第313話 この世界を覆う『常識』
シクシク、シクシク。
椅子に座り直すも、まだ涙が止まらないマリー。
それを気遣ってか、エリーは椅子から離れて。
マリーの左側で、付きっ切りで慰めている。
何とも言えない気持ちになる、アンとロッシェ。
突拍子も無い話が続き過ぎた。
だが、まだ終わっていない。
肝心な部分が残っている。
この世界が、何故ウェロムの居た世界の一部であると考えているのか。
その証拠を明示する為、クライスは話を止める訳に行かなかった。
彼の話に、皆が耳を傾けているか分からないが。
挙げる根拠その1は、生態系。
ウェロムはこの世界に来る前、気功を駆使して戦う武闘家だった。
武闘家は生身で戦いに挑むので、怪我が絶えなかった。
なので自然と、薬学に関する知識を蓄えて行く。
雑草等の中から、治療に使える物を判別し。
素早く薬へと作り変える為。
医者へ常に掛かれる状態では無かったので、自分で治す必要が有ったのだ。
探求心が養われたのも、こう言う環境下に置かれていたから。
観察眼は、人一倍有る。
だからこそ、気付いた。
この世界を歩く中で、見覚えの有る草が在り過ぎるのだ。
あれもそう、これもそう。
これもこれもこれも。
それと共に、ここで暮らす動物に関しても。
同様の感想を持つ。
余りにも符合する数が多過ぎるので、そう考えざるを得なかった。
根拠その2は、言語形態。
普通、別の世界に来れば。
言葉が通じない筈。
そこが前に暮らした世界の、平行世界であっても。
明らかに現地人と思われる人達と交わす言葉は、多少のズレが生じる。
環境が違うのだ、会話の中で出て来る単語も一致はしない。
しかし、この世界の言語は。
多少、地域が入り混じってはいるが。
ウェロムが居た世界と、ほぼ同じだったのだ。
《おかしな点》も、そこに抱えているのだが。
それは、次に挙げる根拠へ通ずる物が有った。
根拠その3は、この世界の環境。
その実証の為、クライスは敢えてロッシェに尋ねる。
会話から、その事実を導き出す為に。
静かな口調で、クライスが切り出す。
「なあ、ロッシェ。この世界では、どうやって水を得ている?」
「と、唐突だな。ええと……井戸から汲んだり、川から運んで来たり?」
何気無い会話の様な気もするが。
今のこの場の雰囲気からすると、重要な意味が有る事なのだろう。
そう思い、精一杯考えて答えるロッシェ。
クライスが続ける。
「そんな所だな。じゃあ、その井戸水や川の水は。何処から来る?」
「そりゃあ。雨が空から降って来たり、積もった雪が融けたりして……。」
「その後、それ等は何処へ行く?」
「そうだなあ。川だろ?池や沼だろ?後は、川から海へ流れて行くのかなあ?」
「答えてくれてありがとう。ところで、今の会話の中でおかしな点が幾つも有ったんだが。気付いているか?」
「え?そんなの有ったっけ?」
「気付いていないなら、後回しにしよう。今度は、空だ。今は真っ暗だよな?」
「ああ。日が沈んでいるからな。」
「この世界の一日の周期は、どうなってる?」
「周期?ああ、『お日様が一日、どう動いているか』か。」
「具体的に頼む。」
「お、おう。まず日が昇って昼になるだろ。で、日が沈んで行って夕方になって。完全に沈んだら暗くなって夜に……。」
「そこまでで十分だ。今の中にも変な箇所が有ったんだが、気付いていない様だな。」
「何処がおかしいか、俺にはさっぱりだ……そうだ!アン、お前なら!あの兄貴の妹だ、何か気付いてるんじゃないか?」
「え、ええ。少しは。でも……。」
話をロッシェから振られて、答えようとするアン。
ただ、アンは答え辛い理由が有った。
それは、錬金術師の性質に由来する点なのだが……。
アンが渋々ながら話す。
「確証を持っては、答え辛いわ。私、頭でっかちだもの。」
「変な事を言うなあ。」
「仕方無いでしょ。【見た事が無い】物も有るんだから。」
アンのその言葉で、ロッシェは気付く。
頭でっかち。
それは知識が先行して、先入観が邪魔していると言う事。
ロッシェは思わず声を上げる。
「確かに!おかしい事だらけだ!」
「お、アンじゃ無くてロッシェが気付くか。やはりロッシェに話をして、正解だった様だな。」
満足気のクライス。
少し悔しい顔のアン。
自分を差し置いて、ロッシェを褒めるなんて。
反抗気味に、アンがクライスに言う。
「私だって、知識なら負けないんだから!」
「ならば問う。アン、水は何処から来る?」
「決まってるじゃない。ロッシェも言った様に、雨が空から……。」
「《雨》?それは何だ?」
「だから、空から降って来る水の事で……。」
「それを【実際に見た】事は有るのか?少なくとも俺は、今の今まで視認していないぞ?」
「そ、それは常識の範囲で……。」
「積もっている《雪》を見た事は?」
「それも常識……。」
「《海》は?どう言う物かは知ってるだろうが、その目で確認した事は?」
「う、うっ……。」
「後、空に昇っては沈むと言う《お日様》に付いて。これは何を示す?」
「た、太陽……。」
「お前御自慢の知識だと、《地球が太陽の周りを周っている》だよな?太陽って何だ?地球って何だ?」
「……。」
「朝焼けは?夕焼けは?何故起こる?その原理に必要な事実は?」
「……。」
完全に沈黙してしまうアン。
本やら何やらで、知識として蓄えて来た事柄。
この世界では当たり前と思える、その知識。
実際に確認した事は無いが。
『有って当然』と言う前提で、肯定している。
それが常識。
常識。
そこが根本的におかしいのだ。
クライスが話す。
「この世界に在る常識は。〔切り取られる前の世界〕の常識が、そのまま受け継がれた物なんだ。」
だから。
見た事の無い、『雪』や『海』の存在。
旅の中でも見られなかった、『降雨』と言う現象。
今居るこの地面が、『地球と言う、球体の星の表面』だと言う事も。
世界が分離した時に、失われたとも気付かず。
未だにこの世界に存在する《事実》として、認識してしまっているんだ。
それを誰も疑わないから、確認しようとしない。
常識として受け入れてしまっている。
そこに違和感を感じたんだ、この世界へ渡って来た2人は。
同じ物が、別の世界に存在する事は。
ままある。
でも、余りにも一致し過ぎているんだ。
根拠その2で示した、言語と同じ様に。
性質だけならまだしも、それを指す言葉も。
ほぼ一緒。
そこから導き出される結論は。
渡って来る前と、渡って来た後。
両方の世界は、元々1つだった。
そう考えると、全て納得が行くし。
その前提で考えないと、矛盾してしまうんだ。
この点について、母さんとメグの間では。
どうも認識が、微妙に違うらしい。
母さんは、『この世界丸ごとが、元の世界に在った』と考えているみたいだけど。
メグは、そうは思っていない。
【別の仮説】を持っているらしい。
今居るこの世界には、太陽が巡り。
水も供給されている。
でも、他方では……。
その辺から、仮説は来ている様だけど。
それに関する解説は、本人に譲るよ。
そこまでで、クライスの話は終わった。
ぐったりするロッシェ。
完全論破され、ガクッと来ているアン。
気持ちの整理が付いて来たのか、マリーも話に耳を傾けていた。
エリーもマリーの表情に対し、ホッとした顔をしている。
みんなの反応を楽しんで見ている様に感じる、メグ。
退屈そうな顔のウェロム。
その中で、とうとう時が来た様だ。
この世界の歴史の終着点。
そして、メグがウェロムとの約束を果たす時が。




