第281話 拾った者達、本当は
ダイツェンとスコンティの間に在る森。
曽てここには、大盗賊団が存在していた。
今は諜報組織へと姿を変えたが。
本質は変わらない。
他人から盗む事。
それを生業としている。
そして、それが……。
場所の性質上、街道はまだ凸凹道。
荷車が進むには少々キツい。
どうしても時間が掛かってしまう。
盗賊の陰に怯えながらも。
ブラウニー達は、森の中で一夜を明かす。
静かに、ただ静かに。
場所を相手へと悟られない様。
そうやって何とかやり過ごし。
朝になると、再び馬を走らせる。
ブラウニーにはずっと、気になる事が有った。
『何か事情が有るのだろう』と、敢えて聞こうとはしなかったが。
もうすぐ森を抜けそうなので、思い切って尋ねる事にした。
荷車に潜むルビィへ向かって、ブラウニーが言葉を投げ掛ける。
「なあ。1つ聞きたい事が有るんだけど。」
「何でしょう?」
深い深い森の中。
すれ違う旅人も殆ど居ないなので、心が緩んでいたのだろう。
やや小声で、ルビィから返事が帰って来る。
ブラウニーが続ける。
「連れているのは、あんたの子供だよな?」
「はい、そうですが。」
「じゃあさ……。」
次にブラウニーが発する言葉。
それがルビィの心を動揺させる。
「何で子供は、《ずっと黙ってる》んだい?」
「ど、どうしてです?」
そう返すルビィの声は、焦りを感じさせる程裏返っている。
そこから続けるブラウニーの発言は、段々と遠慮が無くなって行く。
「あんたが子供と会話してる姿、ちっとも見かけないからさ。」
「無駄口を叩かない様、きちんと教育してますから。」
「風呂に入る時も、あんたの声以外は漏れて来なかったが?」
「はしゃがない様、きちんと教育を……。」
「教育は良いんだけどさあ。それって、子育てとしてどうかと思うぞ。」
「な、何を……!」
「俺も前まで捻くれて、他人を困らせる事ばかりして来たけどさあ。それでも、ちゃんと怒ってくれる人達が居たんだよ。」
「そ、それが?」
「それで俺は過ちに気付いた。だからさ、こう思うんだ。」
「……?」
「子供は、我が儘を言うのが自然。そこで指摘してやれば、教育としては十分なんだよ。」
「分かった様な口を……!」
明らかにイライラしているルビィ。
構わず、ブラウニーが考えを述べる。
「もっと子供を自由にしてやるべきだと、俺は思うぞ。」
「……無理です。」
「え?」
「無理だって言ってるんです!」
大声で怒鳴るルビィ。
豹変にびっくりするブラウニー。
『だって……』と言葉を漏らし、ルビィが言い放つ。
「この子達はれっきとした、この国の《王女》!一般の者とは、身分が違うのです!我が儘など許されないのですよ!」
「お、王女だって!そんな事聞いてないぞ!」
前を向いたまま、声を張り上げるブラウニー。
『助けて欲しい』と、必死な形相で懇願して来たので。
子供連れで逃亡するのは難しいもんなあ。
そんな軽い考えで、人助けをしたつもりだった。
それが、正体は王族だなんて!
冗談じゃない!
ブラウニーの叫びに、ルビィが答える。
「本当の事を言ったら、助けてくれましたか?」
「そ、それは……。」
言葉に詰まるブラウニー。
先に知っていれば、適当に嘘を付いて。
荷車に乗せる事を断り、厄介事として回避していただろう。
『ほら見なさい』と言わんばかりに、ルビィが続ける。
「嘘を付いていたのは謝ります!ですが、どうしてもこの子達を逃がす必要があったんです!」
「う、うーん……。」
「不要な発言は、身分をさらけ出してしまう。そう危惧して、子供達には黙っている様言い聞かせていたのです。」
心が詰まる思いのブラウニー。
やや落ち着いたトーンへと変化し、そう告げるルビィ。
母親として、子供の身を守る為なら。
当然の行為か。
納得しかけるブラウニーだが。
新たな疑問が彼を襲う。
それは。
「子供は王女なら、母親のあんたも王族なんだよな?」
「そうです。」
「なら。追って来る女は、一体何者なんだ?」
「うっ!」
今度はルビィが言葉に詰まる。
ブラウニーは知ってしまった。
荷車に乗せている者達の正体を。
高貴な身分の人間を追い駆けるのだ。
追い縋って来る相手が、何者かを知らなければ。
この先、危うい事態に遭遇する可能性が有る。
リスクを素早く回避する為、そう尋ねざるを得ないブラウニー。
考えるルビィ。
話すべきか、避けるべきか。
しかしここまで来た以上、隠す必要もあるまい。
そう行き着いて、ルビィが打ち明けようとした。
その時。
ヒヒーン!
馬の嘶きが、森中へ轟き。
急ブレーキを掛けて、荷車ごと止まる。
ブラウニーは投げ出されそうになりながら、必死にこらえる。
ルビィ達も、荷車から放り出されそうになるが。
何とか落ちずに済んだ。
どうした!
すぐに、馬の前方を確認するブラウニー。
外の様子を確認しようと、荷車の前方から顔を出すルビィ。
街道のど真ん中。
馬の真ん前に。
黒いフードに身を包んだ老婆が座り込んでいる。
左足を痛そうに押さえ、喘ぐその様は。
罠に掛かったシカが、そこから逃れようとする姿に似ている。
慌てて飛び降り、老婆へ駆け寄るブラウニー。
「大丈夫か!」
「す、済みません……。賊に襲われまして……。」
「足は!怪我したのか!」
痛がる左足を押さえる左手からは、ベトッと血が垂れ下がっている。
命に別状は無さそうだが、結構な出血量だ。
ブラウニーは服の裾をビリッと破り、傷口の有るであろう箇所をギュッと縛る。
『痛っ!』と言う顔をしたが、少しは楽になったらしい。
老婆の苦痛に歪んだ顔が、やや綻ぶ。
心配そうに、荷車上から見ているルビィ。
取り敢えず、何が有ったかを尋ねるブラウニー。
「『賊が出た』って、それは本当か!」
「はい。油断しておりました……。」
しわがれた声でそう答える老婆。
最近は、ここに潜む賊も大人しくなり。
安全に通過出来る様になった。
ブラウニーもそう聞いていたので。
後継ぎの試練として、行商人の初仕事を果たしに悠々と敵国へ旅立った。
だから、老婆が発した『油断』と言う言葉も分かる。
やはりまだ、かなり警戒するべきレベルだったのか。
俺には、この行商はちと早かったのかも。
往きは何とも無かったんだがなあ。
色々考えながら、1つだけ分かった事が有る。
森を早く抜けた方が良い。
自分達も襲われない為に。
ブラウニーは老婆に尋ねる。
「それで?賊はどうなった?」
「私から金品を巻き上げた後すぐ、森の中へ逃げて行きました。足は、抵抗した時にザックリと……。」
「災難だったな。あんたは、何処へ向かってたんだ?」
「この先を南に。《或る方々》が待っておりますので、そこまで……。」
「だったら丁度良い。乗っけてってやるよ。」
老婆にそう告げた後、『良いよな!』と荷車の方へ同意を求めるブラウニー。
明らかに大人の左手が、ニュッと前に突き出て。
親指と人差し指で円を作る。
オーケーのサイン。
老婆なら、こちらへ襲って来る事は無いだろう。
何より、あの足の怪我だ。
歩くのも不自由。
だからルビィは、同行を認めた。
でも一応、警戒しておこう。
いざとなれば、これを……。
そう考え、ルビィは左手薬指に嵌められた指輪をそろっと撫でた。
『ありがとうございます!お世話になります!』と、感謝の弁を述べながら。
荷車前方の、運転席へと上げて貰い。
ブラウニーの左側へと座る老婆。
そして後ろを振り返り、荷車の方へお辞儀をする。
ルビィもペコリと頭を下げ、その後荷車の中へと引っ込める。
手綱を握るブラウニー。
その時。
ふわっと老婆の方から、柔らかい涼しげな香りが。
まるで、若い女性が放つ物に似た感じ。
ん?
すこし疑問に思ったが。
思い過ごしだろう。
そう考えを流して、ブラウニーは馬を走らせ始める。
老婆を拾った地点から、森の出口は近い。
一刻も早く森から離れる為、手綱を握る手に力が入る。
そして暫く走った後、無事に森を通過。
そのまま、スコンティへと入る。
一時的に、思わぬ客を抱え。
懸命に荷車を走らせ、ひたすら南へ向かうブラウニー達だった。




