第8話 妖精の暮らす森
「行ってらっしゃいませ。」
老召使いに見送られ、4人は出発した。
目指すは、メインダリーからセントリアに対して反対に位置するサファイ。
リッター卿は思いのほか元気で。
アンの処置のお陰か、松葉杖で歩けるまでに回復していた。
『自分の家だと思ってくれて良い、安心してくれ』と言う心遣いが、クライスには嬉しかった。
帰る場所が有ると言うのは、それ程彼には有り難い事なのだ。
早く移動するには街道を使うのが定石だが。
また、こちらの動きが察知されてしまうと言うリスクも有った。
なので、街道に沿った獣道を利用する事に。
幸いにもリッター卿は猟が好きで、獣道を細かく記した地図を持っていた。
なので、活用させて貰う事にした。
リッティからサファイまでは領地を1つ跨ぐだけ、しかし決して近くは無かった。
何故なら、その挟まれた広大な領地は別名【迷いの森】と呼ばれ。
人間の立ち入りが難しい上、或る種族が暮らしている為不可侵となっていたのだ。
人間からは畏怖を込め、〔妖精の土地・シルフェニア〕と呼ばれていた。
街道も獣道も、その入り口までしか繋がっていなかった。
「大丈夫なの?人の立ち入りは難しいって聞いてるけど……。」
ラヴィが不安そうに言う。
「交渉次第だろうな。【あの方】の協力が、どうしても必要だし。」
「ご存じなので?」
セレナは不思議そう。
『人間と妖精が親しくしている』と言った話は、殆ど聞かない。
一般人には繋がりが有るとは思えないが、或いは錬金術師なら……。
「小さい頃に、世話になった事が有ってね。力のコントロールが出来る様になったのも、そこで暫く過ごしたからなんだ。」
「へえ、そうなの……って!」
余りにもクライスがさらっと言ったので、スルーしそうになったが。
人間を受け入れるなんて!
ラヴィはびっくり。
クライスはどこまで凄いんだろう?
底知れぬクライスの魅力に、少し身震いした。
「私も行った事が有りますよ、兄様へ荷物を届ける為に。子供の方が警戒心を薄くしてくれますから。」
アンは自慢気に言う。
「お前はいつも泣きじゃくりながら森に突っ込んで来て、妖精達を困らせてたじゃないか。」
「もう!それは最初の頃でしょ!」
『ぷくーっ』と拗ねるアン。
それでも可愛らしかったが。
そんなやり取りを見て、宮中に残して来た弟を思い出すラヴィ。
あの子もそうだったなあ。
無事だと良いけど……。
森の入り口まで来ると、目の前の木々がざわめいていた。
不気味な動きをする枝。
何かが居る様だが、ラヴィとセレナには見えない。
おもむろに宗主家の紋章入りブローチを天に掲げ、叫ぶクライス。
「お久し振りです!クライスです!本日は妖精の女王へ、緊急の用が有り参りました!どうか迷いを消し去りたまえ!」
すると、ざわざわしていた木の枝がピタリと止まり。
密集していた草々がサーッと消え。
そして代わりに、薔薇で出来たアーチが現れる。
『お久し振りですね、クライス。アンも元気そうで。どうぞ、お入りなさい。』
優しくも透き通った、美しい声が聞こえて来る。
クライスとアンは一礼して、アーチを潜って行く。
ラヴィとセレナも真似をして、後に続いた。
森の中は外から見た鬱蒼とした雰囲気は無く、そこかしこに光が差し込んで美しい園の様。
妖精の姿がはっきりと見える。
一行を歓迎する者、見慣れないラヴィとセレナを警戒する者。
妖精の反応も、それぞれだった。
ラヴィが想像していた妖精とは、印象が大分違っていた。
体長は20センチ位だろうか。
羽は背中に4枚付いていたが、全く羽ばたかせずにスイーッと空中を舞っている。
クライスを知る妖精達は、彼の周りを宙返りしながら取り囲む。
妖精達もクライスも、久々の再会を喜んでいた。
ラヴィとセレナに興味を持った妖精も居て、顔の前で静止してジーッと眺めている。
リアクションに困る2人。
見かねて、『困らせないであげて』とアンが言うと。
妖精は少し笑みを浮かべて、くるんくるんと2人から少し距離を置く。
おっかなびっくりの2人。
その緊張した姿を面白がっているのかも知れない。
妖精は気まぐれだから。
森の中に入ってかなりの時が過ぎた。
どうやら森の中心に来たらしい。
燦々と光が注ぐ中、太い幹の大木が聳え立っている。
そして、その根元に可愛らしい屋敷が。
近くには客人用だろうか、木の切り株が数個有る。
クライスがそこに腰かけると、3人もそれに倣う。
少しして、屋敷から美しい羽の生えた女性が出て来た。
「大きくなりましたね。クライス、アン。」
森の入り口で聞こえてきた声と同じだった。
この方が妖精の女王……?
「再びお会い出来て光栄です、【エフィリア】様。」
アンがお辞儀をした。
「随分大人びて来ましたね。成長が垣間見れて嬉しいわ。……そちらは?」
「私はラヴィと申します。こちらは友のセレナです。」
「いや、この方には本当の名前で大丈夫だよ。寧ろ話がスムーズに行く。」
偽名で自己紹介したラヴィだったが、『クライスがそう言うのなら』と改めて。
「失礼しました。私はグスターキュ帝国の王アウラル2世の第1王女、マリアンナ・グスタ・アウラルと申します。これに控えしは女中のエレミリア・フォウ・ヒオセンスです。」
「どうかお見知り置きを。」
2人は深々と頭を下げた。
「なるほど、王家の者でしたか。王はお元気で?」
「はい。父を御存じで?」
「ええ。王家とは昔からの馴染みなのです。この森を守る為に不可侵としたのも、私達を変な輩から遠ざけようと言う心遣いからなのです。あなたのお父様も、ここに来た事があるのですよ。」
「それは存じ上げませんでした。」
「無理も有りません。一部の者しか知らない事ですから。そうしてこの森は守られて来たのです。」
「しかしながら、それを危うくさせる事態が起きました。」
クライスが本題を切り出した。
「分かっています。国境付近の出来事ですね?」
「はい。下手をすれば、ここも戦渦に巻き込まれかねません。早急に手を打たないと。」
「あなたが言うのであれば、余程の事でしょう。」
『これを授けましょう』と、クライスの耳元でエフィリアがそう言うと。
クライスの右手の中に、小指程の笛が現れた。
エフィリアとクライスが、ひそひそ話す。
『これには、《辺りをごまかす》力があります。あなたなら使いこなせるでしょう。』
『感謝します。』
クライスが頭を下げる。
すると、エフィリアの後ろからぴょんと飛び出した可愛い妖精が。
クライスの頭にピタッと張り付いた。
「久し振り!クライス!」
「【エミル】か。懐かしいな。」
「その子は?」
「ああ、マリー。エフィリア様の子でエミルだよ。」
「宜しく、お姉ちゃん!」
「ど、どうも……。」
エフィリアとは対照的な、エミルの印象。
フリフリの半袖服に、フリフリのミドル丈スカート。
服の緑とスカートのオレンジが、ピンク色のふんわりショートヘアを引き立てている。
ちょんとイチゴを乗せた様な、小さいツインテールも見える。
良く見ないと傍からは分からないが、首には小さい金色の鈴を下げている。
その愛らしい姿と相まって。
エミルの気安い接し方に、少し引くマリー。
戸惑うマリーを気遣ってか、エフィリアがふわふわ妖精へ話を振る。
「そう言えば、そろそろ試練の時ですね。エミル、クライスの傍で力になってやりなさい。」
「試練って?」
不思議そうなマリー。
「妖精が一人前と認められる為に、森の外へ行ってそこでしか手に入らない物を持ち帰るんだ。普通の人には見えないから、それ程危険でも無いけどね。」
「もうそんな頃かあ。ようし、頑張るぞ!」
クライスの説明に呼応して、やる気を見せるエミル。
「宜しくね、お嬢ちゃん。」
改めて挨拶するマリー。
キョトンとするエミル。
「うち、人間で言う『男』だよ。」
えーーーーーーーーっ!
女の子の格好をしてるから分からなかった……。
「エミルは、そうやってびっくりさせるのが好きなんだよ。」
「この格好、気に入ってるんだけどなあ。」
「良いんじゃない?エミルはそれが似合ってるわよ。」
「そっかあ。じゃあそうするね。」
錬金術師達と男の娘妖精との会話。
『ちょっと待てーーーー!』と突っ込みたいが。
自分が口を挟む領域では無い気がしたので、マリーは自重した。
それを見て、エリーはふふっと笑った。
「この森は、外界とは時間の流れが若干違います。少しはゆっくり出来ます。疲れを癒してから旅立つと良いでしょう。」
「ありがとうございます、エフィリア様。お言葉に甘えさせて頂きます。」
曽てクライスが過ごした、特別に造られた家。
そこでひと時の休息。
こじんまりとしながらも、幼少のクライスの暮らし振りがうかがわれた。
想像に浸りながら、眠りに付くマリー。
この先に待つであろう困難を、克服出来ると信じて。




