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掃雲演義  作者: 森本英路
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第81話 盟主


 慶海が苦々しい顔を見せた。鬼善を捕縛するには鍋倉の力を借りる以外ないのだ。鍋倉に刺を指すようなもの言いをしたことに後悔した。その窮する表情がよっぽど嬉しかったのか快命はというと、にやにやしている。たまらず慶海は言った。


「高弁殿」


 論者交代の宣言か、改めて高弁が、鍋倉と快命に会釈をする。


「お二方は打ち解けていると見受けられるが」


「鍋倉殿のお人柄に感服したのじゃ。貴殿らには分かるまい」と自慢げな快命。


「うむ」と高弁がうなずき、言う。


「快命殿は太平のため鍋倉殿をこのまま盟主に据えておきたいようだ。されどそれは偽りの太平。念仏門はもはや仏道ではない。それをあくまで仏道というならば、仏道のあるべき姿に正さなければならない。また我々聖道門も襟を正さなければならない。仏徒でありながら永らく争いを演じてきた。そうではなく、天平の昔にあった、貧民に施す悲田院ひでんいん施薬院せやくいんのような慈善に目を向けなければならないのだ。そもそもそれがないから民衆は念仏門に走ってしまった。さて、鍋倉殿。貴殿にそれを成すことが出来るか?」


 てんひょうって、いつ? ひでんいん? せやくいん? 鍋倉にはちんぷんかんぷんであった。高弁は続けた。


「明日明後日の話ではない、それはおいおいと。されど、貴殿にはすぐにでもやらなければならないことがある。鞍馬山を率いる鍋倉殿ご自身の問題だ。我々より預けられし奥義書はこの屋敷にあるといえども未だ謀反人今出川鬼善の手にあると言ってよい。盟主足る前に鞍馬の首領としてそれを奪回する義務が貴殿にはある」


 高弁の言いよう。快命は顔をしかめた。


「平たく言えば鍋倉殿が盟主でおりたいなら念仏門との付き合いをやめろ、それで以って盟主となっても善政をしけ、その前提として奥義書を奪還しろってことか。この場にそれが出来るやつがだれもおらんのにこの若者にそれをやれっていうか。恥を知れ」


 高弁はそれを無視した。


「鍋倉殿に問う。預かったものを失うということはどういうことか? 鞍馬は我々に対しどのようにしてその責をとるのか?」


 武人なら恥を知って腹を切れってことだ。鍋倉は、高弁に共感できた。仏道を極めんがため耳を削ぎ落した男にその言葉は相応ふさわしい。といって鬼善とやり合うのはやはり気が引けた。ならば高弁様に問いたい。鬼善に道を外させた責はどうなるのか。人ひとり救えなくて世の中を語るなって考え方もあるのではないか。今度ばかりは高弁の言葉に二つ返事は出来ない。鍋倉は固く口を閉ざした。その沈黙を破ったのは、道意とそれに連なった工藤祐長くどうすけながである。


「立て込んでおるようじゃの」


 そう言って、工藤はずかずか輪に入って来て、「何だ、何だ、浮かない顔して」となれなれしく鍋倉の横に座わる。


「さすがわ、鍋倉殿。初めて会った時、そなたはやると思っていたぞ」


 工藤の顔が得意満面である。鍋倉を見出したのは自分だとでも言いたいのであろうか。だが、周りは険悪な雰囲気。あら? みなさんどうしちまったのと不思議に思い、鍋倉に囁く。


「なにかあったのか?」

「いや、なにも」

「なにもって、歴歴の視線がわしに刺さっておるわ。なにもないってことはないだろ」

「丁度いま、歴歴にご指導をあおいていた所で御座います」

「そうか、それならよいが……」


 唐突に、比叡山の慶海が立ちあがった。


「それでは我らはこれにて」


 とんだ邪魔が入った、というのであろうか。高弁と快命を除く他の歴歴も慶海に連なり退室していく。それを見届けた快命が、同じく残った高弁を一瞥し、形ばかりの耳打ちを鍋倉にする。聞こえたとしてもかまわない。


「この堅物は一筋縄ではいかぬぞ。されどかえって良い修行になるかもしれん。困ったらわしの所に来い。かくまってやる」


 そう言って席を立った。快命は、鍋倉に一言助言もしたかったのもあるが、そもそもが他の歴歴とつるんで帰っていくのが嫌だった。わざと時間差を造ったわけだが、後ろ姿が消えてなくなると鍋倉は、急に心細くなってうつむく。どれぐらいそうしていたか、高弁の呼びかけに、はっとする。


「鍋倉殿」


「はい?」


「工藤様と二人で話がしたい故、場所を貸していただけぬか」


 突然の名ざしに、驚いたのは工藤だ。戸惑いの表情である。一方、鍋倉は説教から逃れられると、ほっと一息、そして言う。


「どうぞ、空いているならどこでも」






 鶴丸と夜叉蔵の二人は、透渡殿すきわたどのの勾欄に腰をかけ、庭に戯れる二頭の黒揚羽を眺めていた。熱気で歪む空気の中を目まぐるしくその位置を置き換え、上に下に飛んでいる。


「わしの考えだと」と、鶴丸が切り出した。「この戦いは今出川と鍋倉の戦いでない。ずっと昔からの鬼一法眼と西行の戦いであったかもしれん」


 夜叉蔵の目線は黒揚羽に向けられていた。だが、夜叉蔵が見ていたのは己の心の内であった。鶴丸が続けた。


「それをおぬしが水を差したことになるな」


 夜叉蔵はぼんやりと言う。


「いや、まだ終わってない。運命はかならずやあの者らをその時に導く」

「どうも、気に入らんみたいだな」

「少なくとも鬼一法眼様はそれを望んではいなかった」

「というと?」

「鬼一法眼様は鍋倉を後継者として指名したではないか。それに西行様は祟るお人ではない」

「つまり、何が言いたい?」

「わしにも分からん。流れに身を任せるだけじゃ」


 二頭の黒揚羽が天高く舞い上がり、寝殿の甍を越えて行った。


「おっと、慶海のやつが帰って来た」


 各山の歴歴が向かってきていた。皆一様に暗い顔だった。その最たるものが比叡山の慶海で、先頭を歩いている。


「慶海め、肩で風を切りよって。わしが稚児だった頃は、座主が流罪になるやら射殺されるやらで比叡山は散々だったというに、こまったやつじゃ」


 そう言って鶴丸が「よっこら」と勾欄から降りる。


「鍋倉という男に会ってみたくて付いて来たが、思わぬ亡霊に出くわすことになったわ」


 夜叉蔵はへへっと笑った。


「たっしゃでな」

「おう」と鶴丸が答え、各山の歴歴に加わっていった。






「それは鍋倉に腹を切れと言ったと同然!」


 工藤は北の対屋たいのやの仕切られた一室で、驚きの声を上げていた。曲りなりにも鍋倉という人物を理解している。工藤は苦労人である。父、祐経すけつねは平家より源氏に鞍替えしその総帥源頼朝の寵臣となったが、暗殺事件に巻込まれ命を失う。世に言う曽我兄弟の仇討ちである。


 やはり、祐経すけつねにはおごりがあったのだろう、その反動で子の工藤は以降、辛酸を舐めることになる。それでもなんとか執権北条家に食らいつき、やっとここまでになった。その自分と鍋倉はあまりにかけ離れている。正反対だといっていい。だからこそ、分かることもある。


「それに鍋倉は実際、鞍馬となんら関係ないのだろ? 今出川の姫を貰ったわけでもあるまいし、ましてや『太白精典』を手にしているわけでもなし。それだけの責を押し付けていいものかどうか」


 悩ましげな顔を見せ、さらに言う。「鍋倉はおしいぞ。あれほどの男はそうはいまい」


 高弁は言った。


「まだ、腹を切ると決まった訳ではありません」


「だがのぉ、あやつは毒を盛られても平然と笛を吹いていたというではないか。みなのためにそれがよいとなれば腹を切りかねんぞ」


「それでお願いしたいことがあるのです」


「わしにか? 貴殿こそ幕府執権泰時様の御師匠。それがわしなんぞに」


 ぺいぺいのわしなんぞに頼み事とは。工藤は、警戒しつつ高弁の顔色をうかがう。その高弁が静かに言った。


「工藤様のご子息は先だっての乱で高名を上げられ伊勢に領地を頂いたと聞き及びまする。霊王子ら四百人にそのどこかに引き取ってもらいたいのだが、いかがでしょうか?」


 工藤は我が耳を疑った。「えっ」と思わず声を上げる。これまで平家やら上皇の武者やら敗残兵を率先して捕縛して来た。


「手の平を返すようなことが出来ようか!」と憤然とする。


 が、しかし、工藤は頭の回転の速い男である。嫡男の得た地は清盛本貫の地。清盛は伊勢安濃津から興った伊勢平氏と言われる。そこならば霊王子らは納得して平安京を離れる。となれば鍋倉が今後、何かに躓き平安京を追われる身になったとしても、また諸事を放り出して逃げたとしてもその霊王子を頼るのは必定。そしてさらに思うのである。


 そうでなかったとしても、霊王子は吉水教団に対しても十分、質となりうる。平安京の治安維持を任されているわしにしてみれば、これはとんでもない奇貨ではないか。間違いなく、同輩らよりも一歩も二歩も先んじられる。


「さすがわ高弁殿。言わんとすることが分かり申した。ただし勝手には出来ません。執権泰時様の許しが必要です」


「わたしから鎌倉の泰時様に文をしたためましょう」






 鍋倉が今出川邸に入ってもう一カ月を過ぎた。


 御座おましに佐近次が現れ、「月見に会わせろ」と目を血走らせて前に座る。鍋倉は、蓮阿から口伝された気息法を毎日繰り返していた。今日も変わらず神気を凪とし沈思黙考に励んでいた。その悠然と構える鍋倉にイラッとした佐近次は吐くように言った。


「月見様ならもしや、今出川の所在を知っているかもしれないというに」


 今出川鬼善はまるで蒸発してしまったかのように消息を絶っていた。佐近次が舌打ちをした。


「ほんとに各山は動いているのか?」


 それは苛立ち紛れに言っただけ。はなっから聖道門には期待してはいないのに、と鍋倉は思った。むしろ佐近次にとって、各山の捜索は『洗髄経』を手に入れるのに支障をきたすはず。だが、あまりにも手がかりがなさすぎたのだろう、鍋倉は言った。


「情報収集もあるし、高弁様が、抜け駆けはなしと歴歴に文を書いたから間違いないでしょう。それにその歴歴も今出川の鍵を欲していますから」


 佐近次の物騒な顔が迫ってきた。


「やはり月見に訊くしかない。許可してくれ、鍋倉」


 月見様は知りっこない。無駄と思うが、確かに佐近次さんの言う通り、このまま放っておくわけにもいくまい。一度は月見様から話を聞かないと各山の歴歴も納得しないだろう。


 鍋倉は佐近次に、月見に会うことを了承した。







読んで頂きありがとうございました。投稿は毎日更新9時とさせていただきます。今後ともよろしくお願いします。

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