第271話 本隊、進軍開始
ヅオウ軍がウタレドへ到着してから、次の日には出立する予定だったが。
パップの連れて来た兵が思いの外多かったので、物資調達に手間取り。
結局南側の〔メドム〕へ向かったのは、予定日の2日後だった。
それでもユーメントは焦らない。
確実にチャンスを物にする為。
総大将は皇帝へと変わり、ウタレドを後にする。
ソインに、町の今後を託して。
メドムは、12貴族の準ずる地位の〔ファルセ家〕が治める地域。
所領はそれ程大きく無く、町もファルセ家の住まう【テーツ】のみ。
なので、ヅオウ軍もとい帝国軍本隊は。
メドムに留まる事無く一気に、チンパレ家の支配する〔ラミグ〕へと向かう。
ヤフレ家へ協力を取り付ける旅では、皇帝自ら陰で動いているのを悟られない為。
ラミグ内を馬で駆け抜けた。
魔物の〔メイ〕の力も有って、何事も無く通過出来た。
今回は逆に、存在感を放ちながら進む必要がある。
『これは国の威信を賭けた戦いだ』と、王族反対派へ印象付ける為に。
その実は、反対派へ対する騙し討ちだが。
メドムへ続く街道を進んで行く、軍本隊。
馬へと跨り、軍の中心に位置しながら南進するユーメントは。
その途中で、街道西側の方角を見やる。
広く森で囲まれている筈の場所に、大きく窪んだ箇所が確認出来る。
あそこが、クライスとフレンツ達の交戦の跡。
ソーティが救われ、フレンツが朽ち果てた地下空洞。
今はもう崩れ去り、辺り一帯は暫く立ち入り困難と考えられる。
フレンツの墓標も建てられない。
まあ、あいつの選んだ道だ。
こんな結末を迎えた以上、同情もするまい。
フレンツにとってそれは、一番の屈辱だろうから。
そう考えながら、ユーメントは再び前を向いた。
テーツでは、ファルセ家当主の〔ツレイム〕が直々に出迎えた。
ツレイムは、軍の先頭を行くアギーの前へと進み出て。
かしづいて言う。
「お待ちしておりました。この一帯を治めます、〔ツレイム・ファルセ〕と申します。」
「陛下の護衛を仰せ付かっている、アゲイレント・カレムだ。」
お互いに名乗り合った後、アギーがツレイムに話す。
ツレイムがここで果たす役目を。
「陛下より、『引き続きここを守護し、物資の流れを保持する様に』との事だ。宜しいな?」
「承知致しました。必ず全うしましょう。」
そして2人は、アイコンタクトを送る。
ツレイムの本当の役割は。
検問所として、テーツの町を機能させる事。
物資運搬に紛れて、厄介な物や人物が行き交わない様にする為。
ツァッハからも、ラミグからも。
元々チンパレ家の監視を続けていたのだ、検閲はお手の物だが。
大事な決戦の時に、力を貸せない事だけが心残り。
だが陛下より仰せ付かった、大事な役割。
やり遂げて見せよう。
テーツの町を兵士達が、ぞろぞろと通過して行く。
その様を見ながら、ツレイムは固く誓った。
ラミグでは、シルバから南西へ進んで到達する町【ヤッカ】と。
メドムから南へと進んで行き着く【ムーズィ】が。
中心都市【サーゴ】の前に立ちはだかる。
《立ちはだかる》と言う表現を用いたのは。
『ラミグは王族反対派の本拠地』と言う雰囲気を、サーゴ手前の町それぞれが強く醸し出していたから。
行進する軍は実質、ヅオウ軍なのだが。
ユーメントを総大将に担ぎ上げている以上、皇帝の手先だと認識される。
仕方の無い事ではあるが、毛嫌いをする住民の多い事と言ったら。
ムーズィの人々は誰も軍に注目せず、普段通りに町中を動いている。
なので帝国軍は、すんなりとムーズィを通過して行く。
『早く通り過ぎろ』と言う、酷いヤジを浴びないだけましだった。
それは偏に、事前にチンパレ家からのお達しが有ったから。
事を荒げると、こちらに不利となる。
くれぐれも問題を起こすな。
領土の主からそう通達されれば、従う他無い。
かと言って、気を良くしたまま行軍されるのも癪だ。
だから、無視。
偶に、『歩く邪魔になっている』とチラ見する位。
空気の様に扱う事で、兵士のやる気を削ぐ作戦。
歓迎されていない事は感じているが、それ処では無い兵士達の心境。
何せ南へ進めば進む程、戦場に近付くのだ。
兵士の殆どは、戦など望んではいない。
まだ回避する術が有るのではないか?
誰かが阻止してくれるのではないか?
根拠の無い願望だが、そう考えでもしないとやってられなかった。
こんな心理状態なのだから、住民の冷たい視線など目に入らない。
ムーズィ住民の静かな抵抗は、こうして不発に終わるのだった。
時を少し遡り。
総勢約1,800の兵を擁する、帝国軍分隊は。
前にアンが錬成した、金属製の橋を渡ろうとしていた。
兵は皆、その橋の見事さに驚く。
ダイツェンには、こんな橋を建設する程の技術が有るのか!
何せ何処にも継ぎ目が無く、1つの金属の塊として存在していたのだから。
しかし通り過ぎる行商人達のひそひそ話を聞いて、興奮が冷め。
別の驚きに変わる。
『凄いな、この橋。どうやって造ったんだ?』
『何でも、或る少女が《地面から生やした》らしいぜ。』
『地面から?嘘だろ?』
『それが結構、目撃者が多くてな。幻では無さそうだ。』
『へえ、でも少女がねえ。』
『何でも、《錬金術師の宗主家》だったとか。』
『宗主家?それって敵側の人間だろ?何でこんな奥深くまで……。』
『グスターキュからの使者として来ていたらしい。全く奇特なもんだな。敵に塩を送る真似なんかして。』
『でも俺達は、その恩恵に与かっている訳だろ?』
『だよなあ。何か複雑な気分だ。』
『俺達には商売敵は居ても、国としての敵は居ないからな。まあ良いんじゃねえの?』
『それもそうだな。』
そう小声で話しながら、橋を渡って行く行商人達。
誰が建設しようが、自分達に得となれば気にしない。
対して兵士達は、敵側の人間が造り上げたと知り。
やはり複雑な気分に。
『宗主家は敵だ』と言う認識が、兵士達の中に浸透していたからだ。
これから討とうとしている敵が作った橋を、こうして利用しようとしている。
良いのか、それで?
王族に対する反逆行為とはならないか?
橋を渡ろうとする兵士達の中から、躊躇う者が出始める。
しかしそんな懸念を払拭する様に、馬に乗ったハヤヒが叫ぶ。
「者共よ!この橋が敵の造った物ならば、堂々と渡ろう!それにより、まずはここを征服しようではないか!」
この言葉で、兵士達の考えが変わる。
そうだ!
強く踏みしめながら通過する事、それは即ちこの橋を我が物とした事と同義!
おーーーっ!
勝鬨の声を上げながら、勇ましく進んで行く軍。
その変わり身の早さに、すれ違う旅人達もドン引き。
『上手く意識をすり替える事が出来た』と、ホッとするハヤヒ。
悪いが、こんな所で立ち止まっている訳には行かんのでな。
そう思いながら、ハヤヒも橋を渡り終える。
馬車の中のジェーンは、橋を渡る時の余りの振動の少なさに驚愕する。
何故ただの貴族が、そんな事にそこまで驚くのか?
答えは後々分かって来よう。
とにかく。
帝国軍の本隊及び分隊は、決戦の舞台へと着々と向かっていた。
一方。
後追いする形で南下している、荷車に隠れた王女達は。




