第266話 ただ、還っただけ
「水の精霊と……混ざり合った……存在……。」
ルーシェがそう呟くと。
キラッと、アクアライトが青白い光を放つ。
うっ!
そして急に、ルーシェの脳内に激痛が。
頭を抱えてその場に蹲る。
「姉さん!」
ロッシェが心配して、隣にしゃがみ込む。
ジッと横顔を見つめていると。
ルーシェの顔色がパアアッと良くなって。
スクッと立ち上がると、次の様に呟く。
「……そうだわ!そうだったわ!」
「何?どうした?何か思い出したのか?」
ロッシェも立ち上がり、そう言いながらルーシェの顔を覗き込む。
アクアライトは輝いたまま。
ルーシェはロッシェの問い掛けに頷き。
事の真相を話し始めた。
その内容は、以下に。
リリィを助けた後、不思議な感覚を抱いていたルーシェ。
魔物から、懐かしい雰囲気を感じ取っていた。
それで親近感が湧き、ずっと一緒に過ごす事を決める。
ある日、セメリトが視察に来た時。
リリィを見つけられてしまった。
その時、ルーシェには2つの強い感情が有った。
『リリィを失いたく無い』と言う気持ちと。
『セメリトに連れ去られたく無い』と言う気持ち。
2つがルーシェの心の中でせめぎ合い、互いに譲らぬまま。
結果、ルーシェの心は2つに割れた。
セメリトの元へリリィが下った後。
ルーシェは旅支度の為、一旦テントへ戻される。
その時。
心に干渉する者が居た。
1人と1体の関係を陰ながら見守っていた、水の精霊。
物珍しさで観察していたが、次第に好意的となり。
『辛かろう』と、ルーシェの心を汲み取って。
〔リリィを大切に思う気持ち〕の方を、ルーシェの心から分離して。
精霊の力でルーシェそっくりの形を再現し、そこへ分離した心を埋め込んだ。
こうして、《2人のルーシェ》が誕生する。
1人は魔物を大切に思う感情を持ったまま、遠き旅路へ。
1人はセメリトから逃れる為、こっそり留まる。
それぞれ、違う人生を送る事になった。
今思い返せば、余計なおせっかいだった。
彼女はいずれ、2つの思いを統合出来た筈だ。
それは、これまでの道のりを振り返れば明らか。
反省した所で、もう失った時間は戻って来ないが。
そこまで語るルーシェ。
リリィには別人に見えた。
冷静な語り口。
それは、女性になり立ての少女が備え持つ代物では無い。
水の精霊の部分が、強く出ているのだろう。
ロッシェはたまげているのか、口をぽっかりと開けたまま。
「私の力を欲しているのでしょう?何をすれば良いのです?」
精霊の様に振る舞うルーシェは、クライスに尋ねる。
それに答えるクライス。
「あなたの力を借りたい。アクアライトを通じて、この辺り一帯へ魔力の流れを展開して欲しい。」
「今の力では、細い流れにしかなりませんが。それで良ければ。」
「お願いします。」
ルーシェに向かって頭を下げるクライス。
黙って頷くルーシェ。
急な展開に戸惑うロッシェ。
クライスの胸ぐらを掴んで、強引に聞き出す。
「姉さんは!消えたりしないよな、な!」
クライスは横を向くだけ。
そ、そんな!
犠牲になれってのか!
酷過ぎるじゃないか!
興奮し過ぎていたのか、心の中で叫んでいたつもりが。
口に出していた。
そんなロッシェにそっと抱き付き。
ルーシェは囁く。
「こんな私の為に怒ってくれて、ありがとう。」
ルーシェの言葉に、涙が出て来るロッシェ。
更に囁くルーシェ。
「出来れば、〔もう1人の私〕の事も大切に考えて欲しいな。そっちも私なんだから。」
「わ、分かったよ……。」
ルーシェから離れ、涙を拭うロッシェ。
そう。
目の前の姉さんは消える訳では無い。
大地の中で、巡り続けるのだ。
分離した心も、再び1つに統一される事だろう。
そう信じよう。
ロッシェの腹の中は定まった様だ。
クライスに尋ねる。
「俺達はどうすれば良い?」
『済まんな、辛い思いをさせて』と、クライスはまず謝罪の言葉を述べる。
そしてロッシェとルーシェに指示する。
言われるままに、ロッシェはしゃがんで。
右手のひらを地面へと付ける。
その右隣でルーシェもしゃがみ、アクアライトへ手を添える。
両者が指輪へ向けて力を込めると。
ルーシェの身体が青色に輝いて。
スウッと透けて来る。
ジッと見守るしか無い、リリィとフェイレン。
正に消えようとする時。
ルーシェはフェイレンに、『後はお願いね』と告げる。
うんうん頷くフェイレン。
ここに留まり、一帯の魔力の回復に専念すると誓う。
ニコッと笑うルーシェ。
リリィには、『楽しかった』と言う言葉と共に。
こう呟いた。
「もう1人の私を宜しくね、【お父さん】。」
その言葉に激しく反応する、リリィ。
「お前は!まさか!」
にこやかな顔をしながら、ルーシェは姿を消す。
と同時に。
青白い線が指輪を中心として、『バシュッ!』と無数に地面を走って行く。
そしてこちらも、すぐに見えなくなった。
後には、右手を付いたまま身動ぎしないロッシェと。
「お前は《リリィ》、俺の娘だったのか……!」
そう一言発するので精一杯の魔物が、置き去りにされていた。




