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掃雲演義  作者: 森本英路
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第24話 失せ物占い

 そもそも生駒くんだりまで来て吉水教団と鉢合わせするなんて、道意は考えすらしていなかった。熊野衆徒を警戒していたからいいものを、そうでなかったら殲滅されなくとも八龍武の何人かはこうして立っていられなかった。


 吉水教団の狙いも『太白精典』に違いない。漁夫の利を得ようとしたのだろうが、今となっては霊王子一人のみ。それでいったい何が出来ようか。吉水教団はもう終わった話だ。わざわざそれを鬼善に話したって何の得がある。


 ともかく、月見を見つけられない状況を誰がどう悪いとか、こうすればよかったんだとか鬼善に言われたくない。なにしろ鬼善は『太白精典』を持っているのだ。心証をよくするためにも、ここは機嫌を損ねぬように言葉を選んで鬼善の問に答えるまで。そう道意は考えていた。


 惜しむらくは、この道意を含め八龍武の面々は『太白精典』に固執し過ぎるあまり、状況を全く理解出来ていなかったことだろう。熊野衆徒に加担した武士が誰なのか、と疑問を持てば佐近次に問いただすことだって出来たはずだ。


 それはさておき、道意の心配をよそに鬼善は何を思い立ったのか懐をごそごそしだした。取り出したのは、方形円形双方の盤を重ねた式盤という器具である。


「失せ物占い、なら得意です」


 その言葉通り得意満面な鬼善は、なにやらつぶやくと円形の盤の方を回転させた。それが止まると、


「あっちの方角に月見がいます」と指差した。






 果たして、鬼善が占った通りに進むと大木があり、その根の空洞に月見が縮こまっていた。鬼善は愛おしそうにその名を呼んで空洞に体を入れる。その首に、満面の笑みで絡みついてきた月見をそのまま抱き上げて空洞から引き出す。


「健やかでなにより、なにより」


 満足げな鬼善を前に、月見の笑みが消える。


「お父様、澄が戻ってこないの」

「鍋倉殿はここにいたのか? 一門の者らはどうした?」

「一門の方らはいません。澄が一人でわたしを守ってくれていました。それが半刻程前でしょうか、用を足すと言って行ったっきり」


 鬼善は今の今まで己と娘のこと以外、何も考えていなかったに違いない。鍋倉と聞いてふと、事の重大さに気付いたようだった。


「そうだった。これはまずい、まずいぞぉ。親父様から折檻を受けるぅ」


 鍋倉は鬼善の客ではない。父、鬼一法眼の客なのだ。頭を抱え、そしてひざまずき嘆く鬼善。一方で『塵旋風』陽朝の表情は苦々しかった。鍋倉が一人で月見を守っていたとは思ってもみなかった。一門の何人かは一緒にいたであろう。そう勝手に思い込んでいた。なんたって月見は一門の者らにとって命より大事だったはず。それが何たるざまか。そしてそれ以上に、許せないのは鍋倉だ。


「姫様が男と二人っきりで、一夜を過ごしたとなればそれは問題だ」


 月見が言った。


「あなたに何が分かるっていうの!」

「姫様は大方、気を失っているか、泣いていたのでしょう。幼少より見知っている我らなら分かります。が、世間というものはそうでない。すぐに騒ぎになります」

「解せんな」と道意。佐近次も合点がいかなかった。

「わたしも尋常ではない何かがあったとしか思えません」


 びくびくと鬼善が辺りを警戒しだす。


「もしかして、誰かに害されたのか?」

「そうではありません」と道意。「あの文覚の孫弟子であるからこそ生き残れた。それほどの腕の男がその辺の輩に討たれるっていうのが腑に落ちないのです」

「生きている。だが何かがあって消えたということか」と『葉隠はがくし』の理救。


 佐近次が言った。


「文覚の孫弟子もそうですが、鍋倉はあの幻の『撰択平相国』の所持者なのです。されど月見様は無事でした。『撰択平相国』を狙っていた遠藤一党や熊野の仕業ではない。遠藤は鍋倉が目的でしたが、熊野と手を組んでいる以上、月見様を置いていきはしませんし、熊野はその逆です。かといって時刻の関係から霊王子らでもない」


 『撰択平相国』と聞いて八龍武の面々は一様に驚いた。今の今までそんなこと、佐近次から一つも聞いていなかった。その一方で霊王子らが真っ向から勝負を仕掛けて来たのも今さらながら合点がいった。よくよく考えれば霊王子は平家の残党の首領みたいなものだ。八龍武の面々や熊野衆徒が『太白精典』を渇望しているのと同様に、平家の残党の霊王子も『撰択平相国全十巻』を喉から手が出るほど欲している。残念だったことは、己ら自身が『太白精典』に目がくらみ、誰も彼もがそれを狙っていると思い込んでいたこと。


「佐近次、お前、なぜそれを先に言わなかった」


 そう言って陽朝は、自分はさておき佐近次をぶん殴った。早く知っていれば尻尾を巻いて逃げられたとまでは言わないが、戦いは避けられた可能性だってあったはず。霊王子は鍋倉が目的であって、『太白精典』を欲しているわけではないのだ。倒れた佐近次の腹を、陽朝はさらに蹴り上げた。


「やめなさい、陽朝」


 駆け寄って来た月見が倒れている佐近次を抱き起す。まだやり足らない陽朝は止められたのが納得できない。しかも、そうしたのが月見なのだから尚更納得できない。


 納得できないという点においては鬼善も同じだったはずだ。『太白精典』も月見も無事だったというのに降って沸いたこの身の悲劇。まるでこの世が終わるかのような嘆き声を上げたかと思うと月見を押しのけて佐近次の胸倉を掴む。


「それならなおのこと、鍋倉殿を守らねばならなかった。おかしいと思ったのです。鍋倉淵と親父様が親しいってことを。なぜ『撰択平相国』を持っていると早く言わなかったのですか? それが分かっていたならもっと早くから八龍武を我が屋敷に常駐させていたものを。わたしは悪くない。これは明らかにあなた、佐近次の過失です。そうでしょ、みなさん」


 鬼一法眼はその実、『撰択平相国全十巻』を欲していた、とでも鬼善は思っているのではなかろうか。その鬼善に“そうでしょ”と同意を求められても八龍武の面々としては、まぁ可哀想にと思うだけで、うなずくしかない。一方で、責任を押し付けられた佐近次はというと落ち着いたものだ。涼しい顔で平静を保ち、言った。


「今出川様、そのことなら大丈夫です。鍋倉を所持者と言いましたがそれは正しくありません。所持者だったと言った方がより適切でした」

「すると、すでに誰かに奪われたってことか?」と道意。

「信じられない話ですが、鍋倉は燃やしてしまったのです。十巻すべて」


 八龍武の面々は唖然とした。当の鬼善は真偽いずれか迷っているのだろう、佐近次の胸倉から手を放す。


「嘘はいけませんよ!」

「先ほど言ったはずです、所持者だったと。鍋倉が持っていないのに、持っているとはいくら何でもいえないでしょうよ。それともなんですか? このわたしに嘘をつけとでも」


 打って変わって、いつもとは違う佐近次の強い言い回しに鬼善は本当のことだと判断したのだろう。先ほどの、目を吊り上げ、顔の真ん中に皺を集めた表情ではない。安心し、面持ちは緩んでいた。佐近次は続けた。


「平家のものだからあの世に送ってやると佐渡から持ち出し兵庫津で燃やしたと言っておりました。あの者は裏表のない男ですから嘘を言うはずはありません」


 いよいよ納得した鬼善の一方で、聞けば聞くほど信じられない想いでいるのは八龍武の面々だ。それを代表してか、一文字眉の男が言った。


「そんな馬鹿者、一生の思い出に一度見ておきたかったわ」


 月見がにらめつける。


「潤煙、あなたとはもう口を利きません」


 一文字眉の男は潤煙といった。『谷潜たにくぐり』が二つ名であり、その技は地を走り、地を蹴る。足元からか、と思えば頭上からの攻撃。そして水面蹴り。特に、夜の戦闘ではその能力がいかんなく発揮され、四つん這いで構えるその姿はまさに多邇具久たにぐく、つまりはヒキガエルだった。おそらくは、霊王子の手下を一番殺したのはこの潤煙なのだろう。それががっくりと肩を落とす。


 『かぶとわり』仁法が笑い交じりに言った。


「まぁ、いいじゃないか、気にするな。姫君も元気なようだし、おれたちゃぁ、ちゃんと役目は果たしたんだ。鍋倉っていう馬鹿の顔を拝めないのは残念だが、大方、小便中に毒蛇にでも噛まれたんじゃぁないか? 敵に会ってない。で、帰って来ないっていうならそれしかないだろ。そんなことより早く帰らないと平安京に入る前に日が暮れちまう」






読んで頂きありがとうございました。次話投稿は日曜とさせていただきます。今後ともよろしくお願いします。

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