第314話 人として、生命体として
「さて、と。ボクはそろそろ準備に入るかな。」
そう言ってメグは椅子から立ち上がり、クライスの後ろで開いたままの穴へと向かう。
そして、シュルリと中へ入り。
シュポッ!
穴はあっさりと閉じた。
クライスも椅子から立って。
ウェロムへ向け、大声で話し掛ける。
「もう観察は済んだろう?この世界の人間も、生きる権利は有るんだよ。」
「まだ分からないわよ?観察は続けないと。」
「ケミーヤ教は滅び、ワルスも消えた。不安定要素を提示しながらも、人間達は乗り越えたんだ。もう答えは出ているじゃないか。」
「いいえ。まだあの変な女騎士が残ってるわよ。」
「ロイスか?あれは……まあ良いや。」
「何か言い掛けたわね?あ奴に、変な事でも吹き込んだのかしら?」
「さてね。それより、まだ気付かないのかい?」
「何が?」
「『観察を続ける必要は無い』と、あんたの身体が言ってるんだよ。鈍ったもんだね、あんたも。」
何を言っている?
しつこくクライスが、自分の膝元を指摘して来るので。
ウェロムはふと、目線を落とす。
そこには、パラパラと何かが降っている。
両膝の上に、粉の様な物が。
それを理解するのに、数秒掛かった。
本当は、見た瞬間に分かっていたのかも知れない。
その事実を受け止め、納得するのに。
時間が掛かった。
そう解釈する方が正しいのだろう。
何かの粉末が、何処からか流れて来たのでは無い。
ウェロム自身の顔の皮膚が、ボロボロ剥がれ落ちていたのだ。
ギヤアあああぁぁぁァァぁ!
声にならない声で。
空中に、嘆きの様な感情を吐き出すウェロム。
クライスは、メグに成り代わり。
マリー達へ伝える。
「メグは漸く約束を果たした。これは『さよなら』の印なんだ。」
「わ、分かる様に……。」
未だに戸惑っているマリー。
思わずクライスの方へ、右手を伸ばす。
取り敢えず、話は聞く。
聞くけど、理解出来るかは。
納得出来るかは。
受け入れるかは。
別。
それでも話を聞かないと、どうにも判断し辛い。
だから、これが精一杯の対応。
それを理解した上で、クライスは語る。
「メグは言った筈だ。『長居するつもりは無かった』って。」
「それは確かに聞いたわ。」
「でも、こうも言った筈だ。『共に渡って来た者の【最期を看取って】、別の世界へと移るつもりだった』とね。」
「最期って……これが!」
ギョッとした顔付きになり、まず目線だけウェロムの方へ向け。
そして顔全体を、ゆっくりと振り向けるマリー。
他の3人も、一斉にウェロムの方を見る。
既に、皮膚の半分以上が剥がれ落ち。
急速に年を取っている。
前屈みとなり、手相を見る様な恰好で。
ウェロムは座っている。
しかし、毛と言う毛が剥げ落ち。
筋肉が溶けた様に、痩せ細ったそれは。
人と呼ぶには程遠いモノだった。
クライスはウェロムに向かって言う。
その言葉が届くとは思えない程、ヨボヨボの姿と成ったウェロムに。
「あんたは何度も反転の法を繰り返す内、オリジナルから少しずつズレてしまったんだ。」
「ををををーーーっ……。」
声を漏らすが、発音が聞き取れない。
もう人間として、生命体として限界なのだ。
クライスは続ける。
「今現在、マリーの継母として立っていた姿は。最早、俺の知ってる母さんのそれでは無かったよ。だから、メグも悟ったんだ。『終わりだ』ってね。」
遺伝子レベルで、僅かに傷が刻まれる。
それが、反転の法の代償。
ソーティの様に、遅かれ早かれ。
身体に影響は出るのだ。
何度も反転を重ねる内に、歪みを蓄積し。
遺伝子すら壊れ。
最初の姿からは程遠い位の、捻じ曲がりを起こしたそれは。
生きる事を拒絶した。
自分が自分で、自分の生を否定した。
だからそこで、観察は終わり。
終わりと言う事は。
土に還る事も。
魂だけの存在となり、別の世界へ移る事も。
認めないと言う事。
これで、クライスとの長い因縁が。
決着を迎える事となる。
ウェロムはさぞ、無念だろう。
残念だろう。
〔この世界での観察が終わる事〕に対してでは無い。
最大の興味を引くであろう、《自分の死に際》を。
観察出来ない事に対して。
自分で自分の死は、客観視出来ない。
それが宿命。
生きとし生ける物全てが、受け入れなければならない事実。
薄れる意識の中、ウェロムは願っているに違いない。
〔自分の死を観るチャンス〕を、誰かが。
何かが。
与えてくれる事を。
そんな者は、何時でも何処にもどんな風にも。
存在しないのだが。
そっと風が吹き。
粉状の物体をそこから、サラサラと流し出す。
最早、何も無い。
この世界の、最後の優しさだろう。
それが残したのは、7脚の椅子と。
火がメラメラと灯ったトーチだけ。
それ等も、クライスが消してしまったが。
暗闇を取り戻した、空き地。
その中に残された5人には、悲しみの感情など無い。
寧ろ、清々しかった。
長きに渡る問題児が、やっとこの世界から退場したのだから。
でもこれで、全て終わった訳では無い。
その証拠に、天からメグの声がする。
『逝った様だね。』
「ああ。最後まで刃向ってたがな。」
『仕方無いさ。あそこまで感覚が鈍っちゃあ、ね。』
「話し掛けて来たと言う事は、準備が出来たのか?」
『そう言う事。悪いけど、手伝って貰うよ。』
「でも本当に、その《仮説》は正しいんだろうな?」
『自信は有るよ。でもその前に……。』
メグがそう言ったので、クライスは気付く。
4人の痛い視線に。
特にマリーは、怯えていた。
大切なモノを、これから失う様な顔。
それに近い強張った顔を、3人もしていたのだが。
感情の質が違う。
アンは兄を敬愛する余りの、慕情。
ロッシェは最大級の尊敬を込めた、友情。
エリーはここまで自分達を導いてくれた事の、感謝の情。
真実をそれぞれ受け入れ。
真っ直ぐ前を見据える目付き。
だから強張ってはいるが、表情は寧ろ明るい。
その明るさでマリーを支えようと、3人がその周りに集まると。
マリーの肩に、頭に。
そっと、手を添える。
3人の気持ちに応えるべく、心を奮い立たせるマリー。
どうやら立ち直った様だ。
もう何を聞いても動揺しない。
そう覚悟した顔の4人に。
これまでの出来事に対する謝意を、笑顔で表すクライス。
そして説明の役目を、メグへと渡す。
『又聞きでは、齟齬が生じるから』と。
最後位、ちゃんと責任を取ってくれよ。
この世界を締め括る者として。
クライスからの、無言の圧力に対し。
『分かったよ、それもボクの責任の範囲内だ』と、観念した様に。
メグが、天から語り出した。
思い当たる事柄から導き出した、仮説の内容を。




