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掃雲演義  作者: 森本英路
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第15話 当たりくじ


 佐近次ら一門十六名は遠藤一党を追跡し、桂川と鴨川の合流点に掛かる橋でそれを捕捉した。遠藤一党の方も佐近次らの存在に気付く。佐近次らは軽装である。重装備の遠藤一党が馬脚で劣るのは固い。


「やつらを後ろにぶら下げたまま熊野衆徒に合流でもすれば我ら一党としては決まりが悪い。ここで一掃する」


 遠藤為俊は郎党にそう下知すると橋を渡ったところで馬を止めた。そして前十五人、後ろ十四人の横列二段の陣形を組むように命じ、自らはその最後部に位置した。


 一方疾駆する佐近次はというと、遠藤一党が陣を張って鳥羽作道を封鎖しているのに、分が悪いと思った。どう見ても一筋縄ではいかない。甲冑や得物、戦いぶり、どこをとっても鎌倉の御家人であったが、馬上で陣を組み、道を封鎖するなどいう芸当は余程の統率力と指導力がないと出来やしない。しかも、上皇の武者をひっ捕らえるとかどうとか、討ち入ってくる前の口上。間違いなく彼らは鎌倉の手の者たちであろう。だが、工藤祐長のようなやからではない。おそらくは戦慣れしている本当の武者。歴戦の猛者だ。それがなぜ、こんな茶番に付き合うのか? 佐近次は橋を渡りきると一門を止め、その甲冑武者らに呼び掛ける。


「直ぐ後方に金神八龍武が馬を馳せています。我らも八龍武も姫様の奪還が目的です。あなた達は何か誤解をなされているようだがここは引いて頂きたい」


 遠藤一党が一斉に笑った。佐近次はかまわず大音声で続けた。


「まさか本当に上皇の武者を捕まえようと思ってはいないのでしょうね。一体あなたは何を望んで熊野三山と結託したのです? 『太白精典』ですか? なら、熊野三山がそれをあなた達に見せるとは思えません。あれは門外不出、秘中の秘です。それでも熊野三山とあなたは組んだ。やはりあなたには何かある。ここを通してもらえれば、我々がそれに協力しましょう。熊野三山よりも流れ者の我々の方が後腐れないと思うが、いかがか?」

「ばかにするな。なぜわしがお前らのような訳の分からん者と組まなければならんのだ。いい笑い者になるわ」

 

 言ったのは、最後尾に陣取る一際目立つ甲冑武者である。首領に違いないと佐近次は踏んだ。


「失礼。御腹立ちはごもっとも。わたしとしたことがこれから手を結ぼうとする方のお名前を伺っていませんでした。お名前を伺えますか?」

「名乗りとはな、良き敵に会って初めてするもの。そのような作法も知らん下賤になぜ名乗ろうか」

「やはり引いてはくれませんか。ならば致し方ありませんね」


 佐近次は一門らに、「抜刀!」と命じた。一門みな、太刀を抜き放つ。太刀を高々と掲げた佐近次は、「蹴散らせぃ!」と叫び、先頭切って遠藤一党に切りかかった。






 その頃、僧体に太刀を帯びた七人が馬上で今出川邸内に乗り付けていた。


「間に合わんだな、全滅じゃ」


 ボウボウ白眉の老人がため息をつく。庭内は多くの死体が散在していた。


「で、どうする、じいさん」と一番若い丸顔の男。年のころは鍋倉より二、三歳上か。

「どうもこうもない。我らは『太白精典』の守護者を自任している。役目を全うしなくてはなぁ、かっこがつかんじゃろ」

「んなことよりこの際、この混乱に紛れて『太白精典』を奪うっていうのはどうだい、おれたち七人で」

「何が七人でじゃ。はなっから抜け駆けするつもりじゃろうに。ま、お前は鬼一法眼様直々に伝授されたわけでもないから義理もないっていえばそうだが、お前の死んだ師もお前と同じだったと疑われてはうかばれんぞ」

「よう言うたな、じじい。あんたら六人が六人とも『太白精典』にふさわしいのは自分以外ないと思っているくせに。おれはずっと自分の師を見てきたんだ。あんたらがそう思ってるのは百も承知なんだよ、んなことは」

 鷲鼻の男が話に割って入った。「ここでしゃべっていても埒が明くまい」

「らちがあくまいって、おっさん。あるのは死体ばかり、成す術なしだ」と若い丸顔。

「まずは死体を確認しろ。鬼善と佐近次だ」と鷲鼻の男。

「あぁ? 今、おれに命令した? 若いってんで下に見るな。この際だがら言っとくが同格なんだよ、おっさんとおれは。文句あるんならこの場でやる?」


 二人を尻目に顎髭の男が、「あれを見ろ」と指差した。その差した向こう、寝殿から素足で出てくる女が見えた。虚ろにこっちに向かって来ている。


「姫様の侍女の、あれ、なんていったっけ、ま、いいか」と若い丸顔の男が馬を走らせた。


 その蹄の音に、驚いた侍女はおびえて出て来た寝殿に逆戻りする。そうはさせじと丸顔の男は馬から飛ぶやいなや侍女を捉まえた。そして自分が味方であることを思い出させ、何があったのかを聞く。果たして丸顔の男は飛んで戻ってきて六人に言った。


「月見が熊野衆徒にさらわれた!」


 顎髭の男がみなの顔を見渡した。


「賊が仇敵熊野三山なれば、やつらの目的は『太白精典』より他はない。だが姫君を拉致したところを見るとそれは成しえなかったと推察出来る。先ずは一安心といえるが、『太白精典』の守護者たらん我らも状況としては熊野三山と変わりがない。我らは『太白精典』の所持者が鬼一法眼様なのか、今出川様なのかを知らされていないのだ。だが今は鬼一法眼様の線は無いとしておこう。今出川様が所持しているものとして考えるならば、拉致されたのが今出川様でなくて姫君。つまり、今出川様は今もなおこの屋敷のどこかに御隠れ召されていて、『太白精典』もこの屋敷のどこかにあるということだ。それでだ、ここにだれが残り、だれが姫君を助けに行くか」


 青い顔色に狐目の男が口を開いた。


「今出川様が所持者となれば姫君可愛さに『太白精典』と交換するとも限らない。もともと武芸なんぞに関心がないのだ。十分に考えられるが、そうなれば事は難しくなる。姫君を助けるのが今は最も重要。そしてもし、この屋敷に『太白精典』があるというならば、守るのは簡単なこと。死体が起き上がって来るっていうなら話は別だがな。我らならだれか一人いれば十分」

「あんたならそう言うと思ったぜ。じゃあ、じいさん、ここは頼んだ」と若い丸顔の男は馬を走らせる。実戦が出来るとあってか、いてもたってもいられないのだろう。遅れまいと他の五人もそれに続く。


 一人残されたボウボウ白眉の老人はというと、しわを深く顔に刻んでほくそ笑んだ。


「……『太白精典』がここにある。わしが一番いいくじ引いたかもしれん」






 佐近次は遠藤一党の陣を突破するどころか、すでに門人の半数を失っていた。それでもなんとか突破口を穿つため突撃を繰り返す。


 ところがそれも遠藤の思うつぼである。佐近次らが突撃する度に陣の中央を徐々に後退させ、巧妙に横二段を逆くさびに陣を変形させていく。結果、佐近次らは側面からの攻撃も受けることになった。それを、一党の後方で眺めていた遠藤は悦に入る。後は機を見て陣形を包囲に変え一気に殲滅するだけなのだ。


 ところがそこに橋を渡って来る一団があった。騎乗二十人で先頭が白拍子である。


 遠藤も佐近次もそれが霊王子だとすぐに分かった。二人ほとんど同時に、「鍋倉か!」と吐く。


 一方で、前方での小競り合いに鍋倉澄がいないと見とがめた霊王子は手下らに、「すり抜けろ!」と命じた。その言葉通り、先を争って走る手下らは瞬く間に二列縦隊にれつじゅうたいに変化。遠藤一党の逆くさびの両端をそれぞれが駆け抜けて行く。


 唖然と見送った遠藤。が、行ってしまうと一変、怒号する。


「くそが! 今出川一門を取り囲め!」


 陣の左右両端が佐近次らの後方に廻り込み、それに引っ張られるように陣が円に変形し、佐近次らを取り囲む。なすすべ無しの佐近次は言った。



「あなたは遠藤為俊殿でしょう」










読んで頂きありがとうございました。次話投稿は木曜とさせていただきます。今後ともよろしくお願いします。

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