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掃雲演義  作者: 森本英路
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第4話 雲隠れ

 話は大体わかった。要は、強いのは鬼一法眼ばかりではないということなんだろ。鍋倉は言った。


「霊王子といい、黒覆面の男といい、平安京には強いのがごまんといるんだねぇ」

「なにを考えているんだい。やつらとやりあおうって思っているんじゃないでしょうね。あんたは牢に入れられているんだ。それでいまや牢名主だ。それでいいじゃないか、なぁ、みんな!」


 囚人らは気勢をあげる。そして鍋倉を引っぱって行き、俊弁が座っていた奥の壁に座らせ、ころがっていた杯を握らせた。はて、と鍋倉が思っているところへ囚人の一人が瓶子を傾け、杯に酒を注ごうとしている。


「これは何だ?」


 その男が笑った。


「みりゃわかるでしょ、酒ですよ」


 ばかにするな。瓶子といえば酒ってことぐらい分かっている。


「聞きたいのは、なんで酒があるのかということだ」

「俊弁の野郎、新入りには酒を要求するんですよ。用意出来なかったら殴る蹴るですわ」

「牢屋で酒が用意出来るのか?」

「それが出来るんです。牢番に何か握らせたり、縁者を使ったりとね」


 やっぱり悪い奴だったんだと鍋倉は悦に入った。


「あんたの物です、これ全部」


 囚人の一人が床に被った衣を剥ぐ。特大の瓶子四本がそこに現れた。


 酒はみんなで飲んでこそ美味い、となれば……。


「じゃぁ、みんなで飲んじゃおうか。ぜんぶ」


 囚人らは歓喜の声を上げた。







 日も暮れようとしていた頃、牢番があわてふためいていた。工藤祐長がじきじきに鍋倉を所望しているという。牢の前に飛び込んだ牢番は格子を鷲掴みに急停止、「鍋倉!」と叫ぶ。と同時に目を疑った。なぜか囚人みな、ぐてんぐてんに酔っぱらっていて、高いびきなのだ。


 意表を突かれて目まいを起こす。それでもなんとか気を持ち直し格子をバンバン叩いて鍋倉の名を叫ぶ。呼ばれた鍋倉はというと、めんどくさかった。振り向きもせず、手を上げただけで済ます。


 牢番は愕然とした。これでは牢の中に入って連れて来なければならない。さっき大声で鍋倉を呼んだのは間違いだった。生唾を一回飲み、ジワジワと格子の鍵を開ける。目を見開いて中を伺い、恐る恐る格子をくぐる。囚人たちは高いびきだった。つま先立ちで囚人の間を縫っていき、酔い潰れた鍋倉の脇に手を差し込んで半身を持ちあげる。鍋倉に騒ぐ様子もない。慎重に格子の外に引きずり出し、ガチンと鍵を締める。


「工藤様がじきじきにお会いになるそうだ」


 えっ、いやだ、と鍋倉は内心言う。その動こうとしない鍋倉を、牢番はしかたなく背に乗せた。そして番所に連れてくると桶目一杯の水をその頭にぶっかけた。


「工藤様がじきじきにお会いになる!」

「……工藤、だれそれ。あ、工藤ね、黒覆面にブン殴られた」


 かっとした牢番は有無を言わさずその酔っぱらいに服を着せた。その乱暴な扱いに、正気を取り戻した鍋倉は、はっとした。


「おやじの書状!」


 服の袂や懐を探ったり、バンバン叩いたりした。


「ない!」


 牢番の顔をギロりと睨みつける。「知らない」と答えた牢番を胸倉掴んで引き寄せ「うそをつけ! うそをつけ!」と攻め立てる。「字が読めない」と怯えた目の牢番。それで鍋倉は納得した。だが、盗ったのはだれだ? と考えた。すぐにぴんと来た。


「工藤の野郎だな、どこにいる」


 工藤祐長に良い印象を持っていない。「はい、分かる者を呼んでまいります」と牢番が番所から飛び出していく。腕を組んで胡坐をかいた鍋倉は牢番が言う誰かを待った。すぐにその誰かが現れた。りっぱな身なりの礼儀ある武士である。その案内に大人しく、しかし憮然として随った。




 かくして鍋倉は工藤祐長と対面した。礼儀知らずと罵られたら癪に触るので「鍋倉澄、まかりこしました」と一応、深々と頭を下げる。


「よいよい、楽にせい」と近づいてきた工藤。目の前に書状が置かれた。


「すまなかった、このとおり」と立膝であったが頭を下げる。さらに言った。

「悪いがその書状を読ませてもらった。平安京は雅な所であるが物騒なところでもある。お主が何者であるか調べる必要があったでの。で、わたしは驚いた。そなた、今は亡き文覚様の孫弟子に当たるお人であったではないか」


 工藤が父の師匠を様付けで呼んだのに鍋倉は驚いた。


「文覚様は偉いお人だったのか?」


 したり顔を工藤が見せた。


「もし、文覚様がおられなかったら、武士は公家に犬扱いであった。それくらい偉いのだ。ところでそなたの父君は文覚様とどこでお知り合いになった」

「佐渡です。私自身は文覚様に会ったことがございませんが、人の話によりますと文覚様が突然来られて、何かのひょうしに父と付き合うようになって、いつのまにか父を弟子にしていたということです」

「なるほど、であるならば、そなたの父君は相当な人物であらされるぞ」

「……飄々としていましたが」


 父、淵のひょっこりひょっこり歩く後ろ姿が頭に浮かんだ。


「人は見た目ではない。幕府の創設者源頼朝公が平家に流罪にされ伊豆の山奥におわしたことはいくらなんでも知っていよう。文覚様はそんな罪人か牢人ごとき頃から頼朝公を天下の主たる人物だと見込んだすごい御仁なのだ。それだけではない。仏道では高弁殿を見出された。そなたと同じ孫弟子にあたる御仁だが、いまや幕府にとっても仏教界にとってもなくてはならない御仁だ。その一方で、武道の弟子としてそなたの父君を見出したとなれば、言わずもがな」


 なるほどとは思ったが、おやじはおやじ、おれには関係ない。


「それで、おれの疑いは晴れたってことですね」


 工藤が大きく頷いた。


「では」と鍋倉。

 工藤が慌てた。「どうだ、悪いことは言わぬ。わたしの手助けをしてくれぬか?」


 鍋倉は弱い者いじめの片棒をかつぎたくなかったし、何かに利用されたくなかった。


「わたしは鬼一法眼様に会わなければなりません」

「そうだったな。されど残念なことに鬼一法眼殿は消息不明だ。いまは息子の今出川鬼善が家を継いでおる。とはいえ今出川は鬼一法眼殿とは似てもにつかぬ御仁。行ってもそなたのためにならぬと思うが」

「えっ、消息不明?」


 思いもよらない言葉に、鍋倉は愕然とした。何のために平安京まで登って来たのか。言うまでもなく、武を極めんがためだ。その鍋倉はというとすでに佐渡では敵なしであった。まともに戦えたといえば、たまに訪れる平安京からの刺客。そいつらが口を揃えて言うのだ。俺は三下だと。


 別に佐渡が嫌いだったわけではない。ずっと暮らしていくのも悪くないと思っていた。父、淵が道を示してくれていたのだ。それに加え、山河での修行が補って余りある。なにも人につけてもらうことだけが修行ではない。


 ところが、道を示してくれたはずの父がいまわのきわになって初めて平安京に登れと言った。親兄弟がいるわけでもなく、かといって独りぼっちが嫌いだという訳でもない。一番は好奇心なのだろう。天下はどれほどまでに広いのか。一流と呼ばれる武芸者がどれほどまでいて、それがどんな技を使うのか。やはり鍋倉には佐渡は狭かったのだ。


 工藤が言った。


「知っての通り鬼一法眼殿の武芸は天下第一、変わりゆく天下の主も鬼一法眼殿に一目置き師事したものだ。一方でいっかいの武芸者もそれと変わりなく指導したという。が、今出川鬼善は邸宅のある地名を号して公家を装ってみたとか思えば、鬼一法眼殿を慕って集った武芸者をおのが利のために使う許せぬ御仁。佐近次とかいう頭目も小賢しい。わしらを馬鹿にしているとしか思えん」


 お前も同じ穴の狢ではないかと鍋倉は思いつつ、したり顔で話す工藤に呆れた。消息不明の説明は一切せず、己の言いたいことだけ言いよって。だが、気を取り直し、一番知りたいことをちゃんと説明してもらえるように言葉を換えて問う。



「鬼一法眼様が何処におわすか誰も御存じないと?」







読んで頂きありがとうございました。次話投稿は日曜とさせていただきます。今後ともよろしくお願いします。

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