第273話 強(したた)かさ
帝国軍本隊は〔ムーズィ〕を出て。
チンパレ家の住まう〔サーゴ〕へと到着。
そこで待ち受けていたのは、ガラの悪い傭兵共だった。
町のあちこちを闊歩している。
対して町の住民は、やや縮こまっている様だ。
町はそれ程広くないので。
一気に全ての兵が雪崩れ込むと、パンパンになってしまう。
だから、サーゴへと入れたのはごく一部で。
それ以外は取り敢えず、手前の街道で待機。
ナラム家子飼いの兵達。
その内の約100が、皇帝のお供として町中へと付いて来る。
身の危険を覚えながらも、チンパレ家屋敷へと向かうユーメント。
そこへロイスが耳打ちする。
『ここでは襲って来ないでしょう。チンパレ家当主は、自分の庭が汚されるのを嫌う奴ですから。』
『そ、そうか?なら良いのだが……。』
曽て皇帝の首を掻きに来た者が、そう言うのだ。
信じる他無い。
ここで自分の命が失われれば、クライスから永久に無視される事となる。
だから、ロイスにとって不利となる様な証言はしまい。
ユーメントはそう考え。
12貴族の2人及び、ロイスとアギーを伴って。
チンパレ家屋敷へと向かった。
案内してくれるのは、町の入り口で出迎えてくれた少年。
〔ホオタリ〕と言う名の、その少年は。
何でもチンパレ家の屋敷で、住み込みで働いているらしい。
皇帝以下、貴族と騎士を。
屋敷へ案内する様、仰せ付かったとの事。
身なりはそれ程悪く無く、待遇は良さそうに見える。
見栄っ張りな当主オフシグが。
『ぼろを着させてはチンパレ家の格が疑われる』と考えて、今だけ良い服を着させているだけかも知れないが。
屋敷の前まで来ると、パップが兵達に散会を申し渡す。
すると兵達は、町の中へ散り散りとなる。
その時、ユーメントは見逃さなかった。
傭兵の親分らしき者の元へ駆け寄る、2・3名の兵士の姿を。
なるほど、そう言う事か。
前にツレイムから聞いた話を、思い出すユーメント。
その裏付けが取れた気がした。
『どうぞ』と、ホオタリが。
玄関の戸を開ける。
アギーを先頭に、次々と入り。
全員入り終えると、ホオタリは戸をそっと閉めた。
「これはこれは。ようこそおいで下さいました、陛下。」
深々と頭を下げながら、オフシグが出迎える。
そして1階の応接間へと案内する。
部屋の中に置かれた、豪華なソファ。
金の刺繍だろうか、キラキラと輝いている。
2つのソファの間に在るテーブルも。
銀を基本としているらしい装飾が、視界を遮るかの如く存在を主張している。
中に入る前から目に付いていたが。
壁に沿ってびっしりと、高そうな壺や貴重そうな絵画が飾られている。
オフシグの性格が丸分かりな部屋。
傲慢で見栄っ張り。
負けず嫌いとでも言おうか。
それは皇帝に対しても、そうらしい。
臆する事無く、部屋の中を歩きながら自慢するオフシグ。
それを遮る様に、ロイスが『ドスン』とソファに座る。
良い切っ掛けを貰ったと言わんばかりに、アギーとユーメントも同じソファへ。
『ならば』と、対面側のソファにはパップとメルドが。
話の腰を折られて少々不機嫌となったオフシグが、パップとメルドの間へ。
奇しくも、影の対立構図そのままとなった。
ユーメントがまず、オフシグへ話を切り出す。
「相手に奇襲を掛ける為、すぐにでも出立したいのだが。準備は出来ているか?」
「はい、それはもう。此度の為に、戦力となるであろう者共を掻き集めて参りました。」
やはりあいつ等は、派遣業で確保した人員か。
町中に居た傭兵連中を思い出し、ユーメントは考える。
「分かった。それでは、これからの行動を確認しよう。」
ユーメントはそう言って、懐からPを取り出し。
テーブルの上へと広げる。
これは原本では無い。
クライスとロッシェがコピーを持ち去る前に。
『皇帝自ら持っていないと、後々疑われる』と、メグに助言されていたので。
幻の湖を離れる前、エミルに再コピーして貰い。
赤丸など、都合の悪い情報を書き換えた物。
だから、現状を正しく反映した物では無い。
上手く事が進んでいれば。
ワインデューでは偽の居留地が出来上がり、ヅオウに在る〔妖精の暮らした跡〕は消滅している筈。
それを知っているのはユーメントのみ。
細かな点までは、アギーとロイスに説明していないのだ。
作戦を知る者が増える程、敵に察知されるリスクが増す。
最低限さえ押さえさせれば良い。
クライスの姿勢が、ここでは参考になった。
決してアギーを信用していないのでは無い。
それだけはユーメントの名誉の為、強調しておこう。
ユーメントが話し出す。
「サーゴを出て、南西へ向かう。そして、ムヒス家の支配する〔シゴラ〕へ入る。」
Pを差しながら、ユーメントが指を滑らせる。
指し示されたシゴラ、その中には。
町が2つ、村が1つある。
ラミグからシゴラへ入ってすぐの村で、サーゴの南西に位置する【フタギレ】。
そこから南東へは、中心都市の【クジューレ】に続き。
対して南西へは、領内では浮いた町の【ボーデュ】に達する。
ユーメントの話では、クジューレでは無くボーデュへ向かうと言う。
疑問に思うオフシグが、ユーメントへ尋ねる。
「何故そちらへ?ワインデューなら、クジューレから向かうのが筋では?」
ニヤリ。
必ずそう聞いて来る。
クライス殿の言う通りだ。
ボーデュへ進んでも、行き止まるだけ。
当然、怪しんで来る。
何も無い所へ誘導して、一気に滅ぼすには。
すんなりとそこへ向かわせる理由が必要。
敵側にはそれが見つかるまい。
もう、参謀の立場だったセメリトは居ないのだから。
だからこう言えば、敵は納得する。
鵜呑みにする。
敵は既に、こちらの術中に嵌っているのだ。
自信たっぷりにユーメントが放つ。
クライスのアドバイス通りに。
「地図の通りに進んでは、《奇襲》にならぬであろう?」
ハッとした顔付きになる、オフシグとパップ。
確かにその通りだ。
敵を欺いて攻め込むから、奇襲なのであって。
従来の町を進み続ければいずれ、敵へこちらの動きが発覚する。
しかも地図上に無い場所ならば、皇帝暗殺に持って来いではないか。
ただ1つ気になるのは。
ボーデュの先、森の中を行軍する事になるが。
その点は大丈夫なのか?
心配するパップに、ユーメントが言う。
「何でも、ヤフレ家に伝わる《秘密の道》が存在するらしい。いざと言う時の為、Pからも隠されていたとかでな。」
「何と強かな!」
ヤフレ家が意外と狡賢い面を持っている事に、パップは驚く。
日和見派はどれも、一筋縄では行かぬ連中ばかりか!
「それを今回は拝借するので?」
「ああ。魔法使いの助力が無ければ、到底叶わなかったがな。」
尋ねるパップに、そう答えるユーメント。
メグ殿のお陰と言う事にしておこう。
その方が、丸く収まる気がする。
我ながら、弁が立つ様になったものだ。
これも、行商人として旅をした成果だろうか?
こっそりとクライスに感謝する、ユーメントだった。
こうして、パップとオフシグを言い包める事に成功したユーメント。
パップ達が屋敷を出ようと、玄関の戸を開けると。
帝国軍と傭兵達が共に、屋敷前へ集合していた。
同数に見えたので、傭兵達の数も100名程だろう。
『すぐに旅立つ用意をして参りますので』と、一旦屋敷の奥に下がるオフシグ。
ホオタリに案内され、次々と外へ出る。
最後にユーメントが出ようとした時。
天井からポトッと、頭に何か落ちて来る。
何だ?蜘蛛か?
慌てて手で払うユーメント。
床に弾き飛ばされるそれは。
『ギュ!』と言う声を発して、クターッとなる。
良く見るとそれは、スズメだった。
しまった!
鳥だったか!
見つかれば、『何と酷い事を』と難癖を付けられよう。
そっと拾い上げるユーメント。
するとスズメは、『ううっ……』と言葉を発した。
まさか、魔物!
しかも、かなり弱っている!
メグ殿の使い魔では無さそうだが……?
こっそりスズメに尋ねてみる。
『お主は敵か?味方か?』
『敵が……こんな事……するかい……?』
『おお!何やら訳有りの様だな。』
そっと懐にスズメらしき物を仕舞い込み、素知らぬ顔で玄関から外へ出るユーメント。
メイと一緒の時間が長かったからか、その行動に躊躇は無かった。
チンパレ家の屋敷でボロボロの状態なのだ。
きっと主に刃向って、制裁を受けたのだろう。
ならば助けてやるのが、道理と言う物。
何か特別な情報が得られるかも知れんしな。
いつの間にか、思考がクライスに似て来たユーメント。
自分の馬が繋ぎ止められている場所へと、一目散に向かった。
そんな事が有ったとも知らずに。
オフシグは屋敷内から、4人の供を連れて出て来る。
その内3人は、あの白装束共。
普通の服装になって、正体がバレない様に。
オフシグを守る為、皇帝暗殺の為。
付き従う事に。
残りの1人は。
切り札としてセメリトが貸し与えた、『溜めろ』しか呟かない《奴》。
外見からはクライスと同い年に見える、【少女】だった。
こうしてオフシグ達も加わり、帝国軍の歩みは再開する。
目指すは袋小路の町、ボーデュ。
兵士達は、次々と町中を通過し。
その姿が見えなくなった頃には、町に平穏が戻っていた。




