第50話 使者の少女、槍使いと出会う
ケンヅの町から出発した使者。
それは、修道院で暮らす少女だった。
少女は、小さい時に親とはぐれた。
記憶喪失なのか、自分の名前すら思い出せない。
そうしてフラフラとケンヅに辿り着いた。
まるで『そこに行け』と言われたかの様に。
ぼんやりと目の前に浮かぶのは、幻の様な光。
瞬いて、ケンヅの端に位置する修道院へと少女を導いた。
シスターとここでは呼称する事にするが、ローブを被った老婆が建物から出て来た。
少女を見つけると、慌てて中へ引き入れた。
食事を出してやると、むしゃぶりつく様にがっついた。
余程、腹を減らしていたらしい。
シスターは親の名を尋ねるが、『分からない』と答える。
何処から来たのかと尋ねるが、『分からない』と答える。
何を聞いても『分からない』と答える為、仮の名を【ノウ】とされた。
この世界では、神や悪魔の存在は曖昧にされていた。
信じる者は信じるし、信じない者は信じない。
何を信仰しても自由。
他人に無理やり押し付けない限りは。
なので神様と呼ばれる存在は無数に在り、それに対する修道院も千差万別なのだ。
少女が拾われた修道院では、大地を司る女神【アーシェ】と言う者が信仰されていた。
もっとも信者はごく少数で、修道院は半ば孤児院と化していた。
それでも、ここの領主のお陰で維持が出来ていた。
ところがノウがここに住み始めた辺りから、領主からの寄付が無くなった。
代替わりしたらしい、新領主の方針として無駄遣いの削減が掲げられた。
それに巻き込まれたのだ。
シスターは、『修道院でなくても良い、孤児院として援助して欲しい』と何度も嘆願書を送ったが。
その度突っ返された。
止む無く、関所へと納められる通行料に寄付金を上乗せしてくれる様衛士に交渉したが。
それも却下された。
そして今回の関所閉鎖。
修道院を心の拠り所としている者は一心にアーシェに祈り、他の住民は『何か手を打たないと』と考えた。
その時。
ノウの体が光り、その手元に陳情書が現れた。
ここで住民は揺れる。
『ノウはアーシェの使いだったのだ』と言う者。
逆に、『ノウが来なければこの様にはならなかった』と言う者。
町は二分されようとしていた。
心を痛めたノウは、シスターに使者を願い出る。
『それが自分に課せられた使命なのだ、だから私の目の前に陳情書が現れたのだ』と説得。
記憶の無かったノウが、やっと人として生活出来る様になったので。
ここで行かせて良いものか、悩みに悩んだシスター。
しかしノウの心の奥底にある、〔他所者の自分が居なくなれば、町は丸く収まる〕と言う心情を察して。
使者として行かせる事に決めた。
町から怒号と歓声の上がる中、ノウは1人ひっそりと旅立った。
シスターは罵声の盾となって、ノウを見送る事が出来無いのを悔やんでいた。
それでも、ノウはある種の開放感を感じていた。
てくてくと歩いては休み、休んでは歩き出す。
年はラヴィとほぼ同じだったが。
フラフラしていた経験からか、体力はある方だった。
なるべく急いでケンヅから遠ざかり、シスターの負担を減らしたかった。
それが功を奏したのか、使者としては比較的早くパラウンドに近付いていた。
そんな或る日。
途中から、木々深い森を通る事になった。
街道は森を避ける様に通っていたが、遠回りになってしまう。
獣道を利用して森を突っ切れば、2・3日は短縮出来る。
時間が無い時にその差は大きい。
魔物が出ると言う噂は有ったが、仕方が無い。
危険を顧みず、自ら足を踏み入れた。
「暗いなあ。」
中は光が余り差し込まず、鬱蒼としていた。
獣道なので、凶暴な動物に出くわさないか慎重に進んでいた。
短縮するつもりが、反って時間を食う羽目に。
「急がないと。」
てくてく。てくてく。
てく。
ズシンッ!
「きゃあっ!」
急に地面が揺れ、尻餅をつくノウ。
ドスン!ドスン!
揺れの中心がノウに近付いて来た。
騒ぎ出す小動物。
飛び立つ小鳥。
騒然とする中、そのまま動けないノウ。
どうしよう。
どうしよう?
どうしよう!
頭が混乱する。
そのノウの目の前に現れたのは。
頭が狼、他が熊のなりをした怪物だった。
その高さ、ざっと3メートル。
ノウを見つけるや否や、『ガオーーッ!』と叫び覆い被さろうとする。
もう駄目だ!
頭を手で抱え込んで蹲る。
精一杯の抵抗。
大きな影が差そうとしていたその瞬間。
ズアッ!
生肉を切り裂く様な音がして、その後ドスッと何かが落ちた音がした。
ブシュウッと言う音と共に、ノウに液体が降り注ぐ。
液体の掛かった手を見ると、血で真っ赤に染まっていた。
気を失いそうになるノウ。
倒れ行く身体を、何者かがガシッと掴んだ。
『!』
ふと横を見やると。
精悍な顔付きの男が、槍を片手に膝間付いていた。
銀色に輝く鎧を纏って。
「あなたは?」
ノウが思わず口走る。
男は照れくさそうに言う。
「済まねえ、女の子が居るなんて気付かなかったんだ。変な魔力しか感じなくてな。」
そして懐からハンカチの様な物を取り出すと、ノウの顔に付いた血を拭き始める。
「怖かったろう?もう大丈夫だ。俺様が付いてるからな。しかし何でこの森に……?」
「私、急いでるんです!陳情書を早く領主様に届けないと……!」
無理に立ち上がろうとして、よろけそうになる。
それを男が制する。
「ちっとは落ち着きなって。そう言う事なら、俺が送ってやるよ。」
「?」
「俺は領主【サーボ】様の近衛隊隊長、【ヘンドリック・オースタン】だ。〔ヘン〕と呼んでくれ。」
「私はノウと申します。助けて頂きありがとうございました、ヘン様。」
「なーに。君の様な可憐な少女を守るのも、近衛兵の役目だからな。」
『ヘヘン』と鼻をこするヘン。
それを見てホッとし、くすくす笑うノウ。
こうして2人で、パラウンドを目指す事となった。




