5輪: 悪魔喰らふ獣の王
万葉要街路巡りを途中で切り上げ、今来た道を戻る。
西口からロータリーの南、千葉駅ビル第二別館脇を道なり、京成千葉線の踏切を渡り、国道14号に突き当たって右に折れ、ローソンの入ってるビルにわたしの所属してるクラン『Overlord Must Die』、通称《オバマス》は入ってる。
今、部屋にいたのは4人。
神﨑琉麗さん、新高三。二つ名は、“内記”。魔道書記にして魔導破砕士。魔術翻訳家や呪文作詞家他、多くの魔術スキルを持ってるの。
愛璃さん、新高一。二つ名は、“豪奢”。隆運心霊化粧師という特殊な魔術の使い手で、精神系魔術や催眠術は超一流。
M∀MÏさん、新中三。二つ名は、“希望”。超高能力者にして魔闘舞術士で、超感覚的知覚や魔戦闘術の使い手、わたしのお師匠さん的存在。
有栖川蘭子ちゃん、新中二。二つ名は、“国士夢想”。奇蹟召喚師にして夢想策士で、召喚魔術や喚起魔術、古代妄想術の使い手。
「おかえり、魔斗華ちゃん。どうだった?」
「ただいま〜、琉麗さん。うん、今日はちょっと大変で…後でお話したいことがあるの」
「おかえりなさい、魔斗華さん。ところで、その小さなペンギンはどうしたの?」
「あ、M∀MÏさん、これは今日契約した胤獣です。名前は、ハムタロスです」
「え!?胤獣!!!」
4人はみな、驚いた様子でハムタロスを覗く。
「胤獣って、聖獣や霊獣、神獣、魔獣とか、神話級・伝説級の存在よ!それを連れて帰るなんて凄いわ、魔斗華さん」
「えー!本当に胤獣なの!?電視でしか見たことないよ?神々しさというか神聖さ、荘厳さ、耽美さ、流麗さ、典雅さとか、そういう幻想さが感じられないけど?」
蘭子ちゃんが疑いの眼差しでペンギンを凝視。
「テレビに出ているような三流、四流の胤獣と一緒にしないでくれるかな?ボクは超々一流の胤獣さ。
ビジュアルやイメージは契約主によって擬似的、暫定的、一時的に与えられているモノに過ぎないからね。見た目の印象は、力とは比例しないんだよ」
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」
4人は、小型ペンギンが流暢な日本語を音声を伴って喋るとは思っていなかったらしく、一様に驚いた。
「ボクの名は、ハムタロス。魔斗華がつけてくれたんだ。想像していたよりも君達は優秀な魔法少女達だね。ボクがここに来たのを相俟って、“因果律”は他の胤獣も呼び寄せるだろうから、やがて、君達の許にもそれぞれ胤獣達が集うと思うよ」
「ハムタロスは、黙示録の畜生なんだってさ」
「いやいや、魔斗華。畜生って言い方はやめてくれないかな…獣、ね、けもの。黙示録の獣、だよ」
琉麗さんが冷や汗を流す。
「し、信じられない……あの神話がこの眼前に現れるなんて……」
「知っているの、琉麗さんッ!?」
「ええ、愛璃ちゃん。使徒聖ヨハネ黙示録に予言されている獣。
それは、七つの冠を頂く七つの頭と十本の角を持つ赤い竜、冒涜の名が刻まれた10個の王冠をつけた十本の角と七つの頭持つ獣…魔王そのもの、とも。また、帝政羅馬とも羅馬帝国軍とも、七つの丘と七人のローマ皇帝ともされる隠喩。
その予言に記された獣が現実に存在し、こうして目の前にいるなんて…」
「俄には信じられないです。この小さなピンクのペンギンが、その黙示録の獣というのは…」
「M∀MÏの言う通り。神秘さというか、瀟洒さというか、崇高さというか、優婉さというか、霊妙さというか、気迫とかが圧倒的に足りない感じ。なんかイメージと違う…抑々、なんで企鵝なの??」
M∀MÏさんと蘭子ちゃんは、明らかに疑っている。
それはそうだよね、わたしも信じてないし。
というより、黙示録の獣ってのをまったく知らないし。
「いや、だから、見て呉れに関しては、契約主、つまり、魔斗華が想像し、創造されたんだ。見た目に関しては、それこそ心象にしか影響ないんだよ」
「それなら、あなたが凄い胤獣だってことを証明してみせてよ」
「やれやれだね…仕方ない、なにか試してごらんよ」
蘭子ちゃんは、魔法デバイスの魔法書“赤き魔導書”を取り出し、右手で支え、左掌を突き出す。
蘭子ちゃんは、オーセンティックなものを好むから魔道書をいっぱい持ってる。
本格的な魔道書は、どれも大きく分厚く重いので、持ち運びやすくするために手頃なサイズとページ数にした写本に分けてるの。
蘭子ちゃんの描いたオリジナルイラスト付きで凄く見易いけど、独特のセンスで意訳されてるので蘭子ちゃん以外の魔法少女では使うことが出来ないの。
別名、有主異本。
「Aidemmoc Anivid!! 悪意の地獄第五嚢、煮え滾りし瀝青の沼の滸より鉤持つ拾貮惡鬼、汝らに命ず。運命と契りし我が喚び叫に応え、その醜聞を幻せ!ザーザース、ザーザース、ナーサタナーダー、ザーザース《流言蜚圄喚起》!」
床に禍々しく輝く魔法陣が現れ、羽毛に覆われた蝙蝠のような翼を持つ瘦軀の黒い化物が召喚。
「蘭子ッ!部屋の中で悪魔召喚しないでよッ!お部屋が臭くなるでしょ」
愛璃さんが止めたけど、もう詠唱は終わっちゃってる。
ファルファレルロとかいう悪魔のような造形の化物が這い出てくる。
確かに、臭い。
敷設したてのアスファルトのような匂い。
「蘭子、君も凄いね。触媒無しで本物の悪魔を、こんなに簡単に呼び出してしまうなんて、大した召喚師だよ」
「え!?このアルファロメオっていうヤツ、本物の悪魔なの!!?」
「いやいや魔斗華、イタ車じゃないよ。ファルファレルロっていう悪魔の一種さ」
「さあ、そこの胤獣!あなた、この地獄の獄吏の拷問に耐えられるのかしら?」
魔法陣から完全に姿を顕わにしたその悪魔は、天井近くまである巨体をハムタロスに向け、躍り掛かる。
鋭い鉤爪がペンギンを襲う。
──あ、あぶないっ!
「大丈夫だよ、魔斗華」
ファルファレルロの爪が正にハムタロスを切り刻もうとした瞬間、身の丈2mを越えるその悪魔は、その姿をゾウムシに変え、数センチ程度のサイズに変貌している。
虫螻となったソイツを、ハムタロスは嘴で啄み、パクッ。次いで、ゴクッ。
「ファッ!?食べちゃったの!!?」
「!!!?そ、そんな……私のファルファレルロが………食べられちゃった…」
硬いはずの嘴の口元を、にぃっ、とあげて、ハムタロスはドヤ顔で語る。
「ボクのことを目の敵にしてる連中は、ボクのことを悪魔の親玉に仕立てあげたんだ。迷惑な話だけど、おかげでボクは全ての悪魔の類に耐性があるんだ。
これで分かってくれたかい?ボクが超々一流の胤獣だってことを」
居合わせた5人の魔法少女達は、みな目を丸くして感嘆。
「すごい………でも、くさそう…」
「ちょっ!く、くさくないよぉ。まったく、君たちは失礼だな〜…」