第5話 逃避行が始まって
クライスとアン、そしてラヴィとセレナ。
4人から成る一行は領主からの追っ手を考え、街道を使わず山の尾根伝いに進む事にした。
幸い、追っ手には捕まらず領地を抜ける事は出来たが。
余程執念深いらしい。
捕まえられないと分かると、変な噂を流し始めた。
《王族の姫を人質にして逃げている、悪い錬金術師が居るらしい。》
人々がこの噂を聞いたらどう思うか。
領主は 〔してやったり〕 と考えているだろう。
しかし、それは甘かった。
その前に、錬金術師の情報網が噂の出所を突き止め。
逆に利用したのだ。
この様な噂を、速攻で広めて。
《錬金術師に責任を被せる為、領主が出鱈目な妄言を広めようとしているらしい。あの領主は信用ならない、気を付けろ。》
仲間意識が高いのは。
この職種が余りに特殊で、何時の世にも隙有らば潰そうと言う連中が居たから。
繊細かつ機敏に行動される事が要求されるのだ。
しかも今回は、事が事。
クライスに関しては、アンを通じて逐一報告されている。
『稀代の錬金術師が姫様を助けて逃避行している』となると、援助するのは当然だった。
王族に対して貸しが作れるし、一帯の領主達に対しての牽制にもなる。
クライスを助ける事は、自分達を助ける事にもなるのだ。
そう言う特殊な地位に、クライスは居た。
クライスの家が在った領地の隣に入ってから、丸1日。
旅に出てから、トータルで3日経とうとしている。
旅立つ直前。
王女と女中は、正体を少しでも隠す為に髪型を変えた。
ラヴィは、ウェーブ掛かったロングからベリーショートに。
まるで美少年の様な姿へ。
セレナは、長いストレートからボブヘアに。
姫の影武者と成れる程の、可憐さを持ち合わせている。
それぞれ。
これからの旅の困難さに立ち向かう、心意気を示した。
歩き易くする為、煌びやかなドレスを躊躇無く破り。
裾などを短くした。
ヒールの高い靴も脱ぎ捨て、アンが偶々持ち合わせていた革製の量産品へと履き替えた。
アン曰く、『山を歩いているとすぐに履き潰してしまうので、常に複数持っている』らしい。
『普段、どれ程歩いているのか』と言う、誰もが思い浮かびそうな。
そんな疑問を抱えながらも、2人は動き易い装いになった。
なったのだが……。
ラヴィがハアハア言いながら歩いているのに対し、平然と進むアン。
クライスは山暮らしが長いとの事で、体力が有るのは分かる。
でもどうして、アンは平気なのだろう?
日頃から護身も兼ねて、『剣術・体術を磨いて来た』と自負していたラヴィ。
まだ鍛え方が甘かったのだろうか?
こんな事で、世界統一など出来るだろうか?
少し悔しかった。
「錬金術師って、頭でっかちなだけだと思ってたわ。」
言ってはいけないと思いつつ、つい口から皮肉めいた言葉が出てしまう。
「大抵はそうだね。でも俺達の一族は事情が違うんだ。」
「宗主として身の危険が有りますから。あなたの父親である王様もそうでしょう?」
アンに諭され、ラヴィは納得した振りをした。
言われなくても分かってる。
けど、言わずにはいられない。
『そんな負けず嫌いな面を見せるなんて、まだまだ子供ね』と、傍で見ていて思うセレナだった。
休憩を取りながら尾根を進んで行くと、クライスがはたと止まる。
「何か居る!」
「え?」
「どうやら人みたいだが……ん?」
良く見ると。
狩猟用に仕掛けられた罠に足を取られ、怪我をしている。
「兄様!早く手当てしないと!」
安全を確認した後、すぐに駆け寄るアン。
続く3人。
アンが、怪我をしている右足を診る。
傷口はかなり深いが、骨は大丈夫の様だった。
怪我人は、その場でうんうん唸っていて苦しそう。
アンがおでこに手を当てると、かなりの熱を発していた。
「私が傷口を塞ぎます!兄様は解熱剤の用意を!」
「もうやってるよ!」
錬金術師の2人は、それぞれ背負ってきた荷物の中からテキパキと薬草や道具を出す。
すぐに薬の調合や、傷口の縫合を始める。
その見事な手際良さを。
ただ黙って見ているしか無い、ラヴィとセレナだった。
10分も経たない内に作業を終えると、怪我人の息が少し落ち着いて来た。
「大丈夫ですか?」
声を掛けるラヴィ。
怪我人は目をしっかりと見開き、ラヴィの顔を見つめる。
ラヴィは怪我人から、何か高貴なオーラの様な物を感じ取った。
「かたじけない。猟に出ていて、うっかり地元の民が仕掛けた罠に引っ掛かってしまったのだ。」
「楽になってからで良いので、何処かに移動しましょう。本格的に治療する必要がありそうですから。」
そう、優しく話し掛けるセレナ。
「世話になるついでに、我が屋敷まで連れて行ってくれまいか?そこなら色々と処置出来よう。私はここ一帯を治める領主の【シュミット・エル・リッター】と申す。どうか……。」
「分かりました。でも、俺達の素性はお聞きにならないので?」
「この様な的確で素早い応急処置など、見た事が無い。さぞ名門の医者の家系とお見受けする。信用に足る技術、それで良いと思うが?」
ボロボロな、その身なり。
そこから垣間見える、気高い何か。
この一行は、何か訳有りらしい。
見知らぬ自分にここまでしてくれるのだ。
敢えて何も聞くまい。
そう考えていた。
「分かりました、【リッター卿】。お送りしましょう。」
そうクライスは言うと、リッター卿の右側に回る。
そして体を支えながら、ゆっくりと歩き始める。
『医者と勘違いしてるみたいだけど、良いの?』
アンにそっと耳打ちするラヴィ。
『その方が、この後行動し易いでしょう。敢えて……ね。』
そう答えるアン。
こちらの方が処世術に長けていた。
『学ぶ事が多いわね』と、ふと思った。
そうこうしている内に、開けた場所へと出て来る。
結構大きな街だった。
人口は、ざっと千人は居るだろうか。
噴水の在る広場を通り過ぎながら、町の中央付近に位置する屋敷へと到着した。
「旦那様!いかがなされました!」
姿を見るなり、飛んで来る召使い達。
屋敷の中が、急に慌ただしくなる。
リッター卿は、奥の部屋に運ばれて行った。
暫くして。
結構年配に見える、髭を蓄えたスーツ姿の男が奥からやって来た。
「旦那様より、お助け頂いたとお伺いしました。何とお礼を申し上げてよいやら……。」
「いや、偶然通りかかっただけで。それで、容体は?」
「はい。主治医の見立てによると、処置が早かったおかげで治りが良いそうです。」
「それは良かった。」
「『大切な客人なので丁重にもてなす様に』と、旦那様から仰せ付かっております。どうかごゆっくりなさって下さいまし。」
「それは有り難い。土地勘が無いもので、これからどうしたら良いか悩んでいた所です。」
「そうでしたか。ささ、こちらへ。」
老獪な召使いに部屋を案内され、くつろぐ一行。
領主の屋敷とあって、部屋数も大きさも並々ならぬものがあった。
少し落ち着かないクライスに比べ、慣れたものだと言う振る舞いのラヴィ。
ささやかな優越感に浸るラヴィをよそに、セレナがクライスへ話を切り出す。
「落ち着いたら、リッター卿と少し交渉してみませんか?この辺りの地図などが得られれば、旅も幾分楽になりましょう。」
「そうだな。情報が得られれば良し、協力が得られれば尚良し。」
「それより、お腹が空いたわね……。」
「ラヴィ、食い意地が悪いですよ!」
「そんな事言っても、ねえ。」
『お食事のご用意が出来ました。』
ラヴィの呟きが聞こえたかの様なタイミングで、召使いの声が聞こえる。
これからの事は、取り敢えず置いておこう。
今は環境を整える事が先決。
そう思い直して、ご相伴に預かる一行だった。




