第267話 惜別
「《娘》ねえ。道理で、似つかわしくない『偽名』を名乗ってると思ったよ。」
そう漏らしたのは、フェイレン。
クライスにチラリと見られると。
『大丈夫だ』と言わんばかりに、リリィがトコトコとロッシェの方へ近付く。
そして心を込めて、ロッシェに話し掛ける。
「あんたの探している姉さんだと良いな、ルーシェが。」
「あ、当たり前だろ。あんな良い女性が、姉さんじゃ無くて堪るかってんだ。」
強がるロッシェ。
言っている事は本音だが。
口調は、リリィの気遣いに対する照れ隠しでもあった。
それ等の傍へ、フェイレンも歩み寄る。
「そろそろ俺は行くぜ。もう暗くなるからな。」
「そういや、もうそんな時分か……。」
ロッシェが空を見上げる。
パラシュートで降下している時点で、日が暮れかけていた。
一連の出来事で大人しくしている動物達も、平穏が戻った事を察知して。
真っ暗になったら、活動を再開するかも知れない。
そうなる前に、フェイレンは移動を開始するつもりだ。
「取り敢えず、あの大穴の辺りで暮らす事にするよ。」
「それが良いな。動物達も、『あの領域は危険だ』と判断するだろうし。」
クライスが、助言じみた別れの挨拶をする。
フェイレンは、『じゃあな!』と言い残した後。
シュルシュルと、大穴の方へ向かって行った。
「本来なら、ここに返すべきだったんだが。先着が居てな。」
クライスが、フェイレンの後ろ姿を見送りながら。
やや小声で、そう呟く。
セメリトはこの森から魔力を吸い取った。
なので、この森の再生に使用するのが筋。
しかしクライスは、長い間待たせていた。
砂漠でポツンと一体、何百年も暮らしていた白蛇の魔物を。
再生するのは、あちらが先。
作戦上も、仕方の無い事。
砂漠を緑化せねば、側面から敵を突く為の部隊が移動出来ない。
優先順位を付けてはいけないとは思っていた。
だからルーシェの助けを借りた。
結果ルーシェが、大地へと還る事となってしまったが。
彼女も、それで本望だろう。
『お父さん』と呼称した魔物を救えたのだから。
クライスは勝手に、そう思う事にした。
漸く気持ちの整理が出来たのか。
ロッシェが立ち上がる。
その右肩に、リリィが飛び乗る。
ロッシェが照れくさそうに、リリィへ尋ねる。
「良かったら、ホントの名前を教えてくれないか?」
「そうだな。娘の名のままだと、色々ややこしいしな。」
そう言って、背筋を伸ばし。
改めて名乗る。
「俺は【ロバータ】。宜しく。」
「ロッシャード・ケインスだ。ロッシェで良いぜ。」
「俺も一応名乗るか。クライス・G・ベルナルドだ。」
一通り自己紹介が終わった所で。
素朴な疑問を発するロッシェ。
「ロバータは、何で娘の名前を名乗ったんだ?」
「ああ、それはな……。」
一息付いて、ロバータが言う。
「ルーシェが、前に居た世界での娘に似ていたんでな。つい、口が滑ってしまったんだ。」
「それが名前で定着した、と。」
「そう言う事だ。リリィの生まれ変わりなのだから、納得だがな。」
「そこなんだよな、変なのは。」
「と言うと?」
ロッシェの言葉に、疑問形で返すロバータ。
続けるロッシェ。
「同じ世界に漂着するもんかねえ、上手い事。」
「それもそうだな……。」
ロバータも考える。
でも分からない。
人間や魔物を越えた領域の話。
そんな気がした。
実は偶然では無い事を、クライスは知っていた。
しかしそれは、【この世界の秘密】に関わる事なので。
敢えて伏せた。
2人と1体は、こうして森を離れミースェへと戻って行った。
ミースェに着く頃には、日がとっぷりと暮れていた。
指揮官のナーツェが居る建物を訪れると、或る人物が待っていた。
「あなたがロッシャード・ケインス様ですね!」
騎士の格好を見て、駆け寄る者。
皇帝の元まで行軍するヅオウ軍。
それに先んじて進んでいた、ガティからの使いだと言う。
「陛下にお伝えした所、『こちらへ参上せよ』との命でしたので。」
「それで?俺に何の様だ?」
「はい。実は《調査の件》で、ご報告が。」
「あ、そういや頼んでたっけ。」
ロッシェは思い出した。
元々クライスがエッジスへ出向いたのは。
ロッシェとユーメントとの取引を成立させる為。
その内容は。
テューアを何とかする代わりに、ロッシェの姉に関する情報を集める事。
それに関して、進展が有った様だ。
こっちはもう片が付きそうなんだが、一応聞くか。
気楽な気分で、使いと向かい合う。
使いが報告する。
「齎された情報によりますと、お探しの方は『トンネル工事の現場に居た』様です。」
「ホ、ホントか!」
ビクッとなるロッシェ。
続きを早く聞きたくなった。
報告は続く。
「どうやら、口封じの為殺されそうになった所を逃がされ。何方かと共に、旅を続けていたと。確か、名前は……。」
「おい、クライス!これって……!」
ロッシェが興奮気味に、クライスへ話し掛ける。
報告がまだ途中なのに。
クライスは軽く答える。
「あの騎士の話と大体一致するな。〔ベイス・アレンド〕と言ったか。」
「そ、そうです!〔アレンド卿〕です!」
クライスの言葉に激しく反応する、使いの者。
伝えられた情報と、こちらの知識を付き合わせ。
整理すると。
トンネル工事の現場から逃げ、ベイスと共に旅をし。
ヅオウを『故郷』と言った、ロッシェの姉と同じ名前の者。
ここまで揃えば、ほぼ間違い無いだろう。
「そうか、あの騎士の奥さんが……。」
「逸る気持ちは分かるが、今はもう夜だ。あちらも眠っているだろう。」
「分かってるよ。そんな無粋な真似はしねえよ。」
このままヘンドリへ突入しそうな勢いで話していたので。
一旦区切りを付ける意味で、クライスは口を挟んだ。
報告が終わると、使いの者は。
クライスの口添えで、暫くミースェで休暇を取る事になった。
その時クライスは使いの者に、チラッと情報源を聞いた。
予想通り。
〔アイリス〕から。
あいつ、これで貸しを作ったつもりか?
まだまだ足りんな、《ゲズ家の一人娘》さんよ。
そう苦笑いして、クライスはロッシェの元へと戻って行った。
次の日の朝。
早速ロッシェは、ベイスの妻が自分の姉かどうか確かめに。
ロバータを伴って、ミースェを出発。
クライス達一行とは、ここで一旦お別れ。
「世話になったな!感謝するよ!」
「いた、いたたた……。」
強く握ってブンブン腕を振るロッシェに、たじたじのクライス。
クライスが振り回されると言う、滅多に見られない光景に。
共に見送るジェード達も不思議がる。
「感謝するのは、ちゃんと本人だと確認してからにしてくれ。」
「そ、そうだった。悪い悪い。」
パッと手を放すロッシェ。
『いったー』と、手をフーフーするクライス。
ロッシェとは対照的に、沈痛な面持ちのロバータ。
「俺は会わない方が良い様な……。」
弱気発言が気に入らないのか。
クライスは、ロバータのおでこをピンッと弾く。
そして念を押す。
「元は同じ1人だったんだ。そっちのルーシェも、お前さんの事を覚えているさ。会う価値は有る。」
「そう言ってくれると、助かる……。」
『良しっ!』と思い直し、覚悟を決めるロバータ。
「じゃあ行ってくる!またな、クライス!」
そう声を張り上げ。
ロッシェとロバータは、ヘンドリへと向かって行った。
まだ修理作業中の街道を進んで。
さて、俺も行くか。
更なる戦場に。
本当に心の休まる暇も無い、クライスだった。




