第21話 自問自答
「ここだ! 仁法。ここだ!」
その声で、『かぶとわり』の仁法は鷲鼻の男を見つけた。霊王子と手下二人に苦しんでいる。
「雲最! いま行く」
雲最とは鷲鼻の男をいう。『蛇骨打』の異名を持ち、触れた者の靭帯を切り、骨を砕く。その技は蛇にも通じる、とこの名が付いたという。また、それとは別に『骨荒らし』と呼ばれることもあった。
霊王子らはその“鷲鼻”が『蛇骨打』だと分かっていた。決して接近せず、三人で牽制しつつ攻撃を加えていた。当然、いかに『蛇骨打』といえども体に触れさせてもらわねば、いかんともしがたい。霊王子らの攻撃に持ち堪えれず上に飛んだ。頭上、木の枝に逃れたのである。
逃がさぬとばかり霊王子も飛び上がり、枝にぶら下がる雲最目掛け斬りつけた。しかし、寸前のところで逃げられてしまう。霊王子の太刀をかわしつつ雲最は握っていた枝の上に乗って、さらに別の木に跳び去ってしまった。
敵を失い、枝を掴んだ霊王子は回転してその枝の上に降り立つ。逃げられたものは仕方がないとそれを捨て置き、眼下を覗く。そこには『かぶとわり』の仁法が飛び込んで来ていて、手下一人を斬り殺ろしていた。が、残った一方はその機を逃さずといった風である。仲間が殺されているまさにその時、背を向けている仁法に襲いかかる。
雲最がおらず、敵の中にただ一人取り残されたとしても仁法は別にどおってこともない。居たはずの霊王子の姿がないのは面白くないが、もう一方の敵は瞬殺、振り向きがてらに斬り捨ててやるまで、霊王子なぞはそのあとでどうにでもなる。神速を誇るがゆえであるが、背後から来る敵の太刀よりも己のが一歩遅かった。仁法の初手は受けとなってしまったのだ。自分自身、そうなってしまったことに驚いたが、それ以降も相手の太刀を受けるばかりで反撃に転じられない。
どうも相手は、早さとは別の能力があるらしい。挙動の先が分かるのか、先手を譲らず挙動以前からこちらの動きを抑え込んで来る。思うに、肉体を強化する内功とは違うようだ。それは技術的なもの、剣術の妙とでも言おうか。だが、自身も軽功を誇るがゆえにその剣術にも対処できている。
早さとはなにか、と仁法は考えさせられていた。鷲鼻の雲最が手こずっていたのも仕方ないだろう。といっても、このままでは埒が明かない。見せかけの動作も織り交ぜ、相手の剣術をかく乱しなくては。柄にもなく仁法はそう考え始めていた。
一方で、霊王子は枝の上から仁法が戦っているのをうかがっていた。手下は優位に戦いを進めていたが、仁法はというと勘がいい。手下をほんろうし始めていた。このまま続けばいつかは手下が斬られるだろう。その前に仁法を斬り捨てる。枝から飛び降りがてら一閃を食らわしてやろうと思っていたその矢先、ぞくっと殺気を感じ、咄嗟に仰け反る。
目の前を白刃が通り過ぎていった。そしてムササビのように宙を滑空していく男の姿。
『塵旋風』の陽朝か、とそれを眺めつつ霊王子は仰け反った勢いで身の釣り合いを崩していた。寸前、ひるがえり別の木に跳ぶ。陽朝はというと、逃げ去った霊王子を己の肩越しに見ていた。悪運の強いやつめと一つ舌打ちする。
この『塵旋風』の陽朝はというと青い顔色の狐目の男をいう。それが目前に迫る枝を蹴って方向転換、宙高々と飛び、頂点に達すると滑空、霊王子のいた枝に降り立った。そして眼下を覗く。
「仁法よ、命が救われたな」
いまだ霊王子の手下と切り結んでいる仁法は、見上げることもできない。
「何を言うか陽朝、気付かないふりをしていたのよ。霊王子が降りてきたところを返り討ちしようとな」
こけおどし、から威張りだな。仁法が見ていないのを良いことに陽朝はあざけりの笑みを浮かべた。
霊王子はというと別の獲物に狙いを定めていた。手下一人を叩き斬った福耳の男が、新たに敵を探し辺りをうかがっている。どうやら交戦しているのを見つけたらしい。一方は闇に浮かぶその輪郭から察するに顎髭の男、『磐座』の道意と思われる。暗闇で様子は分からないが太刀のぶつかる音からして手下の方が善戦しているようで、福耳の男はというと、即座にそれを理解したようだ。道意の助太刀に入らねばというのだろう。一も二も無く、そこに向けて跳躍した。その瞬間を、霊王子は待っていた。自らも飛び、すでに宙で放物線を描いている福耳の男へ向け、切っ先を立てて体ごとぶつかっていく。
襲い来る風切り音に、危機を察知した福耳の男は慌てて体を捻る。果せるかな、向かって来た霊王子と交差した。宙で互いの視線が合う。
霊王子は、福耳の男の眼光に嫌な予感を覚えた。予想通り鋭い得物がいくつも飛んできていた。だが、すべては弾き切れない。ひねりを加えいくつかの得物をかわすと着地する。そして自分の袖を見た。大きな穴が空いている。どういうことだ? 弾ききれなかったのは全てよけ切ったはず。我目を疑っているところへ福耳の男の太刀である。片手で横薙ぎに振るって来る。
霊王子は受けずにかわす。さらには福耳の男の無手の攻撃である。左手がまるで太刀を持っているかのように袈裟切りに振るわれていた。そこからの太刀筋を想像し、霊王子は右斜めにのけ反ってそれをかわす。そして次なる攻撃に備え、すぐに身構えた。左肩、水干の生地がすっぱりと切られている。なるほど『葉隠し』とは『刃隠し』を言ったか。
福耳の男は『葉隠し』と異名をとっていた。右の太刀と左の暗器。それが緩急真偽織り交ぜて振るってくる。その手の動きで太刀筋を想像し、いずれも受けずにかわすと霊王子は機を見て小柄を投げた。咄嗟に福耳の男は顔面を右腕で隠す。果たして、前腕の痛みとともにそこに霊王子の小柄が深々と刺さっていた。すぐさまその小柄を抜き取ると構える。もうそこには霊王子の姿はない。
苦戦していた道意が霊王子の手下をやっと斬り倒し、福耳の男に声を飛ばした。
「理救! どこかやられたか?」
理救とは福耳の男、『葉隠し』の本名である。
「たいしたことはない。されど気を付けろ。こいつら思った以上にやるぞ」
霊王子は木の枝で息をひそめていた。白い水干が幾つも切られそこに鮮血がにじんでいた。
時を同じくして遠藤為俊は愕然としていた。間道を進んだ結果、見たのは霊王子ら吉水教団でもなく鍋倉澄でもない。恵沢禅師の亡骸と弟子の寿恵であった。その寿恵の話から考えるに、鍋倉を追い越して来てしまっている。
己の画いた絵とはまるっきり違う。動揺していた遠藤為俊は引き返すことも考えた。が、十中八九、鍋倉は吉水教団か、金神八龍武の手の内にあるだろう。まだ戦えるかと遠藤為俊は自問自答した。答えは否である。これ以上は身の破滅に繋がりかねない。
今出川邸を襲った表向きの理由は先の乱の首謀者、後鳥羽上皇に味方した武者の討伐である。だから、身元の確かな金神八龍武と戦うのは愚の骨頂だし、かといってこの状況で吉水教団と事を構えるのは一歩間違えれば、面倒なこととなる。鎌倉の御家人で吉水教団を信仰している者は、思いのほか多くいるのだ。
といってもそれは不思議なことでもなんでもない。寺社は領家で、地頭は荘官である。各地でその地頭が領家を圧迫、その土地を領有化していた。そんな地頭が横領している相手に救いを求め、すがり付くことが出来ようか。表向き、大江御厨の惣官職を朝廷から拝領しているという立場を保っている遠藤為俊は、そんな地頭とは一線を画した存在なのだ。当然、軋轢もある。
聖道門と念仏門の争いにしても、遠藤一党は聖道門側の立場を取っている。法性寺の一件で比叡山と手を結んだ工藤祐長なぞは、幕府執権北条泰時が明恵房高弁の弟子という理由で聖道門に与している。同じ御家人なぞには興味はなく、上に好かれてなんぼというのであろう。彼なりの処世術なのだろうが、その父、祐経も同じ性癖を持っていて最後は狩りの最中、恨みを買った牢人に斬りつけられてしまい、果てていた。
ついでながら、先に言及した明恵房高弁は文覚の孫弟子であり、『摧邪輪』なる書で念仏門の祖法然を痛烈に批判している。同じく、武術ではあるが鍋倉も文覚の孫弟子であり、幕府執権北条泰時の師であろうとも明恵房高弁は、彼とってそう遠い存在ではない。
読んで頂きありがとうございました。次話投稿は木曜とさせていただきます。今後ともよろしくお願いします。




