第17話 結界
「じゃ、いいもの見れるな、今日は」
仁法はそう言うと抜刀し、敵目掛け走った。そして敵面前に来ると、甲冑なぞ意に介さず上から縦一文字に斬り下げる。その切れ味たるや兜や胴、それこそまるごと、真っ二つである。右半身は右に、左半身は左に倒れた。皆が驚く間のなく仁法は、空いたその真ん中を突っ切ったかと思うとそこから遠藤一党らの間隙を縫うように走って行く。まるで竹林で竹相手に太刀を振るうごとくであった。無造作に繰り出される太刀が次々に遠藤一党を両断していく。かくして遠藤一党の全滅は寸時であった。
「死体を見て、人は剛剣と言うだろうが違う。これは神速のなせる技だ。佐近次、分かったか」
「ご教授、ありがとうございます」
敵を倒して満足げな表情の仁法が、佐近次のひれ伏す様子にさらに上機嫌になったのか飛ぶ。無駄に高々と宙を舞い、鞍に降り立つ。
「ついて来い!」
と馬を走らせた。佐近次も鞍を掴み飛び乗る。そして仁法を追った。
熊野衆徒二十二人と鍋倉ら三人は平城京の市街地には入らず、その手前を折れて生駒山麓を疾走していた。徐々にきつくなる勾配に加え、道もうねり、馬も限界なのだろう先ゆく熊野衆徒が馬から降りるのが見えた。藪の中に獣道と見まがう間道があり、そこに分け入る。ぞろぞろと森の中に消えていった。一方で背後の寿恵はというと馬の鞍に立ったかと思うと藪の中に飛び込んでいく。
暗器があったなら、と鍋倉は舌打ちした。鞍に立つなぞ当ててくれと言っているようなものだ。が、無いものは仕方がない。藪に消えた寿恵を放っておいて前進。三人共々間道に突っ込み、下馬して月見を追う。
見失わないよう急ぐ。が、行ってしまったであろう熊野衆徒らの姿が周囲の藪間からちらほら見える。散開してこちらの足並みに合わせ遠巻きにではあるが、包囲するかっこでついてきている。
どこか機を見つけて攻めて来るのだろうな、と警戒しつつも鍋倉らは一直線に恵沢らを追った。当然、不意打ちは予想できている。茂みの中から飛び出した熊野衆徒一人を鍋倉は三手程で突き殺した。
さらに進み、森が開けた熊笹の原で恵沢禅師の姿を見た。鍋倉らはそこに向かって行っているのだが、恵沢はというと逃げようとしない。もう我慢も限界なのだろう、皺が顔の中心に寄っている。鍋倉らが近付いていくと案の定、恵沢は担いでいた月見を部下に渡し、
「鍋倉よ、噂は聞いている。妙な技を使うって話だが、わしに通じるかな。なぁに、命のやり取りをやろうってことじゃない。されど不具は覚悟してもらわんとな」と今度は向こうから近づいてくる。熊野衆徒もそれに呼応し散開していた包囲を狭めた。
さすがに追いかけっこにはもう厭いたのだろう。向こうが一気にかたをつけようというならこちらも望むところ。恵沢が腰に太刀のみの手ぶらであった。鍋倉は「手出し無用」と槍を一門の一人に預け、前に進み出た。
距離を置いて鍋倉と恵沢は正対する。
そこから双方一気に近付く。先ずは無手での攻防である。蹴り、拳、投げ、極めを交互に繰り出し、それに対してまるで申し合わせたように受け、流し、捌き、返しを互い違いに行う。その息の合いようたるや同じ門派が演武を披露しているようである。熊野衆徒や一門が互いに立場を忘れ、目を皿にする。
熊野衆徒にしてみれば、師が技を披露する機会なんてそうそうない。学ぼうとその動きを目に焼き付けるのに躍起であった。ところが技を覚えようとするあまりに当の師、恵沢禅師が色を失っていたとまでは誰も気付けないでいた。事実、恵沢はというと内心、慄いていたのだ。おそるべし『撰択平相国』! われらが武術をも記載しているとは、と。そしてその所持者が遠藤為俊となる意味をも考えていた。つまりそれは己、恵沢禅師が遠藤為俊に熊野三山を売ろうとしているということ。
ほしいとか、ほしくないとかじゃぁなくなってしまった。間違ってもそんなことはあってはならないのだ。何が何でも、口さえきければ鍋倉がどうなろうが必ずや熊野に連れて行く。決して遠藤には渡さない。
となれば、あまり悠長に構えてはいられない。すぐ後ろに遠藤一党が迫ってきているかもしれない。
ここは一気に決めねば。同じ武術を習得しているとなれば死することもなかろうと恵沢は渾身の掌手を繰り出した。一方で鍋倉は攻防のやり取りから、恵沢の内力が徐々に上がっていくのに気付いていた。必ずや必殺の技が来るとすでに心構えは出来ている。果たしてその瞬間が来ると恵沢の動作に同調、まったく同じ掌手を放つ。
お互いがお互いの胸に、掌打を受ける。途端、二人とも視界が廻り、地鳴りが聞こえ、急激な吐き気に襲われた。ふらついて膝を落としそうになるが、二人とも気力で持ちこたえる。そして息絶え絶えに顔を見交わす。
恵沢からしてみれば鍋倉が鼻出血なのは分かる。しかし自分の鼻の下に生暖かいが流れていくのを感じ、ぞっとした。もしやと思い、袖でふき取ってみる。血である。
恵沢が怒号した。
「殺さねばならん。われらが秘術を! 刺し違えても殺さねばならん!」
先ずは恵沢が抜刀した。当然、鍋倉も抜刀してそれに応じた。だが先に仕掛けたのは覚悟を決めたはずの恵沢ではなく鍋倉であった。無造作に恵沢の間合いに入って行くと左右袈裟、横一文字、縦一文字と太刀を怒涛のごとく振う。恵沢はというと隙を見て最速力の太刀筋を幾つも放つも、鍋倉の圧力にひるんで、寸前で鈍らせる。
もともと鍋倉の武芸は、身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ、を信条としていた。鍋倉にとってみれば、自分自身に無頓着な姿勢こそ、平常だったのだ。刺し違えようと覚悟を決めた恵沢であっても、身にしみていない生兵法ではそんな鍋倉を差し置いて切っ先なぞ制しようがない。
いや、切っ先を制する、それさえも恵沢は考えていなかった。だた、刺し違えても鍋倉を殺す、の一念だったのだ。気付いてみれば鍋倉の剣圧に己の太刀筋が逃げていくばかりである。さらには、気力の方も鍋倉の気勢に当てられ徐々に削がれていっており、軽功を屈指して鍋倉の太刀筋をかわすのも限界が来ていた。
刺し違えようとしたのが間違いだった。それを恵沢は、今頃になって気付いた。誰しも生きたいものである。いや、それは本能だから仕方がない。それにもかかわらず鍋倉が、覚悟を決めた自分よりも先に、守りもへったくりもない、身を放り出すような攻撃を加えてきた。その時点で、やばいと思わなくてはならなかったのだ。そして相手の気勢をはぐらかすためにも、一旦は大きく間合いを取るべきだった。
鍋倉は工藤祐長の邸宅で遠藤為俊と戦った。その二人が最初に繰り出した技の名は『結界』という。あの時、二人は同時に無数の袈裟斬りを放ちつつ、前進していた。つまり今の鍋倉は太刀で恵沢を囲う一方で、前進で圧力を加えていたのだ。当然、技にハマってしまった恵沢は踏み込みが浅くなり太刀筋を鈍らせる。かといって飛び退くことも出来ない。気力はというと圧し掛かる重圧で疲弊を余儀なくされる。果たして鍋倉の太刀筋の残像が徐々に恵沢を包んでいく。受けに徹するしかなくなった恵沢はというと成す術がない。
まさに太刀の結界。それに恵沢を封じ込めた鍋倉は、一呼吸、その動きを止めた。そこから一歩後ろに下がる動作と連動させて縦一文字に太刀を放つ。
恵沢の眉間から顎下まで斬り下げた。
静寂降りおちる中、地を打つ音と熊笹の葉擦れる音が短く発せられた。
それを聞くや否や熊野衆徒は怒号を上げ、鍋倉に向けて一斉に襲いかかる。門人らも鍋倉を助けるべく走る。鍋倉はというと掛かって来る熊野衆徒をかわし、すり抜け、月見の前に立つ。束の間、月見を守る熊野衆徒を二人切り殺し、意識のない月見を瞬時に受け止め、肩に担ぐ。
その間、門人二人は鍋倉に届こうかとする熊野衆徒二人をその背後から槍で突き殺していた。そして鍋倉が月見を確保したのを、良しと見ると今度は一転、振り返って、鍋倉に殺到する熊野衆徒らに向かい槍を構えた。
「鍋倉さん、こいつらはもう破れかぶれ、姫君に害を及ぼしかねません。姫君を頼みます」
「任せろ」と月見を肩に鍋倉は走り出し、背中で「御武運を!」と叫びつつ、立ちはだかる熊野衆徒を一人二人と切り殺して行った。そして追いすがる熊野衆徒二人をぶら下げたまま生い茂った藪の中に消えていく。
後は鍋倉を信じるのみである。門人二人は、己より先には行かせまじと、前にする熊野衆徒らに対し決死の覚悟であった。一方で、熊野衆徒はというと、師の仇を逃すまじといきり立っている。かくして双方とも、互いが互いに捨て身で槍や太刀を振うこととなる。
丁度その頃、霊王子ら吉水教団二十人は馬上、鍋倉を追って駆けていた。道すがら、何人かの僧の骸と、乗り手を失った馬らを通り越してきた。ひづめの跡からも道を違うはずはない。ところが、前方を駆る熊野衆徒も鍋倉ら一門も一向にとらえられない。もし道を違えたとして、熊野衆徒は平城京に向かっていたとしよう。だが、そんなことが有り得るのか。
行くべきか、引くべきか、思案のしどころだと霊王子は思った。
読んで頂きありがとうございました。次話投稿は木曜とさせていただきます。今後ともよろしくお願いします。




