第79話 成れの果て
「こんなところに隠し部屋があったとは」
八龍武の面々が口々に言い寄っている。夜叉蔵はというと扉となった壁を開き、警戒する様子もなく中に入っていく。そこにはすでに佐近次がいた。この部屋の奥にもさらに部屋があるのか、壁に鉄の妻戸があり、それをこじ開けようと佐近次がへばり付いている。
実は佐近次、ずっと前からこの赤茶けた妻戸の向こうに『太白精典』が眠っていたことを知っていた。月見のおかげだと言える。密会するのに隠し部屋はかっこうの場所なのだ。
そういう訳で佐近次は、『洗髄経』が平安京に来たならばここ以外ないと確信していた。同じく在りかを確信していた夜叉蔵はというと、ため息一つつく。そして、「止めるんじゃ」と佐近次を羽交い絞めにし、その空間から無理やり引き擦り出す。
「無理に空けると仕掛けが動き出す。天井が落ちて来るとかならまだしも、今出川邸自体が崩れ落ちたらなんとする」
はっとした佐近次。平静を取り戻し、そして見渡す。夜叉蔵や鍋倉はともかく、八龍武の面々がいる。何食わぬ顔で言った。
「なぜ分かるのです」
「言わずもがな。ここは鬼一法眼の城、そして『太白精典』はその命。一筋縄でいかぬは必定」
なるほど。鉄の妻戸を開けるにはやはり無理があったかと佐近次は、本題を切り出す。
「で、皆そろってここにいるってことは、鬼善が降伏したってことですね。じゃあ、鍵を出して下さい」
「それがじゃ、逃げられた。たぶん鍵もいっしょじゃ」
「なにぃ!」と佐近次が夜叉蔵の胸倉を掴んだ。
鍋倉が慌てて間に入る。「まぁ、待って、佐近次さん。ものはここにあるって分かってるんだ。いわばおれたちの手の内も同然」
「そうじゃ、あとは時間の問題。それより見せたいものがある」
そう言いうと夜叉蔵は佐近次の手を胸から振りほどく。そして、すたすた行ってしまう。鍋倉らは慌てて追った。北の対屋のほぼ中央部にあたろうか、碁盤状に分けられた一画で夜叉蔵は床板を外す。覗くと地下へ伸びる階段があった。
「明りを」と夜叉蔵が仁法に命じる。即座に仁法が燭台を用意した。夜叉蔵を先頭に鍋倉らは地下に降りていく。程なく、鉄の遣戸が見えた。
こぶし二つほどの鉄錠が重々しくぶら下がっている。夜叉蔵は道意に「太刀を貸せ」と命じた。太刀を放った道意が、刀身を自分に向けると柄を夜叉蔵に差し出す。「うむ」と受け取った夜叉蔵は、尾を引く低い声を上げた。すると気雲が現れ、刀身に絡みついていく。
その気雲が、光芒を発したと思うと刀身自体が怪しい光を放ちだす。まるで命が与えられたかのような太刀。夜叉蔵は正眼に構えた。気合の奇声を上げた次の瞬間、地を跳ねる甲高い音が、立て続けに二つ。
皆が注目する中、夜叉蔵は何事もなかったかのように振り下ろした太刀を二本の指でなぞった。太刀は、指に沿って端からその輝きを失っていき、やがては元の太刀に戻る。夜叉蔵はそれを道意に返すと鉄錠も拾って、一つ二つとやはりそれも道意に手渡した。
「記念じゃ」
真っ二つになった鉄錠を道意はしげしげと見た。そこに仁法らも顔を出す。燭台の淡い光にでもピカピカと反射する切断面。『かぶとわり』の仁法に言わせれば、兜を切るとかそんな生半可なもんじゃぁない。面々は目を白黒させていた。にやっと夜叉蔵が笑い、「さてと」と言ってその鉄の遣戸を引く。
「おまえさん、中を照らせ」
夜叉蔵に指差された仁法は恐る恐る進み出、暗闇に燭台をかざす。
ミイラが一体あった。無残にも天井から伸びた二本の荒縄に両の手が縛られていた。足はというと宙に浮いている。
「『太白精典』を修得した者は、金神を抜かれればこのざまじゃ」
皆、背筋が凍った。
「そうじゃ。鬼一法眼様じゃ」
鍋倉は今出川邸の寝殿、昼の御座に敷かれた二畳の座具に寝そべって天井を眺めていた。そこに八龍武の道意が現れ、「熊野別当快命様のお越しです」と捌けていく。
鍋倉は、はっとして跳ね起きた。
もう、そこに快命が笑顔で立っていた。
あたふたと鍋倉は座具から降り、板間で畏まる。
「なにをなさる。決まりは決まり。盟主は勝者、あるいは勝者の御山の長。誰が何と言おうと貴殿は聖道門の盟主」
座具に戻るように快命が手振りでうながす。それを鍋倉は、「いやいや、滅相もない」と強情を張る。やれやれと快命は前に座り、
「わしゃ、貴殿にお祝いを申し上げに来たんじゃぞ」
と呆れ果てる。
「盟主って言われても、夜叉じいに騙されたようなもんですし」
「そうそう、それだ」と笑顔だった快命が真顔になった。「夜叉蔵といったな。神護寺では思い出せんかったが、ありゃ、大した人物じゃぞ。義経公に最後の最後まで近侍したのはあの男だ。他は皆、義経公が割腹すると消えたがあの男は違ったそうじゃ。男の中の男とはあの男のことを言うんじゃろうな」
その頃、夜叉蔵は透渡殿の勾欄に片手をかけ、足を放り出して通り抜ける風に当たっていた。肩をはだけさせ、片方の太ももを丸出しにしたそのかっこは鴨川の河原にいた時と寸分もたがわない。
鍋倉に会うため聖道門の歴歴が今出川邸を訪れていた。東の対屋の簀子を進む彼らは皆、目を白黒させている。夜叉蔵の態度だけではない。邸内を吉水教団の者らが勝手気ままに歩き、あるいは立ち止まって談笑しているのだ。それが一様に歴歴に対して冷たい視線を投げかけてくる。戸惑いを隠せないのは当然であろう。
ざまぁねぇな。法然が『選択本願念仏集』を記してより聖道門の執拗な攻撃を思うと夜叉蔵は内心、楽しくて仕方がなかった。今から三十年ほど前になろうか。先ずは幕府が専修念仏を禁止した。
当時、幕府は天下にあまねく威光を轟かせるまではいかなかった。折しもその前年に源頼朝が逝っていた。夜叉蔵は幕府なぞクソくらえと思ったものだ。
この頃の夜叉蔵は源平の合戦以降、やっと心が癒され始めた時期であった。頼朝が死してたった五年ほどでその嫡子頼家が殺されたということもある。胸がすくってものじゃぁない。悲しみやら憎悪やら、背負ったものをやっと下ろせた気分だった。
ずっと苦しんでいた。夜叉蔵の真の使命は平家を倒すことではなく、義経を守ることでもない。義経の最後となる戦いを生き延びた夜叉蔵は、金神を守り、師に手渡すという真の使命があった。それを果たすべく平安京に向けて遁走する。三十八年前、夜叉蔵が二十九の時であった。
しかし、と夜叉蔵は思ってしまう。逃避行の最中、心変わりをしたのだ。頼朝も憎いが、この国はもっと憎い。義経は匿われていた奥州藤原家の裏切りで自害したし、もっというと源平合戦では活躍しすぎたために義経は同輩、それだけでなく臣下筋に当たる者までひんしゅくを浴びていた。
夜叉蔵は誰彼構わず殺したいという衝動に駆られてしまう。憎む対象は天下万民。だが、現実的にそんなことが出来ようか。それで天皇を暗殺することを思い立つ。
天皇はこの国の民の祖である。それを殺すことは天下万民を殺すに値する。夜叉蔵は平安京に戻ると鬼一法眼の使命を果たさず闇深くに沈み、天皇暗殺の準備に取り掛かった。
ところがそんな夜叉蔵は、法然と出会ってしまった。そして、法然に心酔していくのである。天下万民への憎悪も次第に薄れていき、天皇暗殺も考えることがなくなっていく。換わって夜叉蔵は別の想いを抱くようになっていた。法然という人を守る。幕府が専修念仏を禁止すると当然、夜叉蔵は義経の時のように寸分たりとも法然から離れなかった。
そんな時、先ほどにもあったように鎌倉の二代目源頼家が殺されるのである。浮足立つ幕府になり代わり動き出したのは北嶺だった。内紛の絶えない幕府になんぞに任せては置けないといったところか。比叡山の僧兵らが専修念仏の停止を決議し、天台座主に訴えを起こしたのだ。天台座主とは、比叡山延暦寺の住職にして天台宗の諸末寺を総轄する朝廷から任命された地位、役職である。普段は比叡山延暦寺に居住することはなく、重要行事にのみ入山する者が多かった。
先を越された焦りからか、南都も動き出す。覇権を奪い合う相手に後塵を帰したからにはその言い分もさらに過激になる。興福寺の衆徒はまさに法然弾劾を、朝廷に、訴え出たのだ。
夜叉蔵としては源氏二代が死して、心もやっと癒えようとしてたのもあった。南都北嶺がなにしようか、と思っていた。朝廷は静観するようであった。法然の信者が宮中にも大勢いたのだ。敵は南都北嶺。何千人、何万人来ようとも、法然に近付こうものなら斬って斬って斬りまくる。むしろ、その胸中は晴れがましかった。
ところが、見て見ぬフリを決め込んでいた朝廷も動き出すのである。きっかけは後鳥羽上皇の怒りであった。熊野詣の留守を狙って二人の女官が御所を抜け出し、吉水教団に入信してしまったのだ。後鳥羽上皇はこの二人を剃髪した僧を打ち首にし、法然は土佐に流刑、そして専修念仏の停止を命じた。世にいう承元の法難である。
こんなことなら早々に殺しておけばよかったと夜叉蔵は天皇家を亡き者にしたかったことを後悔した。今からでも遅くはないと後鳥羽上皇の情報収集に取り掛かる。が、それを法然に見破られてしまう。
「七十を疾うに過ぎ、いつ逝ってもおかしくない。その時が来るまで傍にいてほしい、頼りにしてますぞ、夜叉蔵殿」と言われた。夜叉蔵は心振るわんばかりに喜んだものだった。
流刑はというと翌年には赦免となった。朝廷にも法然に傾倒する者らがいて、その者らが動いたのだろう。しかし、入洛の許可は出ず、ようやくそれが出て入洛出来たと喜んだ矢先、法然は入滅するのである。
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