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掃雲演義  作者: 森本英路
13/89

第13話 質

「でかした!」と恵沢禅師が言って隠し部屋に入る。


 女が二人、手を握り合って震えていた。


「たしかに」と一言だけ漏らす。月見の美しさは、平安京はもとより近隣諸国までも聞こえるという。女の一人を見ると確かに月見以外の何者でもない。輝くような白肌。それに付いた目鼻の品の良さ。そしてその位置の絶妙さ。天から与えられた自分のものが如何に貧弱か、如何に出鱈目に配置されたかを恵沢に知らしめる。


「この姫君は使える。『太白精典』との交換、あるいは鬼善の熊野への呼び出しでもよい」と呟き、「鬼一法眼の城じゃ。隠し部屋は一つや二つではあるまい。これ以上は埒もない。月見殿を熊野に向かい入れる。引き揚げじゃ」と言い放つ。そして「侍女は邪魔だ」と部下に吐き、嫌がる月見から侍女を引き離させる。


 一方庭では、依然として鍋倉が槍を振るい走り回っていた。他に一門でいうと四人。それぞれが敵を掻き回すように走っては攻撃し、走っては攻撃している。敵はざっと見、四十人。佐近次が今出川を救えたとしても、鍋倉を含めて五人が生き残るのは望み薄である。


 であるなら、今出川のおっさんは佐近次さんに任せて、こっちはこっちでせめて相手に手痛い打撃を加えてやるかと鍋倉は考えた。


 大将と刺し違えてやる。そしてあわよくばその間に、逃げられる者は逃げてもらおう。それが全滅を防ぐ最良の策だと思った。鍋倉は四人に向けて叫ぶ。


「一時、今出川邸を捨てよ!」


 そう連呼しつつ大将を求め駆け回る。だが門人らは誰一人引こうとしない。これだけ時間を稼いだのだ。この四人なら、今出川様は佐近次さんがすでに助け出していると信じて良さそうなはずである。これ以上命を賭して何の意味があるのか。皆、とどのつまりは流れ者。平安京で生まれ育ったわけではない。故郷に戻れば親兄弟がいよう。


 鍋倉にはそれがない。逃げるにしても、誰かが賊の気を引いていなければならない。その役目はおれしかいまい。身を捨てる覚悟はすでに出来ているし、それぐらいは察してくれてもいいはずだ。なのに、誰も一歩も引こうとしない。


 なぜだ、と苦虫を噛んだ鍋倉は、ふと見た光景に我が目を疑う。遠藤為俊である。一際目立つ甲冑に身を包んでいるが、その男を見紛うはずはない。だがなぜ、やつがここに居る? まさか助けに来てくれたというわけでもあるまい。


 戦っていた五人の甲冑武者を振り切って鍋倉は、遠藤為俊であろう男の前に躍り出る。


 指揮棒を持つその姿には、つわもの然とした威風が漂っていた。工藤邸で戦ったことが思い起こされる。その記憶通り、目の前にいるのはまさしく遠藤為俊。だが、なぜ?


 いまだ疑心暗鬼であるそこに甲冑武者五人が追ってきて、鍋倉を囲む。遠藤が言った。


「これは鍋倉殿、なぜ上皇の武者に助太刀するのか?」


「!」 ははーん、なるほどな! 世間の風説を気にして自らの手でわざわざおれを殺しに来たんだ。が、そうであれば武士の風上にもおけないやつ。虫唾が走る。


 あれは決着が付いたし、公にもそう認められている。いさぎよくないぞ、遠藤為俊。賊の大将と刺し違える覚悟でいた鍋倉は、あっさりそれを撤回した。


「上皇の武者? 腹黒い工藤と違い、尊敬もしていたがそういうお前までもこんな手を使うのか。文覚様ゆかりの者とてゆるせねぇ」


 完膚なきまでに叩きのめしてやる!


「会ってなくても弟子ならば似るものか? 文覚のじいさんとそっくりだ。だがそれでは長生きはできん」


 よりによって自分の一族を馬鹿にして、しかも武人にあるまじき物言い。いよいよもって許し難し。鍋倉は囲まれているのも忘れて遠藤に歩み寄る。その様子に、挑発に乗ってきたなと遠藤は内心あざ笑い、郎党らに手を出すなと目配せした。


 『撰択平相国全十巻』を渇望していた遠藤にしてみても、平安京に立った噂はその実、なによりも耐えがたく、その相手が挑んで来るとなれば、真っ向叩きのめしたいという衝動を抑えきれるものではない。


 その二人がまさに激突しようとしていたその時、一門の誰かが「月見様!」と叫んだ。その声の飛んだ先は、寝殿と東の対屋たいのやを結ぶ透渡殿すきわたどのである。そこを月見が大勢の熊野衆徒に囲まれ進んでいた。慌てた門人四人が敵を振り切り一斉にそこに向かう。


 鍋倉はというと、それでか、と得心した。今出川邸逗留の初日、酒を飲んで打ち解けたとき聞かされた。月見は一門にとって女神、吉水教団の霊王子の如き存在であることを。一門が今出川邸を捨てずに戦っているのはこういう訳だったのだ。


 といってもこの人数で邸宅から賊を追い払うことが出来ようか。となれば一か八か、月見を救いだし、敵の包囲網から脱出するしかない。


 そしてさらに思う。こうなったのは自分のせいでもある。そもそも寺社と武家は仲が悪い。特に鎌倉の北条家が天下の政務の一切を取り仕切ってからというもの、それが顕著に出始めた。寺社は領家で、地頭は荘官である。各地でその地頭が領家を圧迫、その土地を領有化していった。


 ところが、法性寺の一件でもあったように対立する寺社と武家が手を結ぶなんてことが稀にある。外見上は望ましいことだが、中身は定かではない。手を結んだ目的が不純である以上、安寧あんねいからは程遠い。それどころか新たな騒動の火種を振りまいていると言っていい。今回の襲撃がまさにそうだ。遠藤為俊に因縁を付けられて、この襲撃の発端を作ってしまったと鍋倉は理解した。その上で、月見まで失うったら一門に顔向けできない。


 そもそも工藤祐長から会わせたい者がいるって言われて、はて? 平安京に知人なんていないんだがと疑問を持ったのではないか。会ってみたら会ってみたで、つわもの然とした好感の持てる人物だと思ったはずである。騙された想いだ。負けたの、勝ったのと世間では言うけれど、お互い死力を尽くした試合ではなかったのか。それをいじいじと女々しく、遠藤のごとき輩はぶった斬ってあの世で反省をうながしたい。


 といってもそれでは、二兎追うものはを地で行ってしまう。諦めるしかなかろう。だが、せめてほえ面だけはかかせてやる。


 鍋倉は遠藤に向けて猛進する。その繰り出す槍をかわすとねこが飛ぶようにその肩の上をすり抜け、地面に手を付き前方に回転、立ち上がると月見を猛追した。


 驚いたのは遠藤である。鍋倉は頭に血が上っているだろうと踏んでいたのに案外冷静に行動したのだ。やはり馬鹿ではないなと感心しつつも、このまま逃げられるわけにもいかないとも考えた。平安京で騒動を起こすという危険を冒してまで手に入れたいものがあった。もののふを自称するものにとって『撰択平相国全十巻』にはそれだけの価値があったのだ。


 一方、してやったりと思った鍋倉は東中門を潜ってそのまま走り、東門の外に躍り出る。月見を連れ出した熊野衆徒の姿はすでに砂塵の中に掻き消えていた。一歩遅かったと悔しがり、ほんのちょっとでも遠藤にこだわった己の未熟を嘆いた。後ろから遠藤一党の「追え、追え」の声。


 このままおめおめと月身を奪われてはなるまいと、鍋倉は賊の馬に飛び乗る。そこに遅れてきた門人二人が加わり、三人が一斉に手綱を引き方向転換、馬に鞭を入れる。鍋倉らを乗せた三頭は疾走して平安京の街路に舞う砂塵の跡を追っていった。


 遅ればせながら、残りの門人二人も東門を潜り、賊の馬に飛び乗ろうとした。ところがそこで、鍋倉を追ってきた遠藤一党と並ばれてしまう。それで腹を決めたのか、馬には乗らない。大きく槍を振り回す。


 一方で気持ちが先に行っていた遠藤一党はというと混乱した。ざこは目に入ってなかったのだ。面倒なやつらめと襲い掛かるも、寡兵で大勢を相手しここまで生き残った二人である。遠藤一党はそう易々と馬に乗せてもらえない。


 それでも間隙を突いて、二人三人と馬に飛び乗る者もあった。ところがそれに遠藤が待ったをかけた。


「鍋倉は恵沢禅師に任せろ! 我らは後ろを守る!」


 金神八龍武を警戒したのであろう。その命令で馬に飛び乗った家人らもきびすを返す。そしてまずは門人二人だとばかりに攻撃を加える。果たして決死の門人らにてこずるも、遠藤一党はどうにかこうにか、寄って集ってそれらを串刺にした。すでに鍋倉らの姿はない。馬上三十、肩や足に矢が刺さっているのたが全員軽傷だと確認すると遠藤為俊は進撃を命じる。後ろを守って金神八龍武の追撃を阻止するつもりなのだ。幾つもの金擦れ音と共に馬上一気に駆け出した。







読んで頂きありがとうございました。次話投稿は木曜とさせていただきます。今後ともよろしくお願いします。

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