第79話 使者引き受け及び案内人の件
「なあんだ、そんなの決まってるじゃない。行くわよ、私も。」
「当然です。その先を目指す為にも。」
「師匠が行くとあっちゃあ、弟子の俺も付いてくぜ。」
何ともあっさりした返事。
元々使者を買って出るつもりだったのだから、分かり切っていたとも言えるが。
クライスは、取り越し苦労をしていたのかも知れない。
「済まないな、みんな。感謝するよ。」
クライスの言葉に、ラヴィは歯がゆく感じた。
「私が巻き込んだの!クライスはそれに乗っかっただけ!良いわね!」
「あ、ああ。」
クライスが全てしょい込む事は無い。
誰にも事情は有るし、皆誰かを頼って生きている。
神の様に一方的に与える者も、悪魔の様に一方的に搾取する者も。
ここには居ない。
だからこそ仲間なのだ。
ラヴィは、それを強くクライスにアピールしたかった。
『もう、一人じゃ無いんだよ』と。
使者として一行が出向く事になった一方。
相変わらずコエセルとニースは、使者として往復する日々を送っていた。
彼等は、セントリアから直接では無く。
メインダリーのトンネルをわざわざ通っていた。
何故そんな遠回りをするのか?
答えは簡単。
排除の為。
使者としてヘルメシア帝国へ行く度に、評議員から『見舞いの品としてお送りしたい』と変な調度品を押し付けられる事度々。
『それは無理です』と丁重に断っても、押し付けて来る。
数人の人足と共に。
運ぶのに人数が掛かるのは承知。
問題はその素性。
評議員の配下、つまりスパイが居る可能性が有る。
或る程度時が過ぎるまで、アリュースの生活は向こうに明かしたく無かった。
だからわざわざトンネルを通って、クライス発行の通行手形を持たない人足が通れない事をアピールし。
体の良い言い訳を作り出した。
通行手形を、何処からか手に入れようとした者も居た。
使者に『自分の品だけは届けたい』と、袖の下を送ろうとした者も居た。
しかしそれはただ単に、ブラックリストに記帳される者を増やすに過ぎなかった。
わざとなのか、それとも天然か。
暫くすると、独自に品々を送ろうとする者も出始めた。
怪しまれる行動を敢えて取る事によって、暗殺の疑いを逸らそうとしたのか。
或いは今の内にアリュースへ取り入る事によって、ヘルメシア帝国内での地位を高めようとする腹か。
セントリアの関所で止められると分かっているのに。
そこには政治的な駆け引きが如実に表れていた。
ただ王族の手紙だけは、特に怪しまれる事無くアリュースに届けられた。
特に。
体が弱くそれ程歩き回れない王族四男【ソーティ・ベック・シルベスタ】は、兄の事情を知るや頻繁に手紙を送って来た。
外を自由に歩ける兄が、羨ましかったからかも知れない。
一定の場所に隔離される事になった兄を、自分同様不憫に思ったのかも知れない。
ソーティの素朴で純粋な気持ちだけは伝わって来た。
アリュースはそれが嬉しかった。
なので、当たり障りの無い範囲で返事をこまめに書いた。
半ば、文通と化していた。
腹心は少し心配だった。
余りに気を許し過ぎでは?
幾ら病弱だからといって、油断はなりませぬぞ。
とても口に出せる台詞では無かったが。
とにかく。
対応の違いが出始めた事によって、それぞれの思惑が派閥の形成に至ろうとしていた。
「案内役は、あたいだけで良かったのにさ。」
床で丸まっているメイは不満顔。
エミルが声を掛ける。
「仕方無いよ。皇帝に会う為には、アリュースの部下の人が要るって言うんだもん。」
そう言って、クライスをジッと見る。
「陛下と面識が有るって言うんだ、事をスムーズに運ぶ為に必要なんだ。分かってくれよ。」
説明を求められたクライスは、メイをあやす様に諭した。
「これがかの使い魔ですか。ほう……。」
そう言ってじっとメイを見つめる、体格のしっかりとした騎士。
年は30才弱といった所か。
やや長い金髪を靡かせた男、【トクシー・ビンセンス】。
アリュース配下であり、ロッシェの槍の先生でもある。
ロッシェは、セレナが用事で剣術を習えない間。
トクシーの元で槍捌きを学んでいた。
それは戦いの幅を広げる為。
トクシーはアリュースの先生でもあったので。
教え方が上手く、ロッシェはめきめき上達した。
素質があったのだろう。
その伸びしろにトクシーも驚き、正式に弟子にしたいと思う程だった。
こう言った縁も有り。
トクシーが、皇帝への面会を取り付ける係に任命されたのだ。
「師匠と先生。2人が居れば、何が起きても大丈夫だな。」
自慢気に話すロッシェ。
未だに師匠呼ばわりが恥ずかしいセレナ。
その肩をポンと叩くトクシー。
「お互いに苦労しますな。はははは。」
豪快に笑う。
さぞ懐の大きい御仁なのだろう。
セレナは思った。
「私達の事もお忘れ無く。」
ロッシェの発言に、少し拗ねるアン。
兄が蔑ろにされた様で気に食わなかった。
ラヴィがすかさずフォローを入れる。
「ロッシェもそれは分かってるって。ね?」
「あ、ああ。勿論。」
「ほんと?」
ジト目のアン。
タジタジのロッシェ。
まあ良いわ。
いずれ分かるから、兄様の凄さが。
見てなさいよ……。
妙な対抗意識を燃やすアン。
勿論クライスは知りもしないし、興味も無い。
誰が優れているかなんて、どうでも良いのだ。
そんな達観したクライスに、トクシーも興味を持った様だ。
「不躾なお願いで済まないが、クライス殿の技量を確認したい。何かを錬成しては貰えまいか?」
ちょっとした興味。
ただそれだけだった。
軽はずみな言動の代償は大きかった。
皆がそれに唖然とした。
「そうですか。ところであなたの髪、綺麗な金髪ですね。あたかも《本物の金》の様に。」
まさか!
皆の視線は、トクシーの髪へ集まる。
慌てて大きな鏡の前に立つトクシー。
じっと自慢の髪を見ると。
髪の途中から先まで、本物の金に変わっていた。
トクシーは絶句。
わわわわわ!
慌てて頭を掻くトクシー。
細い金の糸はパラパラと落ちていった。
それを拾い集めて、何とか元に戻せないかオロオロするロッシェ。
『あー、やっちゃった』と思うアン。
何度も見た光景。
物珍しさに、『術を見せろ』と強請る者が多かった隠遁生活。
クライスはそうやって、興味本位で近付いて来る者を排除して来たのだ。
トクシーとロッシェの姿を見て、涼やかな口調でクライスは言った。
「良かったですね。これで当分、散髪は必要無いでしょう。」
ゾッとするトクシーとロッシェ。
余計な事はもう言わないでおこう。
クライスは前より丸くなったとは言え、まだまだ気難しい面がある。
付き合いの浅い2人は、心の距離がまだ見えていなかった様だ。
一連の様子を見て、メイは腹を抱えて笑っていた。
「あははは!流石ご主人が気に掛けるだけあるわ!面白ーい。」
「面白くなーーーい!」
メイに怒鳴りつつ、『済みません』と何故かセレナがトクシーに謝る。
『自業自得でしょ』とアン。
『やり過ぎよ!』とクライスを怒るラヴィ。
涼しい顔を崩さないクライス。
こうして早速、一行の洗礼を浴びるトクシー。
驚愕と共に、確信もした。
この方、真に優れし者。
この方であれば。
とんだ顔合わせとなったが、これで心内は探れた。
ならば、自分も役目を果たすまで。
一行は旅の準備を始めた。




