第289話 『予定』は『未定』
暗闇の中を国境目指して突き進む、帝国軍本隊の兵士達。
ユーメントに変わって陣頭指揮を執る、アギー。
馬を操りながらなので、上手く進めない。
なので、1,000は居るヅオウ軍の後方へ配する事に。
『出遅れた』と、ヅオウ軍の兵士達は考えた。
馬なんかに乗っているからだ。
だから肝心な時に、役立たずとなるのだ。
兵士の誰もが、そう思う。
実は、計算尽くなのを知らずに。
もうすぐ国境かと言う時。
遠くから声がする。
兵士達は、はたと立ち止まり。
物音を立てない様に木陰へ隠れて、耳を澄ますと。
声の主が近付いて来る。
それも3人。
発する言葉を聞いて、一同ギクッとなる。
『敵襲!敵襲!』
どう言う事だ?
誰かが見つかったのか?
いや、違う。
それは、叫んでいる連中の動作を見れば分かる。
格好は、敵国グスターキュの兵士が身に着けている物。
しかし、方々へと知らせる様に辺りをきょろきょろしながら。
国境に沿って、森の中を走っている。
ジッと身を潜めるヅオウ軍。
その目の前を通り過ぎる、敵軍兵士達。
こちらに気付いていない?
では、あの言葉の意味は……。
そこまで考え、ヅオウ軍は気付く。
動きがバレたのは、俺達じゃ無い。
別動隊だ。
確か、事前に聞いた。
東側から、セッタンとゴホワムの連中が加わる手筈となっている事を。
奴等がヘマしたのか!
何て事だ!
ヅオウ軍の兵士間で、ひそひそ話が繰り広げられる。
別動隊がバレたと言う事は、そちらに敵の注意が向いている筈。
差し当たっては、こちらへは敵は来ない。
一気に距離を詰めるチャンスでは?
そんな、根拠の無い自信に裏付けされた様な雰囲気が。
ヅオウ軍内に広がって行く。
軍の指揮を執っている筈のアギーは、完全に置いてきぼり。
ここで手柄を立てれば、報酬が山の様に……。
そんな欲望に駆られたヅオウ軍が、指揮系統を失ったまま。
次々と、国境付近へ集まって行った。
帝国軍本隊を構成しているのは、何もヅオウ軍だけでは無い。
それなのにどうして、奇襲を掛ける兵士達を〔ヅオウ軍〕と言い表したのか?
それは、最高指揮官の置かれている状況が示している。
軍の指揮を統合管轄する筈の皇帝は。
馬に乗って、ゆっくりと歩を進める。
周りを傭兵達に囲まれて。
皇帝の左側には、同じく馬に乗ったロイスがピタリと付けている。
傭兵達の後ろには、オフシグとパップが控える。
『殿は引き受けました』と、適当に言い繕って。
その真意は。
ここで皇帝を殺ってしまおう。
アギーはヅオウ軍を引き連れて、遠く前へと行ってしまった。
傭兵達には、事前に話を通してある。
邪魔者は最早、ロイスのみだが。
当然オフシグとパップは、ロイスの正体を知っている。
そこから、未だにこちら側だと思い込んでいる。
こいつと傭兵達、それにケミーヤ教の4人と《奴》さえ居れば。
暗殺など容易い。
いや、堂々と殺すのだから暗殺ですら無いな。
ボソボソと話しながら、ゆっくり進む2人。
もうすぐ、もうすぐだ。
お前の終わりは。
覚悟しろ、皇帝よ。
若造よ!
高笑いしたくて仕方が無かったが、懸命に堪えるオフシグ。
それはパップも同じだった。
拠点と国境の中間地点辺り。
いきなり、皇帝が歩みを止める。
皇帝の乗った馬が、呑気に欠伸をしている。
何と気楽な事よ。
馬上の人間共々、殺されると知らずに。
そこでふとパップは、或る事に気付く。
皇帝は拠点を出発してから、《一言も発していない》。
しかも。
これまで着用して来なかった金属製の兜を、今は頑なに脱ごうとしない。
まるで、中身を見られたら困るかの様に。
……ん?
待てよ?
パップは頭をフル回転させて、状況を整理する。
そこから導き出される結論は。
まさか!
ふと、皇帝の乗った馬の足元を見る。
そして、自分が乗る馬の足跡と見比べる。
明らかに、足跡が違う。
具体的には。
豪勢な鎧を身に着けている分、自分より重い筈の皇帝。
その馬が記す、蹄の跡が。
自分の乗る馬が残して来た跡より、《沈んでいない》。
つまり。
どう言う訳か知らんが、鎧を身に着けているのは。
少なくとも、【皇帝本人では無い】。
その軽さから、影武者に託したのでも無さそうだ。
そんな奴は、ここに至るまで見た事が無かったしな。
疑問が欺瞞へと変わり。
パップは思わず叫んでしまう。
「陛下!今一度、お顔をお見せ下さい!」
「これ!無礼であるぞ!」
ロイスが窘める。
オフシグが、パップの所業を不思議がる。
「お前、急に何を言い出すんだ?」
「どうか!一目でも!」
懇願する様に、パップが皇帝へ言葉を投げる。
兜は、パップの方を向いている。
しかし、頑として中から顔を出さない。
「陛下!」
更に大声を上げるパップ。
すると、囲んでいる傭兵達がざわつき出す。
皇帝の身体が、カタカタと揺れ出したのだ。
『もう限界だ』と訴えている感じに。
そして。
兜の目を覆っている部分が、パカッと開くと。
内側から、何かが『シュンッ!』と飛び出す。
びっくりして、腰を抜かす傭兵達。
オフシグの後ろへと控える、ケミーヤ教の残党の方へ飛んで行く物体。
『トスン』と、ホオタリの右肩に乗っかると。
こう叫んだ。
「今だ!走れ!早く!」
「え?」
混乱するホオタリ。
肩に居座る物体は、構わず叫び続ける。
「良いから!逃げるんだ!」
「わ、分かった!」
物体の姿を見て、同意するホオタリ。
正体は、〔スズメの魔物〕だった。
罪も無い、異国の少年を助けたい。
それが、スズメの魔物の願いだった。
こき使われて、痩せ細って行く中。
オフシグへ発覚しない程度に、こっそり何回か魔力を補充してくれた事が有ったのだ。
その過程で。
ホオタリの心に、ケミーヤ教へ対する疑念が生まれたのだが。
この子はただ、純真な心を利用されただけだ。
現に、錬金術を使って悪い働きをした事は。
ただの一度も無い。
良く知っている。
心優しき少年の、本来有るべき姿を。
それが穢されて行くのを、黙って見ている訳には行かない。
助ける義務が有る。
そう考え、何とかチンパレ家の屋敷を脱出し。
ユーメントの懐へと潜り込んだ。
そしてユーメントと手を組み、機会をうかがっていた。
ホオタリを連れて、逃亡出来る機会を。
そして今、その時は訪れた。
迷わない。
だから、叫び続ける。
『逃げろ!』と。
声援にも似たその掛け声に対して、懸命に応えようと。
残党の手を振り切って、来た道を戻ろうと走り出す。
但し、1人では無く。
その右手で、《奴》と呼称されている少女の左手を握り締め。
監獄から連れ出すかの様に。
ホオタリは、少女を見捨てる事が出来なかった。
可哀想に。
こんな風にされて。
僕が、何としても助けるよ。
その思いは、魔物がホオタリを助けたい気持ちに通ずる物が有った。
だから魔物は止めない。
一緒に逃げたいなら、それで構わない。
対して。
そんな事を、許す筈も無い男。
オフシグが慌てて叫ぶ。
「何をしている!早く捕まえろ!」
しかし。
声を掛けられた本人である、ケミーヤ教の残党達は動かない。
理由は2つ。
1つは、ロイスから内密に聞かされていた事実に因る。
《ケミーヤ教の本拠地が潰された》と。
チンパレ家の屋敷で、弾けた金属の物体を目撃し。
『セメリトが倒された』と悟ってはいたが。
本拠地までもが落とされたとは……!
驚愕を以て、その事実を受け入れざるを得なかった。
だからここで足掻いても、仕方が無い。
そう考えていたので、捕まえる気力が無かったのだ。
もう1つは。
丁度森から抜け出て来た、《或るモノ》の姿を目にしたから。
残党達が目にした、その姿とは……。




