第270話 不測の事態
クライスを中心として立てた作戦も、少しずつズレが生じ始めていた。
想定外の事が起き始めていたのだ。
1つは、黙って見ているだけで動かないと考えていたダイツェン軍が。
当主エルスの代わりに、妻のジェーンと言うリーダーの元で活動し始めた事。
そして1つは……。
「申し上げます!」
「何だ?」
ここは、ガティに在る王宮の〔玉座の間〕。
留守を預かっている影武者の元へ、伝令が飛び込んで来る。
もっとも、ユーメントがウタレドで名乗りを上げた今。
影武者では無くなっていたが。
それでも元々、階級の高い騎士だったので。
そのまま、王宮の最高権威の座へと留まる。
本来の名は、【リュース・メイズ】。
ユーメントの母とリュースの母は姉妹、つまり皇帝とは従兄弟の関係。
だから影武者と言う任に付いている。
外見が似ているのも、これで頷けるだろう。
その元へ駆け付けた伝令が、リュースへ報告する。
「陛下の妹君共々、かつての妃様方が行方知れずとなった模様!」
「お隠れになられたと言うのか!」
「分かりません!ただ従者の話によれば、『朝食の知らせの為部屋を訪れた際、何処にもお姿が無かった』との事です!」
「何たる事……!王女様方の身を預かっているのに、この様な失態を演じてしまうとは……!」
4人の王女達は今、幼い王子のワンズと同様に。
王宮が建つ丘の裾に設けられた別荘で暮らしている。
そこが、国内で一番安全だと考えられているからだ。
なのに母親と娘が一斉に、皆居なくなったと言う。
これは異常事態。
水面下で何が起きているか、想像が付かない。
これは早急に策を立てねば。
『あの者をここへ!』と伝令に命じ、玉座の間に在る椅子へと座る。
その顔は、憂鬱で覆われていた。
「どうされました!」
慌てて玉座の間へと入って来る騎士。
ユーメントの旅に同行していた3騎士の1人で、〔ハイ〕と言う偽名を使っていた者。
ガティで周りの監視を担当している、【ノーレン・ドラン】。
急に呼び出されたので、王宮内の見回りを早々に切り上げ駆け付けた。
リュースがノーレンに切り出す。
「厄介な事態が起こってしまった……!」
そう言って、事の概要を話す。
ショックを受けた顔をするノーレンだが、すぐに冷静さを取り戻す。
そして静かな口調で告げる。
「一刻も早く、陛下へお知らせした方が宜しいかと。」
「そうだな。ご心配をお掛けする事になるが、致し方あるまい。」
「それと、或る者へ使者を遣わす事を進言致します。」
「ほう、それは何者か?」
「《アイリス》にございます。」
「ああ、あの……。」
新進気鋭の、情報組織。
ロッシェの姉に関する事も、ここから齎された。
その実力は確か。
元は何でも盗賊団だったとか。
そんな連中に託すのは、いささか気が引けるが。
利用出来る者は何でも利用しないと、この事態は解決出来ない。
そう考えてノーレンは助言したのだろう。
意図を汲み取り、リュースは承認する。
自ら使者を買って出て、すぐさまノーレンはアイリスへと向かう。
もう、あんな《悲劇》は御免だ。
王女達の無事を祈りながら、リュースは天井を仰ぐのだった。
その頃。
王女達4人を連れ立って、女性が街道を走っていた。
女性の名は【ルビィ】。
ユーメントの父である前皇帝の元へ輿入れし、3人の女の子を儲けた。
それぞれ15才、13才、11才。
共に逃げる王女は、追って来る女の子供で。
年は12才。
つまり追跡して来るのは、元王妃の1人。
リュースが懸念した、悲劇の再来。
その内容とは。
曽てロイスの仲間であるケミーヤ教の連中が、評議会を襲った時。
その時まだ王子だったユーメントやアリュースの母親が、犠牲となったのだ。
それがショックで、時の皇帝は意気消沈し。
心労が増える中、ベッドへと倒れ。
深い悲しみの中、亡くなった。
それで若くして、ユーメントが皇帝の座に着いた。
だから5人の王子全てが、両親を亡くしている事になる。
残された、いや生き残った元王妃2人は。
その事が背景に在って、本当の母の様に慕われていた。
それが何故か今は、追いつ追われつ。
人数の多い方が、かなり不利。
ルビィが追い付かれるのは、時間の問題かと思われた。
しかし、天が味方したのか。
街道を南進する荷車に、隠れさせて貰う事が出来た。
余りに必死な顔で頼んで来るので、荷車の主である行商人も断り切れなかったのだ。
行商人は、荷車へ向かって声を掛ける。
「俺はここを《往復する》のが初めてだから、多少の揺れは勘弁してくれよ!」
「構いません!出来ればお急ぎ頂きたいのですが!」
「荷車が空だったからな!あんた達を乗せた所で、それ程負担にはならないだろうよ!」
そう言って、馬へ鞭打つ行商人。
すぐに、荷車を引く馬の速度が上がる。
そして数十分は走っただろうか。
行商人は再び、荷車の方へ声を掛ける。
「あんた達を追い駆けていた女の姿、すっかり見えなくなったぜ!どうする!」
「このまま進んで下さい!お願いします!」
「それは良いけどさあ!俺は国境を越えるぞ!あんた達はこの国の人間なんだろう!大丈夫なのかい!」
「そこまで行ければ十分です!あの町には《友人》が居ますから!」
「オッケー!じゃあ〔ブロリア〕までって事で!」
会話を一通り終え、また荷車は黙る。
何か深い訳でも有るのだろう。
女が女に追い駆けられるなんて、滅多に無いからな。
痴情の縺れか?
まあ無粋な考えだな。
そう考えながら、荷車を引く馬を走らせるのは。
豪商〔フチルベ〕の息子で、すっかり凛々しくなった〔ブラウニー〕だった。
これも運命なのか。
彼もまた、奇妙な事態に巻き込まれる事となる。
本人はそれをまだ、知る由も無かった。




