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掃雲演義  作者: 森本英路
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第12話 鬼の迷宮

 東門を抜けると、北側に侍所という建物があって南に車宿くるまやどりがある。正面に目を向けると、東の対屋たいのやから釣殿までの中門廊が行く手を横切っていた。


 釣殿は庭を展望できる建物で、中門廊はその名の通り門を備えた渡り廊下である。高床式の通路が一旦地に降り、また昇る。その降りたところが東中門となる。


 普段は牛車への昇降に使われているのだが、そこを駆け上がって恵沢禅師らは東の対屋たいのやに向けて進軍した。一方で遠藤為俊らはその東中門を通り抜け、庭に雪崩れ込む。


 対する鍋倉らは、門の防備に向かった者を除き十五名。東門には五名割り当てたが、早々に全滅したのであろう。だが、是非もない。佐近次の指揮に従い鍋倉らは寝殿の簀子すのこで賊を待ちうけていた。果たして東中門から賊が群がってくるとそこに向けて矢を射かけた。


 僧兵風情は別として、賊はどうとっても正規軍である。華やかな甲冑と整備された得物から、鍋倉には六波羅の手の者としか思えないのだ。その六波羅はというと平安京の警備と朝廷の監視を目的としていた。承久の乱の戦後処理として幕府が設置したはずなのだが。


 鍋倉にとって、それがどうしても解せない。今出川一門は嫌われていたであろうけれども、六波羅に逆らうどころか、平安京の治安維持に手を貸してきたのだ。それにもまして、襲撃してきた賊の、『太白精典』と『上皇の武者』とを横並べするあの口上。法性寺の一件でいうと、六波羅の工藤祐長は武勇の誉れを望み、比叡山の慶海は邪教の撲滅を狙った。


 双方目的が一致はしなくても、少なくとも盗賊を捕まえるという手段は一致していた。今回はそれとはまるっきり違うように鍋倉には思える。事実、賊は中門廊から東の対屋たいのやに攻め入るのと庭から寝殿に攻撃を仕掛けるのとで手を二つに分けている。そこにこの朝駆けの真の目的が隠されているのだろうが。


 あるいは、『太白精典』だけが目的か。それでもって今出川一門をついでに殲滅しようと企んでいるのか。であるなら二手に分かれるのも理解できる。大手と搦手、賊は前後挟み打ちしようというのだ。


 と、してもだ。それはそれでおかしな話である。今出川鬼善と熊野三山の私怨に六波羅が首を突っ込むか? その逆だったらあり得る。幕府に戦いを挑んできた後鳥羽上皇の残党を討伐するのに熊野三山が手を貸した。


 であるならば、話は元に戻る。今出川一門は平安京の治安維持に手を貸してきたのだ。六波羅とて利用価値はあっただろうに。


 だが、鍋倉は思う。それにしてもこれが六波羅のやることかと。しかも『上皇の武者』は完全に濡れ衣である。ま、拷問でも何でもやってそう言わせてしまうのであろうがそこまでしてやるからには、背に腹かえられない何か理由が六波羅にあるはずだ。


 矢を射かけ、そんなことを考えていた鍋倉はもう考えるのを止めた。賊はもう寝殿に取り付く勢いなのだ。


 鍋倉は太刀が届くまでに接近してきた敵でさえその矢で応戦し餌食とした。その技たるや、まさに連射。矢を引いた時には別の矢がその小指に掛かっている。放つと同時に小指にある矢をつがえる。矢筒を背負わず脇に下げる不格好さではあったが、それこそがこの技の秘訣ひけつ。矢を放つため弓弦を引くと、新たに矢が小指に掛かかるという寸法なのだ。


 それが功を奏して、寝殿の前に雪崩れ込んで来た僧兵のほとんどを討ち取ることが出来た。だが一方で、寝殿に上がるためのきざはしを守るのにはもう限界が来ていた。一門の者は弓が不得手らしく、そのうえ離れて射かけて来る甲冑武者は誰一人倒せていない。刻一刻と味方が数を減らしていく。矢も尽きようとしていた。そこへもってきて西門も開かれ、僧兵二十二名が雪崩れ込んで来るに至り佐近次は弓を捨て抜刀した。


「わたしは今出川様を御連れします。鍋倉さん、すこしばかり時間を稼いで下さい」


 あまりにも簡単に門が開いていくのに、これでは金神八龍武の到着を待たずして全滅してしまうと佐近次は危惧した。狼煙が上がってからの、賊の手際の良さは感嘆せざるを得ない。まごまご評定でもしてくれることが一縷いちるの望みであった。だが、それも終わった話。今、出来ることは一刻でも早く今出川様を鞍馬にお連れするだけ。


 命を賭するつもりは毛頭ないが、出来るだけのことはやってやろうと佐近次は寝殿の奥に入って行く。その姿を見て鍋倉は、「承知した!」と声を張り上げた。門人ら皆、弓を捨て、槍を取る。鍋倉もそう。そして一斉に賊の真っただ中、庭に下り立った。






 場所を移し、平安京の東の外れ、都を眺望する東山大谷。


 そこを根城としていた霊王子は、洛中に上がる狼煙をその目で見た。


「あれは今出川邸のものか」


 重なる甍から一筋立つ煙。朝焼けの空に墨を引いたようにくっきりと浮かび上がっていた。霊王子は手下どもを呼ばわると、集まって来た百人の中から屈強な男十九名を選抜した。そして自ら馬上でその者らを鼓舞する。


「者ども、遅れをとるなよ!」


 鞭を振るった。







 熊野衆徒三十名は無人の東の対屋たいのや、それから寝殿に雪崩込んで鬼善を探す。密閉空間の塗籠ぬりごめはもちろんのこと、人が入れると見れば箱だろうが、なんだろうが全て引っかき回す。西の対屋たいのやには祭壇が祭られていた。当然それも例外ではない。さらには後からやって来た北門二十四名もそれに加わる。一つ付け加えるならば、門を破る際に西門では八名、北門では六名が今出川一門に討ち取られていた。


 一方、佐近次はというと溢れ出る熊野衆徒らに鬼善を探すどころか、その名を呼ぶことも満足には出来ていない。物陰や柱に隠れ、機会を見ては一人一人と敵を間引きし、なんとか事態を好転させようと図る。そのために、恵沢禅師には部下が殺される報告しか入ってこない。しかも今出川邸に施された仕掛けに阻まれて北の対屋たいのやと、東の対屋たいのやに付属する東北の対屋たいのやではまったくといって探索が進んでない。何もかもうまくいかなくて、しまいには怒り心頭に「目にもの言わそうか!」と恵沢禅師は正気を失う。ほとんど八つ当たりなのだが、時間の余裕はないと辛うじて己の気持ちを踏みとどまらせる。


「小者は相手にするな。今出川鬼善だ、鬼善をひっ捕らえて来い」


 そうは言ったものの時間だけは過ぎて行く。いらいらは募る。そこへ、今出川の姫君月見を発見したとの報が入った。大いに喜んだ恵沢は取り巻きを引き連れて北の対屋たいのやに急行する。


 敢えて言うが、濡縁である簀子すのこが屋外であり、ひさし母屋もやは屋内である。その境界には窓兼雨戸のしとみ、引き戸の遣戸やりど、扉の妻戸つまどが施されていて、風雨から暮らしを守っていた。


 当時の常識から言うと、妻戸つまどは渡り廊下の透渡殿すきわたどのに対し一つずつなはずである。ところが、驚くべきことに今出川邸の北の対屋たいのやは壁全てがその妻戸つまどであった。外に面する幾つもの柱。その柱と柱の間がどれをとっても、室内から掛け金が下せる両開きの板戸だったのだ。しかも東北の対屋たいのやまでもそれが施されていた。


 それだけではない。当時、密閉空間の塗籠ぬりごめは広い母屋もやの中でも一区画にしかなかった。ところが今出川邸の北の対屋たいのやと東北の対屋たいのやは、母屋もや全体が塗籠ぬりごめであった。そしてその出入り口は四方の壁に一つずつ。それも妻戸つまどであり、ぶち破って中に入ったとしてもそこはそれ、鬼一法眼の邸宅である。中全体が見渡せるわけでもなかった。中に入れば入ったで、柱の数だけ碁盤状に土壁、妻戸つまどで区切られていた。つまり、北の対屋たいのやと東北の対屋たいのやには、どれだけの数の密閉空間があるのか分からないのだ。


 それだけではない。まるで迷路なのだ。そのほとんどが四面の仕切りの内、二辺が土壁で、残り二辺が妻戸つまどであり、ごくまれに妻戸つまど一つだけの場所がある。


 ということはだ。妻戸つまどが二つある場所はその先に進めるが、一つの場合は言うなれば行き止まりである。その一方で、外から入り、妻戸つまどから妻戸つまどへ渡って行く内に、別の出入り口から外に出されてしまう場合もある。


 当然、すべての空間に移動するとなれば、必ずどこか、妻戸つまどが三つないといけない場所が出てくるはず。逆を言えばこの母屋もやの中にはまったく妻戸つまどがない場所がある。その空間こそ秘密の部屋、つまり隠し部屋なのだ。そして事実、それがあった。物音で気付き土壁を破壊したと、隠し部屋を見つけた男が言った。


「でかした!」と恵沢禅師が言って、その隠し部屋に入った。







読んで頂きありがとうございました。次話投稿は日曜とさせていただきます。今後ともよろしくお願いします。

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