えるこの人は、商国アインベッカーの傭兵団に所属しているそうで。ここ、中立国の田舎町の片隅に佇まいをもつスミス・キンバリーの鍛冶屋に、剣を新調しにやって来た。アインベッカーの出にも関わらず、この人の持つ雰囲気は厳格でいて荘厳だ。

行ったことは無いからよく知らないけど、アインベッカーの人はもうちょっと荒っぽいって聞いてたんだけどな。


「ほうほう!これか!」


鞘から抜き、両刃の剣を片手に店内の灯りに照らす。均等に打たれた剣にはくすみのひとつもありはしない。僕がしっかり磨いたからね。起きてから今まで休み無く磨かされて正直腕がクタクタだけど、親方にそんな事言ったら絶対鉄拳制裁を食らっちゃうと思う。


「諸々合わせて、計金貨20枚だ」


堅物オヤジ、と。そんな風にこの街の人達は親方の事を評している。僕からすれば荒っぽい娘思いの怖いおじさんだけど。お客さんの前だと今みたいにめっきり言葉が減るんだよね。


「あぁ、その事だがな。貴様の仕事を疑うわけでは無い。だが私は"よく切れる剣"を所望した。そうして渡された"これ"は、その様な物だと言いきれる確証が無いだろう?」


…………あぁ、またこれだ。

最近こんなお客さん多いなぁ。どこも不景気なんだろうか。


「……何が言いてぇんだ?」


分かってるくせにこんな風に言う親方も今月に入って何度も見た気がするよ。

こうなると堅物オヤジの異名を取る親方は、途端に饒舌になってしまう。


「言葉通りだ鍛冶屋。剣は切れなければそれを剣とは呼ばん。それではただの、鉄の棒切れだ」

「てめぇよ、俺が腑抜けた仕事するとでも言いてぇのか?自慢じゃねぇがこのスミス・キンバリーは仕事で手を抜いた事は1度もねぇ。それが金払いの悪い何処ぞの"クソッタレ"出身のチンピラ相手にも、だ」


言葉の通り、親方は絶対に手を抜かない。

そんな親方の仕事ぶりは、親方の実の娘であるレイラ・キンバリーよりも最近多く目にしている。


「貴様!私を侮辱するのか!」

「てめぇが払うもん払やぁそれで解決だチンピラ。2度は言わねぇぞ、出すもん出して店から出ていけ。それとよ、てめぇのその話し方、アインベッカーらしくねぇ。似合ってねぇからやめちまえよ、クソがクソ食って生きてるような国なんだ。取り繕ったって臭いで分かる。いい加減クソッタレの臭いで鼻が曲がっちまうよ」


"こういう"親方も、よく目にする……。

け、喧嘩はよくないですよ親方ァ……。


「おい見ろよチンピラ。てめぇが臭過ぎてうちの弟子が顔歪めてんじゃねぇか」

「は?!いや、違う!違いますよ!」

「てめぇ俺の言う事が間違ってるてぇのかオイ!」

「あ!いえいえそんな事無いっす!あ、いや!えと!」


ち、ちょっと巻き込まないでよ親方!

てかレイラどこ行っちゃったの!助けてよ!


「ええい許さんぞ貴様ら!貴様が打ったこの剣、果たしてどれ程の切れ味かその身体で持って試させてもらおう!」


ほーら怒っちゃったよ!!


「親方ぁ!毎回言ってるけど僕を巻き込まないでよ!」

「エリスのド阿呆が!てめぇもうちで働くんなら"こーゆーの"にも慣れとかなきゃいけねぇってなんべんも言ってんだろうが!」

「無いなら無い方が絶対にいいですって!極力喧嘩にならない方が絶対にいいですって!!」


ほら見て!お客さんが完全に構えちゃってるよ!今にも切りかからんばかりだよ!

なんで毎回喧嘩腰で対応しちゃうの親方ァッ!!


「覚悟ォ!!!」

「う、うわああああああ!」



▲▼▲▼▲▼▲▼



「フンッ!2度とうちに顔出すんじゃねぇぞクソッタレが!」


……いやまぁ、知ってた。こうなるの知ってたよ。


「ぐっ……。覚えていろよ貴様ァ!うわーん!!!」


知ってたけど死ぬかと思いました。


「ただ金払えばいいだけなのにこれだからクソッタレ連中は好かねぇんだ」


親方はよくさっきみたいにお客さんとトラブルを起こす。もちろん基本的には親方に非は無いんだけど。それでもけちょんけちょんにして叩き出すその姿はどっちがワルモノかよく分かんない。


「なんか最近、あんなお客さん増えましたね…」


今月に入って4人目かな。もちろん僕が親方に弟子入りしてからの今まで、何度かこんな事があったけど。それにしたって最近は頻度が増えてる気がする。


「ケッ!あんな"肥溜め"の事なんか知ったこっちゃねぇ。……だがなんだ、おめぇの言う通り最近ひでぇ。元々あっこの連中相手に仕事すんのは嫌いだったんだが、そいつに拍車がかかってきたやがった」

「どうしてそんなにアインベッカーのお客さんが苦手なんです?」


僕の今住む街、というかこの国は4大国とは別の中立国。魔法使いもいなければ勇者信仰者もおらず、はたまた豪商もいなければ帝国民もいない。この地域を居住先に選ぶ人達は基本的には戦いを好まず安寧とした日々を淡々と過ごしている。勿論喧嘩の類はよく聞くし、近くの地域に魔物が出れば領主が討伐部隊を組織する。だからと言ってみんながみんな腰に剣をぶら下げて過ごす訳では無い。又、教国アマレットや、帝国デュボネが良しとしない"他種族"の類も少なからず生活している。

中立国という立場上、侵略の気や荒事を持ち込まな無ければ基本的には誰でも歓迎、と言った感じ。

まぁ、だから親方みたいな人は割と珍しいんだよね。

そんな街の鍛冶屋によくやって来ては、親方に嫌われるアインベッカー出身者。立地上先に上げた4大国の中で最も位置が近く、スミス・キンバリーの名もよく知られている事からお客さんは多い。

アインベッカーは軍を持つ事は無いけど、国の実権を握る豪商達が私兵というか、傭兵団を抱えこんでいる。他国への侵略さえ行わない物の、多分デュボネとかじゃ相手にならない。


「──昔ね」


言葉を受けたのはいつの間にか店に帰って来ていたレイラだった。


「おい、余計なこたァいい。飯を作れ」

「おかえりレイラ。どこへ行ってたの?」

「お買い物だよ、お昼ご飯の。帰りに会ったわ。またお父さんトラブルを起こしたんでしょ、大声で泣き喚いてたよ、"地に落ちろキンバリー!!"って」


そういえばお腹空いてる。お客さんが昼にやって来てからドタバタが起きてすっかり忘れてたや。レイラの作る料理は美味しいんだよねぇ。物腰も柔らかくて大人しく、年齢は僕より幾つか上だけど、だからって威張り散らす事も無く気兼ねなく僕に接してくれる。

知り合って初めの頃とは大違いだ。


「俺は何も悪くねぇ。あいつがさっさと金払わねぇのがいけねぇんだ」

「それでも大切なお客さんでしょ?話せばきっと分かってくれるはずよ。まぁ、"あの日のあの人"みたいな人は珍しいよ」

「"あの日のあの人"?」


誰だろう。それが親方がアインベッカー嫌いになったキッカケの人だろうか。僕がこの鍛冶屋に弟子入りしたのが3年前だから恐らくそれよりはもうち──。


「いい加減にしねぇか!腹が立って飯が食えなくなんだろうが!レイラはさっさと飯作って小僧はさっさと裏で薪でも割ってきやがれェ!!!」

「りょ、了解っす!!」

「もう、すぐ怒るんだから。エリス、ご飯が出来たら呼びに行くね」

「うん!楽しみにしてる!」

「はよ行けェ!!」

「行きます行きますもう行ってまーす!!!」


あー怖かった。

親方がいない時にでもレイラに聞こっと。



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