第284話 交差した結果
「ワルス様を侮辱する者は!死ねえええぇぇぁぁぁぁぁ!」
土の塊と共に飛んで来るルビィ。
しかし、それに反応する様に。
ビュルルルルッ!
ブラウニーが馬を繋いでいた、看板。
そこに打ち付けられている釘の内1本から、金の糸が伸び。
『ギュルルルッ!』と渦を巻いた後。
あっと言う間にルビィごと、塊を包み込む。
金の繭と化した、それは。
『ジュッ!』と言う音を立てて、一気に消滅。
中には、ルビィのみが残り。
数メートル上空に姿を見せたかと思うと。
失速し、自然落下。
地面にバチッと叩き付けられた身体は。
あちこちの骨が折れ、口や耳から血が垂れ流れる。
手足はビクッと脈打つが、どう見ても手遅れ。
その様を見て、女が呟く。
「流石のあいつも、『助けるに値しない』と判断した様だねえ。」
自分の子供を無条件に差し出す程の屑だから、見捨てられるのも仕方無いね。
女はそうとも呟き。
倒れ込んだブラウニーを起こしながら、自らも立ち上がろうとする。
『姉御!』と、王女達を救った男達も女を支える。
余りの出来事に面食らいながらも、ブラウニーは冷静さを保とうと努める。
でも上手く、状況を呑み込めない。
ヒヒーン!
馬が突如、雄叫びを上げると。
看板の釘から、スッと細い金の糸が再び伸びて。
ピトッと、ルビィの額にくっ付く。
そこから、キラキラと輝きながら。
金の粒子と化して、辺りへ漂い。
風に乗って、何処かへ行ってしまった。
完全消去された、ルビィの存在。
滴り落ちた血も、肉片も。
身に着けていた物まで、一切を奪い去った。
女はその意味が、良く分からなかった。
居なかった事にする訳が。
それを補足する様に。
シーレの背から現れる、少年と少女。
彼等は最初から、そこに居た。
十字路で、ブラウニー達が揉め出す前から。
ノーレン達が姿を隠せたのも、彼等の力に因るもの。
彼等こそ……。
後ろを向き、かしづいて。
頭を下げたまま、ノーレンが物申す。
「お力添え、感謝致します!《コンセンス殿》!」
「て、照れるなあ……。」
「まだ慣れないの?しょうが無いわねえ、《フサエン》は。」
「《シェリィ姉ちゃん》だって。僕の事、呼び捨てじゃないか。」
「わ、私は良いのよ。《エルベス様》から、お許しは得ているもの。」
ワイワイ言い合う、少年と少女。
そう、クライス達一行がPを貰う時に出会った者達。
コンセンス家当主のフサエンと、その幼馴染のシェリィ。
魔法使いからの指示で、墓参りと称して〔ドグメロ〕の町で待機していた。
これは、その理由の1つ。
ここで王女達の西進を阻止する、その役目に加わる事。
理由は他にもあったが。
フサエンは、火の精霊と仲良し。
会話も出来る程。
その力を見込まれ、ノーレン達の姿を隠していた。
火の精霊の力で空気を温め、見える風景を歪める。
蜃気楼の逆みたいな感じで、視界から外す。
ルビィは焦っているせいか、辺りの魔力に対する察知能力が格段に落ちていた。
目からの情報さえ誤魔化せば、何とかバレずに済む。
それ以上の役目を求められるとは、思っていなかったが。
恨むかの様に、ジトッとした目付きで女の方を見るフサエン。
立ち上がると、女の方を向いてノーレンが言う。
「お主も。協力感謝する、『アイリスの長』よ。」
それに対し、女が答える。
「だから!あたいには、ちゃんとした名前が有るっての!《リゼ》で良いって言ってんだろ!」
そこへ横から、王女達を助けた男2人が口を挟む。
「姉御は照れ屋なんでさあ。許してやって下せえ。」
「そうそう。肝心な所で素直じゃ無いんですから、姉御は。」
「《ヘリック》!《ボーンズ》!ここは良いから、ちゃんと王女達を見張ってな!」
「へいへい。」
「何時になったら、大人の女性になるのやら。」
「お・ま・え・た・ち?何か言ったかい?」
「「ひいーっ!」」
荷車の方へすっ飛んで行く、ヘリックとボーンズ。
これで、ここに居る全員の顔が割れた。
ノーレンとシーレ。
フサエンとシェリィ。
ブラウニーと王女達。
リゼ。
ヘリックとボーンズ。
と言う事は、ノーレン達はルビィより先行していた……?
その点を、順を追って説明しようか。
ブラウニー達が、〔ステイム〕の町で1泊したのは。
ノーレン達が、元オアシスの〔ワイラード〕を出発した時期より何日か後。
この時点で既に、進行状況が逆転していたのだ。
なので、アイリスの在る森へ先に到達したノーレン達は。
ブラウニー達が森へ差し掛かる前に、リゼ達との交渉に成功していた。
王宮の良からぬ動きは、リゼにも伝わっていたので。
ここで王族に対して更なる貸しが作れれば、アイリスは当分安泰。
そう考え、リゼは快諾。
ヘリックとボーンズを伴って、ノーレン達は森を抜ける。
リゼは久々に、老婆へと変装。
クライス達と相対した時の様に、おばさんでも良かったのだが。
動けない状態でより警戒されない、老婆を選択。
ブラウニー達と、森を抜ける辺りで接触し。
まんまと潜り込む。
こうしてそれぞれ、決戦に向けて動き出した。
問題は、【何処で】一戦まみえるか。
出来れば、こちらに有利な場所が良い。
そこでリゼは。
以前〔マキレス〕から入って来ていた噂話、その検証過程を思い出した。
強力な力を持つ錬金術師が、ヘンテコな術を用いて遠くの者と会話していた。
その時、十字路の看板が中継地点になっていたとか何とか。
そんな噂が気になって、部下に看板を調べさせた所。
案の定、怪しい部分が。
釘の内1本が、金色に輝いていた。
報告を受け、リゼは類推する。
間違い無く、《金ぴか》の仕業。
そいつが敢えて、痕跡を残しているんだ。
何か他に、仕掛けを施しているに違いない。
部下を使って、あれやこれや試してみたが。
全く反応無し。
何か発動条件が有るのか?
例えば、『この辺りに害を成す様な、明確な負の意思』とか。
その説に基づいて、当主を困らせる様部下に命じ。
看板の前を通らせる。
すると。
馬で駆けたまま、部下が看板の前を通り過ぎようとした時。
シュッと金の糸が伸び、馬がすっ転ばされた。
悪戯程度の考えだったので、命に別状は無かったが。
リゼは分析する。
これは結界だ。
辺り一帯の平穏を守る為の。
あの野郎、面倒臭い物を残して行きやがって。
最初はそう考えたが、改めて気持ちを整理すると。
これは中々使えそうだ。
厄介な連中をここまでおびき寄せられたら、後は勝手に処理してくれる。
相手の感情が負に寄れば寄る程、攻撃力も上がる筈。
ふふん、あたいもやるねえ。
金ぴかの遺産、確かに受け継いだよ。
その時は、勝手にそう考えた。
良し、これを使おう。
リゼは即決。
別れる前に、その旨をノーレン達へ伝える。
リゼに縋るしか無いので、提案を承諾。
半信半疑で、十字路まで進む。
そこで何故か、フサエン達と出会うノーレン達。
『魔法使いからの指示』である事を知らされると、その背景に驚愕しながら。
フサエン達に事情を話し、協力を申し出る。
最初からそのつもりだったので、フサエンはノーレン達をドグメロへ連れて行き。
決戦に備える為、休息を取らせた。
その間、十字路では。
ヘリックとボーンズが、リゼからの連絡を待つ為に待機。
ブラウニー達の荷車に並走する形で付いて来ていた部下が、2人に進行状況を伝えると。
フサエン達をドグメロから呼び戻し。
火の精霊の力で姿を隠し、十字路から西へ折れた所で待ち伏せ。
何故、《西》なのか?
恐らくこの逃亡劇は、通り過ぎて行った帝国軍と関係が有る。
合流しようと急いでいるのだろう。
ならば確実に西へ折れる。
ノーレンも、リゼ達と同じ様に考えていた。
シーレから聞いた話からすると、間違い無くそう動く筈。
それを邪魔する様に立ち塞がれば、ルビィは確実に焦る。
何か仕掛けて来るだろう。
そうなれば後は、看板に仕込まれていると言う術が発動するのを待つだけ。
気紛れに、発動しなかったらどうするか?
どうもしない。
自分達の検証結果には、自信を持っている。
発動しない訳が無い。
リゼはそう確信していた。
それは、フサエン達も同様。
ノーレンから聞かされた時は驚いたが。
あの人なら、有り得る。
そう思わせる程、クライス達の力を間近で体感した。
だから、信じるのみ。
そしてそれは、裏切らなかった。
ただ、その仕掛けの『優しさ』が働く箇所。
そこが意外だっただけで。
「何で消しちまったのかねえ?折角倒したのに。」
不思議がるリゼ。
地面に落下する時は助けなかったのに。
そこが今一つ分からない。
シェリィには何と無く、想像が付いていた。
「娘さん方に配慮したのでしょう。」
仮にもルビィは、王女である少女達の母親だった。
彼女達に、母親の無様な姿を見せたく無い。
娘に罪は無いのだから。
そう判断したのだろう。
シェリィはそう語って、荷車の方を見やる。
ヘリックとボーンズの様子から察するに、もうすぐ気が付きそうだ。
「行ってあげて下さい。」
シーレへ荷車へ行く様、勧めるノーレン。
『でも……』とまごまごする様子に、煮え切らない物を感じたのか。
『パーン!』とシーレの尻を、思い切り叩くリゼ。
「あんた、親だろ!付いててやれよ!」
「わ、分かりました……。」
リゼに促され、恐る恐る近付いて行くシーレ。
未だに罪の意識が有るのだろう。
守れなかった事、巻き込んでしまった事。
でも今は、そんな事良いじゃないか。
無事だったんだから。
それより。
母親を失った方の娘達、そっちのフォローをしてやれ。
そう訴え掛けたつもりのリゼ。
親のありがたみは、身に沁みている。
だからこそ。
リゼのシーレを見る顔には。
不似合いな程、慈愛の表情が浮かんでいた。




