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掃雲演義  作者: 森本英路
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第20話 銀河

「さ、こん、じ、さこ、ん、」


 ………佐近次さんの名を呼んでいる? 「そういうことか!」


 月見と佐近次の関係が、鍋倉には想像出来た。二人をすぐにでも合わせてやりたいと思う反面、佐近次とは今出川邸で分かれたっきりだ。今出川鬼善を救出するためにたった一人で寝殿の中に入って行ったが、どうなっただろう。


「大丈夫さ。きっと今出川様をお助けし、金神八龍武と合流しているに違いない」


 そう思って自分を慰める。とはいえ、やはり落ち込んでしまう。この戦いの原因の一端は間違いなく自分にある。そしてそれが解決されたわけでもなく、試合に納得していない遠藤は未だにおれを探しているだろう。おそらくやつは、自らその手でおれを殺さないと気が済まないはずなんだ。


「佐近次さんらは心配しているだろうな、月見様を。もしかして熊野三山に押し掛けて行くかもしれない。そうなったら一大事だ。一体どうしたらいいんだろう」


 誰も、熊野衆徒から姫君を取り返したなんて知らない。佐近次が金神八龍武と合流したとして、それに気付いてもらえるかどうか。熊笹の原に残った二人の門人が生き残っていてさえくれればそれも有り得るが………。


 月見を見た。うなされている。体力もそうだけど精神的にもかなりやられているのであろう。やはり今日は、これ以上は動かせられない。


「かといって、こんな洞穴に月見様を押し込めて良いものかどうか。いや、憎まれたって仕方ないじゃないか。こうなったのはおれのせいでもあるんだ」


 月見の、丸いまつ毛が小刻みに動く。 ! おれの独り言が耳に触ったんだ。って、この体勢は、まずい。今まさに鍋倉は月見を抱きかかえている。目を覚ます前にこの状態を何とかしないと。慌てて、月見を根の空洞に入れる。が、間に合わなかった。腰を地に着けるか着かないのところで目を覚まされ、その月見はというと鍋倉を引き離そうと必死に押し返す。


「私は一門の者です。姫様をお助け申し上げましたがこのとおり、まだ賊が山中をうろついていて動けずじまい。しかしそれも朝までの辛抱、それまでお静まりになるようどうか聞き届けお願い致します」


 後ずさって、鍋倉は手を付いて地に頭を擦った。すると月見は状況を理解してくれたのであろう、暴れることはなくなった。が、しくしくと泣き始める。


 お聞き届けになってくれたのはいいとして今度は泣き始めたか、と鍋倉は困り果てた。とはいえ月見の身になって考えれば当然のことで、それに対して文句を言うなんて考えられない。泣くのは仕方ないとして、もしそれで敵が呼び寄せられても、そんなの、構うこっちゃないじゃないか。全てひっくるめて、おれが何とかしなけりゃぁならないんだ。


 月見を背に空洞の外を監視する。来るなら来い。敵が来たら全て滅ぼしてやると改めて今は亡き一門の者らに固く誓う。ところが、そんな鍋倉の意気込みと裏腹に何も起こらずその日が暮れた。

 



 やがて月が天高くにあり、月見はというとその頃には、静かになっていた。泣き疲れて眠ってしまったのだろうなと鍋倉は少しほっとしている。空は、満天の星であった。天の川が幾万のきらめきの中を大きく横断し、それを挟むように二つの星が一段と強く光輝いている。


「されど、牽牛ってぇのはふてぇ輩だ。おれがその場にいたら、ぶっとばしてやるのに」

「牽牛と織女の話でしょ」


 後ろ手から月見のくすくす笑う声が聞こえた。だが、鍋倉は振り返えらない。月見が元気になったことだけで感無量である。とはいえ、悪乗りするのは鍋倉の悪い癖である。


「織女が水浴びしていたとこをねらって衣を奪い、嫁になるならそれを返すってぇのは道理に合わないね。そう思いませんか」

「それでも好いた仲になったのでしょ」

「年に一回、七夕の日に会うことを楽しみにしているのだから、そうなんでしょうけど、ほんとうは嫌々だったりして」

「納得いかないのね。でもいいじゃない。天界のことだもの、それぐらい現世とかけ離れた方が」


 なるほど、そういわれればそうだ、とは思ったが、やはり納得がいかない。


「押しの一手って言えばそうだが、やっぱりめちゃくちゃ過ぎる」

「そうかしら」

「そうですよ」


 それから二人は沈黙した。


 いらんことをいうものではない。月見の気分を害してしまったと後悔した。いじいじした挙句、なんとか機嫌を戻していただけないかと勇気を振り絞って背中越しに声をかける。


「世間のものがやれ牽牛だ、やれ織女だと言っていますが、実はどっちが牽牛か織女か知らない人が多いのです。月見様はどうでしょうか」

「しっているわよ」と予想に反して声が弾んでいる。それだけでなく小さな息遣いが鍋倉の背中にやってきて、ついにはその肩に白く華奢な五本のゆびが載せられた。


 どきっとした。心臓が高鳴るのを抑えられないまま覗くようにそのゆびを見る。なんとも滑らかな曲線を描いていることか。月見のゆびは関節などという不調法なもので動いてはいない。


「ちょっと顔を出させて」


 そのゆびに肩を押されて、空洞の入口を塞いでいる鍋倉は半身にさせられた。と、そこにまさかの月見が体を預けてきて、どけた背の空いた空間から顔を出す。そして夜空を指差した。当然、月見の顔は間近にある。だが、振り向かない。いや、振り向いてはいけない。



「上が織女で下が牽牛、正解?」


 ドキドキして答えられない。


「当っているでしょ。佐近次に教わったのだもの」


 はっとした。佐近次が好きなのを隠そうとしないんだと鍋倉は思い、我に帰る。


「正解!」


 とはいうものの佐近次を思い出させてまた泣かれるのもつらい。


「では、月見様、あの星は御存じですか?」


 すかさず月見に別の質問をした。


「もちろん」


 かくして二人は満天の星の下、その夜を過ごした。






 その頃、佐近次と金神八龍武らというと、霊王子ら教団二十人と鉢合わせとなり戦闘に及んでいた。


「霊王子、霊王子はどこか!」


 怒号しているのは『かぶとわり』の仁法である。それに鷲鼻の男が答えた。


「ここだ! 仁法」


 ほとんど喘ぎ声であった。


 全ては夜陰のせいである。金神八龍武の目的は月見であり、霊王子らの目的は鍋倉だった。冷静に考えれば彼らには戦う理由がない。が、しかし、不運にも、二つの勢力は月光が届かぬ深い森の中で出会ってしまった。


 それでも八龍武の面々にとって敵に遭遇したという点においては、良くはあった。月見が熊野に行ってはおらず、この辺りに居ると確証を持てたのだ。といっても喜んでばかりはいられない。それが熊野衆徒ではなく、なぜか吉水教団の、しかも最も凶悪にして狂信者、霊王子らであった。青天の霹靂。驚きは隠せない。そもそも八龍武の面々は、熊野三山に加担する鎌倉の御家人は全て駆逐したと勝手に思い込んでいた。そのうえで霊王子らと出くわすなぞ、彼らにとってはありえないことだった。


 ただ、佐近次だけは、遠藤為俊らに先に行かれたことも、霊王子らが参戦していることも知っていた。双方の一方、霊王子らだけでも駆逐すれば鍋倉の生存確率はぐっと上がりはしよう。だが、だからといって、鍋倉のためにこの事実を八龍武の面々に言わなかったわけでもない。まさか霊王子らも自分たちと同じように生駒山中を探索しているとは夢にも思わなかった。双方とも熊野まで行ってしまう勢いで山を進んでいるんだろうな、ばかなやつらだ、思う存分殺しあえと内心、あざ笑っていたのだ。


 慢心といえばそうだが無理もない。喋るな、口出しするなと八龍武の一人、狐目に言われてしまっては遠藤らのことも霊王子らがこの戦いに参戦してることも敢えて言う気にもならなかったし、自分以外に誰が、門人の死に顔で月見が奪還されたと推理出来ようか。それでもなお霊王子らが月見の奪還を知り得たというのなら、おかしなことがあるものだと思うほかない。


 事実、それはほとんど偶然で、巡り合わせとしかいいようがない。幸か不幸か、霊王子らは熊野衆徒に事実を知らされた訳だが、佐近次らがその霊王子らに気付いた時にはもう後の祭りだった。その霊王子にしてみてもおそらくは、金神八龍武に出くわすとは夢にも思ってなかったであろう。鍋倉がこの山中に潜んでいると知っているのは、熊野衆徒が自決した時点で自分たちだけなはずだった。敵も居ず、女連れの鍋倉を確保するなんて容易なこと。それがどういう訳か、金神八龍武と鉢合わせである。当然、霊王子は今出川邸に上がった狼煙から金神八龍武を想定出来ていた。考え得るは、何らかの方法で鍋倉が金神八龍武に自分の居場所を知らせた。そして八龍武は鍋倉を、月見を救出した。


 ところが救出されたはずの鍋倉はいなかった。この夜陰のせいである。事前に鍋倉がいないと分かれば戦いを回避し、金神八龍武よりも先に鍋倉を見つけ出すってことも考えられた。だが、霊王子らは鍋倉がいると思って戦いを吹っ掛けてしまった。そして案の定、戦いの最中、鍋倉がいないと分かった。それでも霊王子は撤退を命じなかった。逆に、好都合だと思い始めている。結局、とどのつまり、鍋倉を得るには誰も彼も邪魔なだけなのだ。






読んで頂きありがとうございました。次話投稿は日曜とさせていただきます。今後ともよろしくお願いします。

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