第75話 誰しも一度は立ち止まる
町中が宴に溺れた夜から開けて。
翌日の昼、裁判と言う名の茶番が行われた。
何故茶番なのか?
捕虜として連行した手前上、裁判を開いて処遇を決定し。
その旨を、中央及び敵国へ通知する必要があったからだ。
しかしどう扱うかは、既に決定している。
だから茶番。
結果有りきの儀式。
そこでは、以下の様な決定がなされた。
1.アリュースの身柄は、セントリアでの監禁とする。
2.ミセル及びヨウフも同様に、セントリアでの監禁とする。
3.ヴェードについては、反逆の意志有りとみなし牢への投獄とする。
4.その他敵兵については、適宜処理をする。
しかし実際は。
アリュースはテュオで屋敷を借り、そこで暮らす事になった。
その両隣はそれぞれ、ミセルとヨウフが暮らす事に。
アリュースの世話係を兼ねていた。
腹心14名の内、【コエセル・フーディ】【ニース・タオンズ】両名は。
敵国への使者として、決定通知を持って帰国する事となった。
仲間から『頼んだぞ』と思いを託され、関所を越えてヘルメシア帝国の中心へと旅立った。
残る腹心達12名は、アリュースの召使いや屋敷の警護に当たる事となった。
クライス達一行は、向こうの出方を見る為に暫く滞在となった。
その内に、ラヴィにはやっておく事がある。
まず、引っ越しが終わった時点でアリュースと非公式の会談。
これからどうするかを話し合った。
アリュースも腹心達も、ワルスなる者は知らないと言う。
となると、偽名を使ってヴェード達を動かしている可能性がある。
それは王族や12貴族に知られた、或る程度地位の高い人物で有る事を意味する。
表の顔と裏の顔を、使い分けている筈。
今の所、知る術は無い。
しかし、クライスが知り合ったと言う使い魔によると。
主人を名乗る魔法使いが、如何程か情報を掴んでいるらしい。
魔法使いの存在を知っているのは、ヘルメシア帝国では皇帝と一部の王族のみ。
アリュースは皇帝の実弟なので、偶々知る地位にあった。
魔法使い側から帝国へ接触して来る事は無い。
身の危険を感じ、何処かでひっそりと暮らしている。
その割には、クライスに対し使い魔を使ってちょっかいを掛けまくっている。
つまり、クライスは何等かの因縁がある事になる。
彼に対してなら、話してくれるかも知れない。
これは必然。
クライスも、魔法使いに会う事情があった。
例の《悪夢》の件に、間違い無く関わりが有る。
だから何れは、ヘルメシア帝国へ乗り込む事になる。
他の者はどうする?
アリュースは駆け引きの材料として、また政治亡命者として受け入れる。
他の敵国の者はそれに付き従う。
アリュース自体が国に戻り、動かなければいけない事態になるまで。
一行の他の者は、クライスに付いて行くつもり。
嫌がってもしがみ付いて行く。
そこまでの覚悟。
ラヴィは、元々巻き込んだ者としての責任感から。
セレナは、ラヴィを守護する者として。
アンは邪悪な錬金術師が絡んでいる可能性上、宗主家として示しを付ける必要がある。
ロッシェは実はヘルメシア帝国出身なので、姉の情報は向こう側で集める方が良い。
それにアンは〔兄が心配〕、ロッシェは〔師匠からまだ学ぶ事がある〕といった個別の事情もあった。
案内は、使い魔のメイがしてくれる事になった。
エミルは、メイが言った言葉が気になるので。
妖精が暮らしていた痕跡を探しに。
故に、一行は。
5人と2人外と言う、異色メンバーとなった。
ところで、ロッシェが初めてエミルを見かけた時。
『何かボーッとした物が浮いているな』と感じた。
光の玉の様な物。
後で妖精だと教えられ、普通にびっくりした。
存在自体にも驚いたが。
それを見る事の出来る人間が、一堂に会している事にも驚いた。
そう言われ、『確かに妙だな』とクライスは感じた。
これも仕組まれた物なのか……?
仕組んだとしたら、誰か……。
神?
悪魔?
そんなのどうでも良い。
余計な者に振り回されるのは御免だ。
その点は、余り考えない事にした。
本当は、ちゃんと意味のある事だったのだが。
それは、いずれ分かるだろう。
そして、メインダリーで未だに放置されているトンネルの扱い。
アリュース達と協議した結果、ある程度の人間の往来を認める事となった。
それは限定的。
行商人に扮した、スパイとしてのこちらの兵。
そして、使者として度々往来する事になるアリュースの腹心達。
それ以外は。
クライスが張ったトラップで通過出来ずに、入って来た入り口へと戻される。
濾紙代わり。
入り口の近衛兵に、自己責任めいた事を声掛けする様念押ししたのは。
この為だ。
『認めた者以外は通さないよ』と言う事。
通るには、トラップに掛からない様通行手形を必要とした。
クライスが用意した、数に限りがある物。
小さな木の板切れに、金の文字が書かれていた。
それで往来を制御しようとしたのだ。
作戦は上手く嵌った。
何せヘルメシア帝国に行くなら、無理にトンネルを通らなくてもセントリアから行けばいいのだ。
行商人も旅人も。
敵側から来る者はトンネルの存在を知らないから、まず寄って来ない。
なのに強引にでもトンネルを通ろうとする者は、まず怪しんで問題無い。
完全に閉ざさないのは、対話の余地がある事を示す為だった。
強引に武力で訴えず、話し合いで解決しよう。
解決したら全面開放しても良い。
そう示す事によって、皇帝の側近の強硬派を牽制する。
これで少しは、皇帝の不安を取り除けるだろう。
アリュースへの配慮でもあった。
クライスの心遣いに、アリュースは感謝した。
そして、事態の好転を願った。
初めは戸惑った屋敷での生活。
アリュースも宮殿暮らしが長かったせいか、色々と人任せにしてきた。
しかし同じ王族であるラヴィが積極的に動いているのを見て、自分で何でもやってみる事にした。
元々器用な方だった為、料理などはすぐに慣れた。
慣れたお陰でシェフ等専門職の凄さが分かり、人を見かけで判断する事は少なくなった。
寧ろ好奇心の塊になり、町中へ出かけては何でも貪欲に吸収しようとした。
人間としての成長振りに、腹心達は心から喜んだ。
セレナは同じ苦労をしてきた仲間として、気持ちが良く分かった。
なので腹心とセレナは、良く連れ立って行動する様になっていた。
稽古をセレナにせがんていたロッシェは、セレナのこれまでの苦労を実感すると共に。
戦術を広げる為に、腹心達にも稽古を願い出た。
世話になってるので、戦闘に長けた者は喜んで受けてくれた。
ロッシェもそれなりに成長しようとしていた。
ラヴィはこの間、他の領主と連絡を取り合っていた。
事態は収束したかに見えるが、まだ油断は出来ない。
政略結婚を利用しようとした、領地ブレイアの主【レインズ卿】の様な者がいつ現れるとも限らない。
そこで、曽て世話になったリッター卿へお願いして。
他の領主の動向を探りつつ、味方を増やそうとしていた。
敵国に潜入したは良いが、その間に自分の国が危うくなっては本末転倒。
地盤固めに心を砕いた。
それはもう、一国の宰相の如く。
政治家としても成長していた。
でも心の奥底では、宮中に取り残された弟妹が心配だった。
その点もお願いを。
ラヴィ自身としては、王女である前に一人の姉で居たかった。
何時かその日が迎えられる様に。
ラヴィなりに頑張っていた。
アンは錬金術師の情報網を活用し、ラヴィの組織固めをサポートしていた。
それと同時に。
過去の文献を取り寄せ、読み漁っていた。
兄様は悪夢としか話してくれないが、恐らくあの《伝承》と関係がある。
余りに酷い黒歴史の為。
錬金術師の中でもタブーとされ、歴史の彼方に追いやられそうになっている事件。
尊敬する兄の為に、何かがしたい。
それがアンの原動力だった。
そして、1か月が過ぎた。




