第93話 戦闘の後処理の件
格納庫の地上部分に、取り付けられたハンドル。
ロッシェが力任せにグルグル回すと。
『ブルルン!』と言う轟音と共に、格納庫の床が浮上し出した。
パカッと開いた馬小屋の床。
そこから荷車と馬がせり上がる。
そしてガシャンと言う音がし、格納庫の床が地上とフラットになった。
唖然とする見物人達。
何かが始まると聞きつけ、町中から人が集まっていた。
急に馬小屋の床が扉の様に開いたかと思うと、目の前で繰り広げられた光景。
いつの間にかへんてこりんな改造をされて、宿の主は絶句。
そこへアンが話し合いに来る。
「ごめんなさい、同意も得ないで勝手な事して。」
「い、いや。あの……。」
戸惑う主。
景気良く前払いで宿代を貰っていただけに、何とも歯切れの悪い返事。
アンが続ける。
「この仕掛けはこれっきりしか使えないけど、地下倉庫として残す事も出来ます。どうしましょう?」
「そ、そんな事出来るんで?」
「はい。お金は頂きません。こちらの都合でこうしてしまったので。」
「じゃ、じゃあお願いしようかな……。」
「承りました。」
そう返事すると、アンは指輪を光らせ錬金術を発動。
あっと言う間に、普通に存在する地下倉庫へと生まれ変わった。
一仕事終わったアンへ、ロッシェが話しかける。
「あのグルグルは何だったんだ?後、地下で見かけた歯車だらけの壁も……。」
「多分、説明しても理解出来ないわよ?」
「そんなに難しい事なんかい?うーん、世の中には俺の知らない事が結構あるもんだなあ……。」
ロッシェだけでは無い。
この世界の人達には、殆ど理解出来る人は居ないだろう。
ここは、複雑な機械は存在しない。
それ位の文明レベル。
エンジンも、ベアリングも。
クライスが持っていた文献から、偶々知っただけ。
その応用方法も、エンジンの動作に必要な燃料の精製も。
この世界では過ぎた知識。
それを手にしているのは、錬金術師の中でも宗主家だけ。
それは、文明破壊を呼び込まない様管理する必要が有ったのもある。
道具精製には繊細な技術が必要で、それを満たせるのは宗主家だけな事もある。
しかし一番の理由は、曽て起きた【とある事件】のせい。
それこそが黒歴史。
アンが調べまくった事。
クライスの身に直結する手掛かり。
なので、証拠を残す事は厳禁。
宿の主が使いたいと欲しても、消去せざるを得なかった。
倉庫として使えるとアピールする事で、使用目的をすり替えて。
消去する事に対しての、体の良い理由へと仕立て上げた。
これで大丈夫。
後は。
地下倉庫となった格納庫の壁に有る、丸い金の模様に向かって。
アンは喋り出した。
「兄様、聞こえてる?」
「ああ、アンか。聞こえてるよ。」
看板の金の釘から延びた、細い金の糸。
それはアンの方へと同時に、クライスの方へも伸びていた。
金の糸電話。
これまで何回か使った通信手段。
クライスの金の糸は。
その特性を生かしてかなり遠くまで伸ばせると共に、光ファイバー並みに情報を損失無く伝えられる質の高い物だった。
なので、小声でも伝わる。
クライスは、インカムの様な物を付けていた。
急に現れた金のそれは、トクシーを始め周りの人達を驚かせた。
私も最初はこんな風に驚いたっけなあ。
ラヴィは、遠い過去の様に感じていた。
それと同時に、クライスの凄さに慣れて行く自分が怖かった。
人の本質を見誤らせる程の強大な力。
当てられ続ける程、それに毒される。
何も感じなくなる事が怖い。
その事に、ここに居る人達の内どれだけが気付いているだろう?
選択を誤らない様に、実力差を自覚していないと。
ラヴィはそう思った。
そんな気持ちを感じていないかの様に、クライスはアンとやり取りする。
「そうか。そっちも終わったか。」
『ええ。もう心配無用よ。それで……。』
「当主の事だろ?こちらから迎えを寄越させるよ。」
『ありがとう、兄様。』
「後、エミルを同行させてあげてくれ。」
『何故?』
「その方が安心するからさ。火の精霊も、きっとそう望んでいるよ。」
『分かったわ。そう伝えとくね。』
「それと、アン。」
『何?』
少し言葉を詰まらせるクライス。
しかし続けた。
「済まないな。お前だけには、負担を掛けたく無かったんだが。」
『何言ってるの!血を分けた兄妹でしょ!遠慮しないで、何時でも頼って。』
その口調は優しかった。
「……ありがとう。」
そう返すので精一杯だった。
クライスはまず、ラヴィとトクシーに事情を説明。
軍本体が向かうだろうと予想はしていたが、かなりの規模だと聞いて驚くトクシー。
『それ程向こうも必死なのだろう』と考えるラヴィ。
何か焦ってる?
そうとも取れた。
その後、先に屋敷へ戻ろうとしていたストースにも軽く説明。
フサエンが無事な事を喜び、『すぐに使いを派遣しましょう』と駆け足で戻って行った。
「さて、こいつだが……。」
ナス将軍、今はただのナセルは。
クライスのその言葉に震えていた。
殺される!
俺ならそうする!
活かしておく価値が無いからな!
心の中でそう思っていた。
しかし、意外な人物が口を挟んだ。
「待った!正式なお沙汰は当主が決めるとして、こいつにはまだ利用価値が有るよ。」
そう言ったのはリゼ。
「そういや、知り合いみたいな口振りだったな。」
「ああ。こいつは盗賊仲間さ。これから向かう〔盗賊の巣〕は、あたい達の出身地さね。」
トクシーが反応する。
「聞いた事が有るな。何でも請け負う盗賊の組合みたいな物があって、それ等を束ねる棟梁の様な存在が一帯を治めているとか。」
「それそれ。あんた等は勝手に〔とんずらギルド〕って呼んでるけどね。」
「仕方無かろう。捕まえようにも、本拠地をコロコロ変えているんだからな。」
「捕まえようとするから駄目なんだよ。あたい達やこいつの様に……。」
「丸ごと抱えてしまえ、か。」
「流石金ぴか、分かってるじゃないか。」
「褒められても嬉しくないね。」
リゼの主張。
共闘すれば良い。
でもそれは、同じ目的がある時にしか通用しない。
盗賊は平気で寝返るからな。
諸刃の剣。
敵はそれをやっている。
追い込まれているのは、その通りの様だ。
寝返った敵兵の相手は、町の住民に任せ。
クライス達はナセルを引き摺って、コンセンス家へと向かった。
老夫婦はとても喜んで、クライス達を出迎えてくれた。
早速、早馬で使いをマキレスへ派遣した。
そして、リゼの提案を受け入れた。
リゼ達とナセルでは、雇い主が違うらしい。
スティーラーズの方は捕らえたが、ナセルの方はまだ分からない。
とんずらギルドへ行けば、裏に居るのが誰か分かるだろう。
出会えればの話だが。
存在する地域は、スコンティとダイツェンの間。
細長く連なる。
ど真ん中を街道が通っているが、その傍に居を構えているとは思えない。
それ程あちこちから恨みを買っていた。
移り住む訳だ。
しかし、ナセルが気になる事を呟いていた。
「【親父】なら多分居ないぜ。『《別件》があって出払う』って言ってたからな。」
「おや、親父自ら動くなんて珍しいねえ。お前達、何か聞いてるかい?」
尋ねられたヘリックとボーンズは、ブンブン首を横に振った。
はっきり意思表示しないとげんこつが飛んで来るから、オーバーアクション気味。
『ふーん』とリゼは、ナセルの方に向き直る。
「別件って?」
「知るかよ。俺達は仲良しこよしの集団じゃねえんだ。分かってんだろ?」
「そりゃそうだ。アハハハハハ。」
高笑いするリゼ。
ドン引きのラヴィ。
トクシーがクライスに話しかける。
「もしかして、別件と言うのは……。」
「可能性が高いですね。」
そう、捕まっているデュレイの事だ。
関係が大いに有りそうだ。
「取り敢えず、現当主が戻るのを待ちますか。」
アン達に、フサエンからPを受け取って貰っても良かった。
しかしそれでは、当主としての面目丸つぶれだ。
あくまでこの屋敷で、本人から手渡されなければならない。
早馬なら、そう掛かる事も無かろう。
そう考えるクライスに、少し暗そうな顔をしたエルベスが寄って来た。
「ストースから話は伺った。あなたはフサエンと近しい者の様だ。良ければ年寄りの戯言、聞いて下さるか?」
『何々?』とラヴィも近付く。
リゼ達スティーラーズは興味が無いらしい。
トクシーは、敢えて席を外した。
その方が良い気がしたのだ。
「実は……。」
老人は語り出した。
ある日の出来事を。




