魔王の旅立ち
魔王「なぁ、ありえないと思わないかね?宰相のメフィくん」
こちらがゼクロス=J=ペンドラゴン。魔王である。
メフィ「何がでしょうか?魔王様」
メフィスト=フェレス。魔王軍宰相にしてあらゆる祭り事を取り仕切る別名『魔王軍の十得ナイフ』
魔王城と呼ばれる遥か数千年前から存在する歴史あるこの城…の地下ダンジョン最下層
ここは魔王と側近のみしか入ることの許されていない絶対領域である。
そこではつい数日前に魔王の入れ替わりがあり、今は 新魔王が執務についていた。
魔王「何がときたか…では聞こう。この魔王城もとい地下ダンジョンは今雇用魔人数3万を越えるいわば1つの国だ。」
メフィ「そうですね。これもひとえに魔王様という絶対権力者のお力あってこそです。」
魔王は目の前の書類の山から目をそらしメフィを睨みつけるがメフィは我関せずで自分の右隣にあるキャリーバッグを漁っていた。
魔王「それでは今このダンジョンに残っている魔人数が何人かは分かるか?」
メフィ「私は人事も担当してますのでもちろん把握しております。3人です。」
魔王「そう!3人だ!おかしいと思わない?3人って、3人って何だ?3万人が3人ってどういうことだ?そのせいで俺今3徹中なんですがね!
1番頑張ったはずの俺が!」
メフィ「そうですね。一言で言うのであれば…バカンスです。」
魔王「何処の世界に万単位でバカンスに出るアホ集団がいるんだ!」
机を叩き、目の下のクマも相重なって鋭くなった眼光で睨む魔王だったがメフィは特に気にした様子もなく未だに鞄の中身のチェックをしていた。
メフィ「しかしですね魔王様。つい先日に魔王様が玉座につくことによってようやく長かった前魔王派と我ら新魔王派の大戦が終結したんです。みんな気晴らしに休暇を取るくらい許してあげましょうよ。」
魔王「確かにその気持ちは分からんでもない。分からんでもないが何故皆が一斉に休みを取るんだ!こう、交代制とかで取ればいいだろう!」
メフィ「みんな半年も待てないってことじゃないですかね?」
魔王「そうか。確かに半年は長…待て、半年だと!?もしかしてあいつら全員半年も帰って来ないのか?」
メフィ「皆さん独自のルートで世界一周旅行するらしいですよ。いやぁバイタリティに溢れてますよね我が軍は、あははは」
魔王「馬鹿かっ!よく見てみろ!この辺り一面の書類と部屋の隅にある演出用ではないナチュラルな蜘蛛の巣を!3人でどうやって捌くつもりだ!」
メフィ「魔王様…ひとつ訂正がありますね。3人ではなく、2人です。」
横のキャリーバックから取り出したサングラスをかけ麦わら帽子をドヤ顔でかぶるメフィと魔王のコメカミの血管が切れる音はほぼ同時であった。
魔王「貴様には魔王軍側近の誇りはないのか!共に幾千の戦場を駆け抜け、この戦の後に待つ輝かしい未来を語った日々を忘れたか!魔王軍宰相メフィスト=フェレス!」
メフィ「忘れてなどいませんよ魔王様。
ですから昔に言ったでしょう。
この戦いが終わったら世界を見て回りたいって。」
魔王「………言った、な。確かに聞いた覚えはある。いや、しかし、今か?今じゃなきゃいけないか?それにこの戦いとてまだ…」
メフィ「すいません魔王様。私の心は既に遥か遠くの南の島に行っているのです。お土産は買って来ますから!それではさらば!」
魔王「おい!待て!………くそっ!なんて速さだ。何故その速さを仕事で活かさんのだあいつは」
一瞬で霧に包まれ姿を消したメフィの気配は最早完全に途絶していた。
色々と考えなければと思いながらも手だけはひたすら動かし、終わりの見えない書類仕事と格闘を再開し始めたとき、扉を控えめに叩く音が聞こえてきた。
魔王「ん?誰だ?…ってまぁ、もう城には俺ともう1人しかいないんだったな。…入れ。」
ネム「失礼しますデス。魔王様。」
彼女はネクロム=カストール。魔王軍の戦術占い師兼死霊使いだ。別名『魔王軍のダウジング』
魔王「どうしたネム。私は見ての通り忙しい。というか貴様も手伝え。」
魔王はネムが来ても書類から一切手を離さず耳だけをかたむけ苦い顔をし続けていた。
ネム「魔王様大変デス。そんな紙束なんかを気にしている場合ではないのデス!今さっき我が軍の行方を占っていたところ大変な結果に!」
魔王「あーそうだろうね。なんてったって今城には俺とお前の2人しかいないしな。そりゃ大変…」
ネム「そんな小事どうでもいいのデス!ああ、何をどう説明すれば…」
魔王「落ち着けネム。とりあえず要点だけ話せ。」
ネム「では簡潔に。魔王様死にます。」
ゴン!←勢いよく机に頭を打ちつけた音
魔王「待て待て!意味が分からん!俺が死ぬ?何故!?過労死か?」
流石に今の一言は聞き流すことは出来ず手を止め、顔を前に向けるとネムは手に持っていた水晶を前に出し鼻息を荒くしていた。
ネム「実は邪神託を受けまして、御告げではこうありました。
『世が乱れ、勇者現れ、魔王死す。』…と」
魔王「凄いざっくりした邪神託だな!俳句かよ!つか説明に困る様な内容じゃなかったよ!」
ネム「しかし、私の邪神託の的中率は100%デス!」
無い胸を張りながらドヤ顔をする部下に苛立ちが無いわけでは無かったが今はそんなことより大切な話がある。
ネクロムの邪神託は今まで外したことがなく前大戦時も大変お世話になっていたほどである。信頼性は充分だった。
魔王「それで、どうすればいいのだ?」
ため息をつきながらネムを見るが当の本人はキョトンとした顔で首を傾げていた。
ネム「どうすればとは?」
魔王「いやだから、その死を回避するにはどうすればいいのだ。」
ネム「いやデスよ魔王様。だから的中率100%って言ったじゃないデスか。」
魔王「……」
ネム「……」
魔王「…え?」
時間にしておよそ1分半を使った無言時間を破ったのは魔王の気の抜けた返答だった。
魔王「え?確定なの?俺死ぬの?早くない?や〜っと戦争終わって、さぁ、これからって時に俺死ぬの?え?早くない?」
ネム「魔王様、イエーーイ(遺影)」パシャ
魔王「イエーーイ(遺影)…ってやかましいわ!死んだとき用の写真を撮るな!貴様には少しでも主を助けようという気持ちはないのか!」
ネム「ノリのいい魔王様は好きデスよ。でも私の邪神託は絶対なので諦めて余生を楽しんで下さいデス。はいド◯ーパ。この雑誌を読んで庭いじりでもして下さいデス。」
渡されたド◯ーパを一瞬で縦に引き裂く。
魔王「だぁぁぁぁぁ!いい加減にしろ!そもそも勇者なんてお伽話だろう!小さい頃に親から『悪い事すると勇者に食べられちゃうよ!』という子供を叱る時に使う常套句だろう!」
ネム「しかし、邪神託では確実に現れると出ています。もしかしたらこれから現れるのかも知れません。」
魔王「そんな曖昧な…待てよ。もし勇者が現れるとして、それがこれからならまだチャンスはあるんじゃないか?」
ネム「チャンスとは?」
魔王「いいか。いくら勇者とて産まれた瞬間最強な訳じゃない。どんな奴とて色々な経験を経て強くなるものだ。
ならば!その勇者が強くなる前に倒せばいいんじゃないか!俺天才!」
そう発言する魔王の目は最早虚ろで完全に徹夜テンションの訳が分からない思考回路になっていた。
しかし、その様を見たネムの口角は明らかに上がっていた。
ネム「…なるほど!流石魔王様!汚い手を使わせたら魔界一と言われる実力者デス!」
魔王「はっはっは!そうだろう!そうだろう!…しかしこれで方針は決まった。善は急げというしな!早速出かけるか!」
意気揚々とカバンを準備し、荷物を詰めていく。
魔王「よし、これで山の様な書類ともオサラバ…もとい、勇者探しに出れるな。」
ネム「でも大丈夫デスか?魔王様自身前の大戦の傷がまだ癒えていないのに向かって」
魔王「なんの相手は所詮赤子。まさに赤子の手をひねるレベルよ!」
ネム「(この人何故勇者がまだ赤子だと断定しているデスかね)
魔王様!お出掛け前にこの紙にサインと血判を!」
カバンを振り回しながら鼻歌を歌う魔王に1枚の紙を差し出すが字が細かく読みにくい。
書類から逃げたくて旅支度をした魔王の顔を渋いものにさせるには充分だったが内容を見る前にネムが話し出した。
ネム「まぁ、もし、魔王様が半年で帰って来なかった時用に他の魔王軍の連中に出す指示みたいなもんですよ。ちゃんと考えて書きましたから大丈夫デス。」
本来ならば決して確認をおろそかにしない魔王だが3徹かつ、やっと仕事をしないで済むと思ったところに来た書類である。部下もきちんと確認したいうのだから疑うことはなく、その書類にサインと血判をしていた。
魔王「では行ってくるぞ!ネムお留守番頼むぞ!」
ネム「はい、魔王様!いってらっしゃいデス!」
そう口にしたネムは満面の笑みを浮かべていた。