第293話 影
やったぞ!
皇帝を討ち果たした!
さあ、これから忙しくなるぞ。
何せ、頂点に居座っていた者が消えたのだからな。
ヘルメシア帝国は瓦解し、覇権争いが始まるだろう。
生き残ってやる、必ずな!
そして天下を我が物に……。
フハ!
フハハハハハ!
腹の底から笑い出すオフシグ。
対照的に、パップは冷静だった。
確かにこの目で、皇帝が切られたのを目撃した。
鎧が地面に散乱しているのも確認した。
しかし、胸騒ぎが収まらない。
何故だ?
何故まだ疑問が浮かぶ?
オフシグとパップからは、実際に鎧が破壊される様を視認出来た訳では無い。
2人の居た位置からは、馬に乗った皇帝の姿が見えなかった。
上手い事、ロイスの陰に隠れていたのだ。
それでも、鎧を切り裂く金属音は周りに響き渡った。
事実。
鎧は分解し、馬上から落下。
ジェーンは、確実に皇帝を仕留めた筈。
それで、皇帝暗殺に成功したと思ったのだ。
しかし、周りに居た傭兵達は。
ジェーンが行動に移した時より、驚いた顔をしている。
顎が外れた様に、口を大きく開けたままの者も。
一方、当のジェーンは。
手刀を振り下ろした格好のまま、渋い顔。
それは、目的を達成出来なかった表情。
悔しそうに、苦虫を噛み潰した様な顔付き。
一言、『手応えは有ったのに……』と呟く。
ロイスが馬から降り、散らばった鎧の傍まで近付く。
漸く邪魔者が退いた。
惨たらしい死に方をし、さぞ無念な表情を浮かべているだろう。
そんな皇帝の姿を。
この目でじっくりと、拝む事が出来る。
そう思い、オフシグは皇帝の乗る馬の方を見やる。
ところが。
馬の上に居たのは、金色に輝く人型の物体。
ユーメントの姿そのままだったが、シルエットが異常。
衣服を身に付けず、裸の格好。
顔を良く見ると、瞼が開いていない。
口も、閉じたままと言うより開く感じが見られない。
のっぺりとした表面。
その作りは、まるで人形。
それにも係わらず、身体のあちこちは動いている。
手足をブラブラさせ、まるで生きている様に。
ロイスが水を掬う様な手付きで、金色の人型へ両手を伸ばす。
すると。
ピカッ!
人型は一瞬、激しい光を放ったかと思うと。
シュルルルルッ!
シュポンッ!
急速に収縮し。
体長5センチ程の、金の小人へと姿を変える。
そして、馬の背をトコトコ歩いた後。
ピョーンと飛び上がり、受け皿と化していたロイスの手のひらへと乗り移る。
それを顔の右側へ近付け、グニュグニュと頬擦りするロイス。
目を閉じ、うっとりした顔で。
『クライス様クライス様クライス様クライス様クライス様』と、盲目に呟きながら。
同時に。
ピシュッ!
小人から金の糸が伸び。
ピトッと、ホオタリ達を拘束している木の根へと付着。
その瞬間、『ブチッ!』と木の根は切れ。
もがいていたホオタリ達は、ゴロゴロと転がる。
やっと2人は、木の根の呪縛から解放された。
心配そうに付き添う、スズメの魔物。
それを敢えて、見ない振りをして。
スッと立ち姿へと戻り、ロイスをキッと睨み付け。
ジェーンが言い放つ。
「それは何だ!お前の技量では、そんな芸当など出来る筈が無い!」
「おや、やっとお気付きになられたのですか?この《お方》の凄さに。」
「『お方』だと!そう呼んで良い対象は、〔グレイテスト様〕だけだ!」
「そんな昔の者は、どうでも良いのです。今はこのお方こそ、私にとって【偉大なる存在】なのですよ。」
「何だと!貴様、グレイテスト様を侮辱する気か!」
「否定は致しません。ただ、会った事の無い者より。目の前で素晴らしい技をお示し下さった人の方が、崇めるに値すると申しているだけです。」
頬擦りを続けながら、ジェーンの罵声に答えるロイス。
馬鹿にされている気がした。
舐められている気がした。
頭がカッカして来て、冷静さが失われて行くジェーン。
思わず怒鳴ってしまう。
「ち、血迷ったか!」
「血迷ったのは、あなたの方でしょう?もう少し上手くやれば良かったものを。功を焦り過ぎましたね。」
「く、くそう!」
ガクッと膝から崩れ、右手を地面に叩き付けながら。
悔しがるジェーン。
何の事かさっぱり分からない、オフシグとパップ。
動揺しているのを悟られない様、冷静さを装ったまま。
上から目線で、パップがロイスに尋ねる。
「きちんと説明して貰おうか……!」
言葉の節々に、悔しさが滲み出ている。
本音は隠し切れなかったらしい。
それを嘲る様に、ロイスが答える。
「あなた方は初めから、このお方の手の中で転がされていたのですよ。」
そして金の小人を、そっと右肩へ乗せる。
ちょこんと座った格好になった小人。
小人をチラッと見て、ニヤッと笑うロイス。
その時。
何かに気付いたのか、道の傍に居た傭兵が叫ぶ。
「森から何かが来るぞ!」
何っ!
今は立て込んでいて、大変な時なのに!
すぐさまオフシグが、傭兵達へ命ずる。
「攻撃に備えて構えろ!早く!」
座り込んでいた者も、呆然と立ち尽くしていた者も。
慌てて武器を手に取り、森の方へ身体を向ける。
森の方から、声が聞こえる。
それは段々と大きくなり。
オフシグ達にも、はっきりと聞き取れる位までになる。
彼等が聞き分けられた、第一声は。
「こっちだ!こっちへ向かって《布切れが落ちてる》ぞ!」
「この感じだと、追い付くまでもうすぐだな!」
「おっ!何やら大勢、人が居る気配!」
「敵か?味方か?」
「俺達に近い格好をしている……あれは傭兵だな。」
「とにかく行くしか無い!《あいつ等》も、俺達を追って来ているしな!」
「そうだな!何か金目の物をあいつから手に入れるまで、引き下がる訳には行かん!」
「出るぞ!総員、構えろ!」
そう言いながら、声の主達は道へ出ようとする。
緊張が走る、オフシグ達。
ビクビクしている、転がったままのホオタリ。
グタッとしている少女と、その顔をツンツン突いているスズメの魔物。
一触即発。
どうなるかと思いきや。
ロイスが、森へ向かって叫ぶ。
「お前達の《雇い主》は、確かにここに居る!遠慮無く入って来るが良い!」
「こ、こいつ!何を言い出して……!」
慌てるオフシグ。
勝手な事を言うな!
まるで、こっちへ来ようとする者達の正体を知っているかの様な口振りで!
ん?
知っている?
自分が言った発言で、気付くオフシグ。
まさかこれも、想定の範囲内なのか?
ふと浮かんだ疑問。
それはすぐに解消した。
森から続々と出て来る者達。
その恰好、これまで聞こえて来た会話。
そして、道へ出て来た後すぐに発せられた言葉から。
オフシグとパップは理解した。
やはり、この場を支配する者が。
何処かに居ると言う事を。
「あっ、本当だ!おーい、みんな!あいつが居たぞー!」
「確かに、あいつだ!」
「こらーっ!勝手に逃げるんじゃねえ!」
「ここまで付き合ってやったんだ、何か礼が有っても良いだろうが!」
「寄越せーっ!何でも良いから、取り敢えず寄越せーっ!」
各自文句を言いながら、『ドドド』となだれ込んで来たのは。
傭兵姿の野郎達。
しかもその口振りから、ジェーンが雇ったと思われる。
と言う事は、味方か……。
肩からスーッと力が抜ける、オフシグ側の傭兵達。
ドンドン道へと入って来るので、すぐに人でごった返す。
更に。
「居たぞ!奴等だ!」
「勝手に戦線を離れるな!」
「主を傷付けさせはせんぞ!」
ジェーンに雇われた傭兵達を、勇ましく追い駆けて来たのは。
目の血走った奴等から主人を守ろうとする、ダイツェン軍の兵士達だった。
何故逃げたのかは分からないが。
ここで主を失ったとあれば、故郷へ戻れなくなる可能性が有る。
家族を守る為に、致し方が無い。
不本意だが、あの場違いな貴婦人を守らねば。
そう考えて、ここまで追って来た。
ジェーンの無事な姿を確認すると、安堵の空気がダイツェン軍に広がる。
しかしこれは、悲劇の序章でしか無かった。
ジェーンやロイスを取り囲む、オフシグに雇われた傭兵達。
その外側に、ジェーンに雇われた傭兵達が。
そのまた外側に、ダイツェン軍兵士。
三重に取り囲まれ。
身動きが取れなくなる、12貴族の2人。
それでも尚、ロイスへ説明を求めるパップ。
このままでは、こちらの気が収まらない。
どの様な結末が待ち受けようとも、ここははっきりとさせたい。
12貴族のプライドが、パップを突き動かしていた。
『ならば』と、ロイスが語り出す。
遠くで打ち上がり、空に燦然と輝く閃光弾を。
その合図として。




