第299話 開戦
のっそりのっそりと歩きながら、左右に広がって行くダイツェン軍と傭兵達。
闇に堕ちた亡者の如きその振る舞いは、最早【ジェーン軍】と呼称しても良い程。
ジェーンへの完全なる言い成りと化していた。
その数、約600。
兵士、傭兵共に300程ではあるが。
戦術の様な物を指示しても、こなせそうに無い。
ただただ、突き進むのみ。
その心中は如何程か?
察する事は、今の時点では無意味。
彼等は抵抗する術を持たず、絶望の未来しか見えていないだろうから。
そうやって進軍する内に、国境付近へ達する。
その頃には夜もすっかりと明け、辺り一帯が明るくなっていた。
国境辺りは、切り株が残されたまま。
ヅオウ軍が攻め入った時と、状況は同じ。
しかし、大挙して詰め掛けた筈の兵士達が。
何処にも見当たらない。
捕らわれた筈のヅオウ軍も、囲い込んでいた筈の分隊も。
グスターキュ側の弓兵達の姿すら無い。
その代わり、開けた土地の中に。
ポツンと1人立っている少女。
立ち位置は、背にした南側の森へやや寄っており。
変な棒を、右手に握っている。
対して、北側の森から抜け出たジェーン軍は。
幅300メートルに亘って広がっていた。
そして、少女の姿を見つけると。
のそっ。
のそそっ。
ダッ。
ダダダッ。
ドドドドドドドドドドドド!
急に歩みを加速させ、少女を周りから囲む様に迫り来る。
ジェーン軍が、少女を取り押さえようと。
被さる様に飛び掛かる。
その時、少女は棒に力を込める。
カッ!
シュッ!
棒は虹色に輝き、指し示す東側へと伸びる。
その先が肉眼で確認出来ない程までに、遠く。
何時伸びたのか知覚出来ない程、刹那に。
そして縦へ『ヒュッ!』と、高さ20メートル程の薄い板を延ばすと。
少女が地面すれすれを力任せに、円を描く感じで。
反時計回りに、西側へと棒を振り抜く。
透過する薄い板へ接触した途端、バタバタと倒れて行くジェーン軍。
振り抜き切った時には、襲って来た連中は皆地面に倒れていた。
棒を元の姿に戻すと、少女が叫ぶ。
「済みません!《1人》逃しました!」
声が辺りに響く、その瞬間。
ヒュンッ!
群集から飛び上がる者有り。
真っ直ぐ真上へ、15メートル程突き進んだ後。
ピタッと空中で止まり。
少女の後方約2メートルの地点へ。
ビュルルルルッ!
何かを瞬時に伸ばす。
捉えたっ!
浮かんでいる者が、そう思った時。
ガシーンッ!
何か堅い金属とぶつかる音。
甲高い音が響き渡る。
上空から打ち下ろした地点。
そこから、檄の様な声が飛ぶ。
「総員、掛かれーーーーーっ!」
その力強い掛け声に、呼応する様に。
東西から、森の中から。
『わーーーっ!』と、大軍がジェーン軍に押し寄せる。
ジェーン軍に群がると、すぐに出て来た方向へと逃げて行く。
そして開けた土地には。
棒を掲げる少女以外、誰も居なくなった。
悔しがる上空の者を、キッと睨む少女。
その後ろから、別の少女に守られる格好で。
更なる少女と共に、現れる影。
それは。
「貴様が皇帝か!」
上空から声が響く。
棒を掲げる少女の傍まで来ると。
影が答える。
「如何にも!私がヘルメシア帝国皇帝、〔シルベスタ3世〕である!」
「その命、貰い受ける!」
ビュッ!
また何かを、ユーメントへ向け伸ばす。
しかしユーメントの前に居る少女が、右手を前にかざすと。
バシッ!
簡単に弾かれる。
上空の者が、その少女へ向け怒鳴り声を。
「その指輪は!宗主家の!」
「良く分かったわね!あんたが〔ジェーンとやら〕でしょ!大した事無いわね!」
「何を!小娘のくせに!」
「〔アン〕よ!小娘なのは認めるけど、ねっ!」
ビュッ!
ビュビュビュッ!
アンも、右手のひらから何かを伸ばす。
数秒内で、15連続。
パシッ!
パシパシッ!
それを手で払い除けながら、空中をスイッと移動するジェーン。
更に追撃するアン。
速度を上げ、今度は一度に35本。
金属の槍を伸ばし、鞭の様に撓らせて。
ヒュンヒュンッ!
ヒュヒュヒュンッ!
空気を切り裂く音を、轟音に変えつつ。
何とかジェーンを打ち落とそうとするが。
軽く躱される。
その光景を感心しながら見ている、ユーメントの隣に立つ少女。
〔ラヴィ〕。
その隣まで下がりながら、棒を持つ少女〔セレナ〕が言う。
「申し訳ありません。何故か〔チャーミー〕をすり抜けまして……。」
「相手がケミーヤ教の幹部なら、想定内でしょ。それより……。」
「アンが苦戦してますね。流石と言った所でしょうか。」
「冷静に分析している場合では無いぞ。あれは普通じゃ無い。」
セレナとラヴィの会話に、ユーメントが口を挟む。
ユーメントがそう言うのも、もっとも。
何せ人間なのに、空を飛び回っているのだ。
羽も生やさず、地面から支えられている様子も無いのに。
何でも有りなのか、あ奴は。
そう思わざるを得ない。
しかし、アンに焦りは無い。
相手の実力を測っている様に見える。
その証拠に、徐々にジェーンを捉え始めている。
ピシッ!
また金属の鞭が、ジェーンの足に当たる。
その度、魔力を吸い取られる感覚に襲われる。
少しふらつくと、すぐさま追撃が来る。
段々苦しくなって来るジェーン。
くそっ、やるな!
流石、宗主家と言った所か。
しかし、我は負けぬ!
負ける筈が無い!
もうすぐ、《あれ等》も到着する頃だしな!
そうなれば、一瞬で壊滅させてくれるわ!
フハハハハ!
高笑いをしながら、スウーッと地面へ降りて来るジェーン。
丁度、開けた場所の中心辺り。
アンが見下す様に、ジェーンへ声を掛ける。
「やっと降りて来たわね。大道芸はもうお終いかしら?」
「何をほざく!お前こそ、冷や汗たらたらではないか!余裕など無いのだろう!」
「それはお互い様でしょ?魔力がかなり落ちてるわよ?」
アンが指摘した通り。
膨大な魔力を得た筈のジェーンは、その半分以上を失っていた。
ここに来るまで、まず。
ダイツェン軍や傭兵達を操る為、捕縛網の形成と催眠術で使ってしまった。
ジェーン軍と化した連中から、多少魔力を回収したものの。
今度は浮遊術に、魔力を使う羽目となった。
本来の計画では、どっと向かって行くジェーン軍に紛れて。
皇帝の元まで接近し、暗殺を遂行した後即座に離脱。
そのまま行方を晦ませ、暫く国内の情勢を観察するつもりだった。
しかしセレナの振るったチャーミーのせいで、掛けていた催眠術が解けた。
魔力源として再利用しようにも。
急に群がって来た帝国軍に、まんまと回収されてしまった。
何故かその動きは探知出来ず、みすみす奪われる事に。
結果。
ジェーン軍の陰に隠れて、こそこそ動き回る事が出来なくなり。
魔力の多大な消耗を覚悟で、空中へ浮かび上がる。
そこから一発で仕留める策へと切り替えたが。
それもアンに阻止された。
姿を敵に晒したまま、攻防を繰り返す事となる。
しかも相手は宗主家の人間。
こちらの手を読み、的確に仕掛けて来る。
それによって無駄に魔力を消費させられ。
とうとう浮遊を維持出来なくなって、地面へと降り立った。
それでもまだジェーンには、勝算が有った。
こちらへ向かって来ている、ルビィ達。
あれ等はジェーンの子飼い。
使いを送って、付いて来る様指示した。
どうやらそれは上手く行っているらしい。
焦ってここまで駆け付けた伝令が、かなり狼狽していた。
もうそこまで、来ている筈だ。
だから。
ジェーンは叫ぶ。
「皇帝よ!少し話をせぬか!」
「お前と話す義理など無い!」
ジェーンの語り掛けを、ユーメントはバッサリと切り捨てる。
それでも続けるジェーン。
「貴様も伝え聞いておろう!王女達がこちらへ向かっている事を!」
「何を言う!伝令は確かに来たが!『行方知れず』と言っただけで、ここへ向かって来るとは……!」
「来るんだよ、ここへ!あれ等は!我の為に!」
「どう言う事だ!」
まんまとジェーンの思惑に引っ掛かるユーメント。
ジェーンが大声で言う。
ニタリと、したり顔になりながら。
「あれ等は《ケミーヤ教の手の者》よ!つまり貴様等の敵で、我の味方だ!」




