第76話 皇帝の悩み
時は一旦巻き戻って。
ここは、ヘルメシア帝国皇帝の住まう王宮内の執務室。
齎された書類に目を通す1人の男。
現皇帝、シルベスタ3世。
敵国グスターキュ帝国から、使者として送り返された2人と面会中。
一通り目を通した後、ため息を付く。
「何とかなったか……。」
ここには3人しか居ない。
しかも2人は弟の腹心だったので、思わず本音を漏らした。
自分が立てた作戦とは言え、上手く行く保証は無かった。
こちらでも怪しい動きを追ってはいたが、依然掴めぬまま。
そこへ、この者達の来訪。
取り敢えず安全は確保された。
これからどうするか、皇帝として決めねばならない。
ただし、評議会に掛ける必要がある。
そこをクリア出来れば。
考え込む皇帝。
「陛下。差し出がましいでしょうが……。」
使者の1人、ニース・タオンズが進み出る。
「何だ?申してみよ。」
「はい、アリューセント閣下に関しては問題無いかと。」
「何故?」
「あちらには防衛に関する準備が整ってございます。この事実をお示し頂ければ、評議会も無粋に戦闘を継続しようとは申さぬ筈です。」
もう1人の使者、コエセル・フーディも助言する。
「『大切な弟君をむざむざ死なせはしない』と強硬派は主張するでしょうが、あちらには強力な者達がおります。」
「錬金術師、か。」
ヘルメシア帝国に居る錬金術師は、あくまで傍系。
本家では無い為、こちらに無くあちらにある技術は多く存在する。
向こうの方が隠し玉が多いのだ。
研究を怠っていた訳では無い。
技術は確実に進歩した。
しかし凌駕する域までは到達していない。
そしてそれを象徴するのが。
「ただの戯言と思っていたんだがな……。」
そう、クライスの存在。
金を操る者はこちらに居ない。
よって、その手の内は一戦交えないと分からない。
だがその一戦で壊滅する可能性がある。
使者が話したその像は、余りに巨大過ぎるのだ。
対策の立てようが無い。
しかもその生ける伝説が直々に動いているとあっては、評議会としても強弁を取れない事は確実。
時間稼ぎには持って来いだった。
「ところで……。」
皇帝が今気になるのは。
「そのワルスとやらに心当たりは?」
クライスがヴェードから聞き出した、貴重な情報。
黒幕らしき人物。
配下にその様な名前の者はいない。
皇帝も偽名と考えていた。
ならば、普段からその様に振る舞っている人物を監視する他あるまい。
「残念ながら、その様な者は……。」
「皆、アリューセント閣下が直々にお選びになった者達故。信頼は高く、怪しい者は身辺には居ないかと……。」
「そうか。ご苦労だったな。もう良い、下がれ。」
「「ははっ!」」
コエセルとニースは、執務室を後にした。
天井を見上げ、独り呟く。
『アリューよ、苦労を掛けるな……。』
アリュースの母は第1王妃。
シルベスタ3世こと【ユーメント・フォウ・シルベスタ】の母は第2王妃。
第1王妃に子供が出来ない事を心配した前皇帝が、仕える宰相の助言により第2王妃を娶った。
その後続々と王妃を娶ったが、第2王妃が最初に身籠った。
ユーメントが生まれてから、第1王妃の妊娠を知った。
そこで、王位継承権がややこしくなる。
王妃の位を優先するか。
それとも長男が継ぐべきか。
権力闘争は、そのまま12貴族の政権争い・代理戦争へと。
結局、前皇帝の遺言によりユーメントが継ぐ事となった。
そう、父親はもう居ない。
腹違いとは言え。
年の差がほぼ無い弟を、ユーメントは可愛がった。
それは、皇帝の座を継いでも変わらなかった。
しかし第2王妃の子として常にレッテルを張られ、アリューとはいつも比較された。
偶々自分が早く生まれただけ。
それだけで皇帝の座にいる。
本来はそこにアリューが座るべきなのに。
常にそう考えていた。
その考えを知ってか知らずか、事あるごとに皇帝の座を狙う勢力から牽制されてきた。
最初はただの悪口だったのが、何時しか命を狙う様にまで発展。
皇帝として隙を見せないユーメントを一旦諦めたのか、ターゲットをアリューに変更した様だ。
アリューの身辺に不吉な事が起き始めた。
首の無い猫の死体が、アリューの控え部屋の前に置かれていたり。
明らかに毒を盛ったクッキーの山が、アリューの宮殿に送り付けられたり。
危険を察知した皇帝側は、手を打つ事にした。
それが今回の亡命計画。
幸い上手く行ったが。
向こうでヴェードとやらが仕掛けた様に、アリューに自害を選択させようとするかも知れない。
また別の方法で、暗殺部隊をグスターキュ帝国に送り込もうとするかも知れない。
勝手はさせない。
自分の命も危ういが、それ以上に正当な継承者を守らなくては。
大事な弟を。
その為にはまず、こまめな連絡の取り合いを。
そして、評議会を……。
次の日。
皇帝の親書を携え、コエセルとニースはアリューの元へ戻って行った。
そしてその日の内に、12貴族及び王族へ評議会の招集を掛けた。
治める領域が首都より遠い者も居るので、開かれるにはまだ日にちがある。
その間に、配下の中から信頼出来る者を選抜し。
評議会の警護と称して、参加者の監視を命じた。
遠くから近くから、続々集まる評議員。
皇帝にはアリューの他に、3人の弟がいた。
4人の妹も居たが。
皇位継承権が無く評議員でも無いので、取り敢えず監視をしないでおいた。
そしてそれは、せめて妹達だけは裏切り者では無いと信じたい兄心があった。
開催を告げてから数日後。
漸く集まった。
欠席している者も居たが、仕方無い。
ここに、評議会の開催が宣言された。




