魔王様の迷走
魔王城は敵からの進入を防ぐため地上にダミーの城を置き、地下に本殿を置いている。
本来は本殿に行く為に長く迷路と化している地下ダンジョンを突破しなければならないのだが、
『早く起きてもタイムカードを切る時間に間に合わない。』
『仕事終わりにダンジョンで彷徨い結局出勤時間になってしまった。』
『出勤中にトラップで死んでる同僚を見かけることがある。』
という部下からの不満を受け出入り口にテレポート陣を設置したというのが約50年前。
今でも健在のそのテレポート陣を使いあっと言う間に地上に出ることに成功した。
魔王「さて、何処を目指すか何も決めてないぞぅ」
※徹夜明けテンションです。
魔王「まぁ、とにかくこの魔大陸を出ないと。
とりあえずは最寄りの人間がいる大陸に行かないとだな。」
魔王城のあるこの大陸は魔大陸と言われ空は常に闇に覆われ魔族達の蔓延る最悪の大陸として人間に恐れられていた。
魔王「と、言っても船は全部あいつらが乗って行ったか…そりゃそうか3万人の大遠征ですしね…。
…………
ええい!嘆いていも始まらん!
ならば奥の手!
来いっ!クラーーケーーン!!」
魔王の叫びに呼応するように目の前の海が揺れ凄まじい雄叫びと共に全長30mはあろう巨大なイカが現れた。
クラーケン「ゲソーー!!」
魔王「久しぶりだなクラーケン!会いたかったぞ!」
クラーケン「ゲソーゲソー♪」
クラーケンは魔王軍の海軍の1つで対軍戦に長けた巨大なイカの魔族である。
別名『魔王軍のゲソ』
魔王「クラーケンよ。実はしばし人間共の住む大陸に用事が出来てな。
悪いが最寄りの大陸まで乗せて行って欲しいのだ。」
クラーケン「ゲソー♪」
魔王「悪いな。じゃ、よろしく頼む。」
軽い跳躍でクラーケンの頭に乗ると待っていましたとばかりにクラーケンが猛スピードで海を渡って行く。
クラーケンの最大速度は約200キロと言われている。
魔王「大陸に着くにも時間がかかるか…丁度いい。
流石に3徹の眠気に抗えなくなって来たし、少し寝るか…。
クラーケン。すまないが俺は少し寝るから陸地に着いたら起こしてくれ。」
クラーケン「ゲソー」
そうして魔王の意識は深い闇に沈んでいった。
ーーー
魔王「………別にパロネタやらメタ発言をしたい訳じゃない。
しかし正しい状況を読者に分かりやすく伝えることの出来ない俺はありのまま起こったことを説明するぜ。
俺はクラーケンの上で寝ていたんだが起きたら森の中だった。
何を言っているのか分からねぇと思うが俺自身さっぱりだぁれかたぁすぅけてえぇぇぇぇ!!」
魔王の叫びは響けども返ってくるのは木々のざわめきだけだった。
魔王「どうしてこうなった…。全く思い出せん。
クラーケンはどうしたんだ。
見渡す限り木で海が見えんしな…。
…待てよ。森であるということは少なくとも陸地ではあるということだ。
ならば適当に真っ直ぐ歩けば何処かには出るだろ!」
魔王の楽観ここに極まれり。
という訳でもない。
なぜなら魔王が本気を出せばこの森くらいなら簡単に吹き飛ばせるうえ食事についても基本的には毎日食べてはいるが最大2ヶ月くらいなら飲まず食わずでも生きることが出来るからである。
ただしこれは通常時の話であり、先の大戦で魔力の大半を消費し、本来の力の10分の1も出せない状況では一般の人達と大差ないということを魔王は完全に失念していたのであった。
魔王「しかし睡眠をとって落ち着いてきたら腹が減ったな。海はないが川のせせらぎが聞こえる。
釣りでもして腹を満たすか…なんかキャンプみたいで楽しくなってきたぞ!」
ーーー
魔王「さて、中々綺麗な水だな。
これなら沢山魚が取れるだろう。
さっそく釣りをするか。」
魔族の釣りは人間の様に竿を用意し、それにエサをつけ魚がかかるのを待つといった形式ではなく己の肉体を駆使し魚を取る。
しいていえば熊と似たような捕り方である。
魔王「行くぞおらぁ!『流星破巖掌』」
ドパァァァン!!
ド派手な音と共に爆弾が落ちたかの様な衝撃を与え川の水と泳いでいた魚が宙に浮いた。
僅か数瞬の静寂の後、重力に逆らうことを許されていない万物は吸い寄せられる様に地面に叩きつけられ上手く川に戻ることの出来なかった魚が数匹ピチピチと懸命にもがく。
魔王「はい、チャンチャンってな。さて、飯に…うわぉ!」
後ろを振り返り、魚を拾おうとするとそこに1人の人間の女が倒れていた。
魔王「びっくりした。なんだこいつ?ん?濡れてんな…。
まさかっ…さっきので巻き込んじまったか!」
1つ誤解をしないで貰いたいのが魔族全体が好戦的ではないということである。
もちろんそういう魔族がいない訳ではないが現魔王はどちらかといえば穏健派であり、前魔王が過激派であったが為に争いに発展したことを考えると現魔王がどういう思想かは言うに及ばずといったところだろう。
魔王「おい!しっかりしろ!生きてるか!」
倒れている人間の顔をペシペシと叩き生存確認をする。
女「う…。」
魔王「おお!生きていたか!大丈夫かしっかりしろ!」
女「お…。」
魔王「お?」
女「お腹減っ…た。」
タイミング良く人間のお腹からも催促する様に音が鳴った。
魔王「大丈夫そうだな…。待ってろ。今飯を用意してやる。」
ーーー
魔王は石を組み、燃えやすい木の枝を掻き集め魔法で火をつけそこに串刺しにした魚を炙りながら人間の方を見る。
最初はやってしまったかと焦り、よく見ていなかったが歳はぱっと見15〜6くらいでとても整った顔立ちをした俗に言う美少女という感じだった。
良識のない普通の男ならばこんないい女が1人でいたら間違いなく襲っているところだろう。
故に魔王が襲わないのは良識があるため。
などというチープな理由ではなかった。
魔王「…気になってたんだけどよ。背中のそれは何?」
女「…?これは、剣。」
魔王「すまん。聞き方が悪かったな。なんでそんな大剣背負ってんの?」
そう、女は背中は自分の身の丈程はあろう大剣を背負っていたのだ。
女は顔は綺麗だが身体はゴリラ並なんてオチはない。
そんな大剣などを握れば腕からへし折れるのではないかと不安になるレベルに華奢である。
女「これは…。村にあったのを抜いて…きた。」
なんともおっとりとした感じでマイペースに喋る女は常に眠たげな目をしていた。
魔王「よくそんなゴツい剣持って行こうと思ったな。
にしても1人旅か?女が1人でこんな森の中を歩くのは感心せんな。
ほら魚焼けたぞ。食え。」
女「ありがと…う。
でも、これも使命…だから。」
魔王「使命?随分物々しい感じだな。
まぁでも丁度良かった。実は俺近くの街に行きたいんだが地図を無くして迷子だったんだ。
悪いが街まで同行させてくれないか?」
女「いい…よ。ご飯のお礼もあるから…。」
魔王「ありがたい。
…そういえばまだ名乗っていなかったな。
私はま…ゼクロスだ。
ゼクロス=J=ペンドラゴンという。
カッコイイだろ?」
一瞬魔王と言いかけたが魔王は名ではないしそもそも人間相手に魔王を名乗って警戒されたら意味がない。
かと言ってぱっと偽名が思いつかなかったので本名を名乗ることにしたのだ。
幸い魔王にはなりたてでまだ名も広がっていないので特に気にすることもないだろうという判断だった。
ミリア「私はミリア。ミリア=ギルフォード。
よろしく…ね。ゼス。」
ゼス「ゼス?ああ、よろしくなミリア。」