第262話 崩壊、再生
「ごふっ!」
勝ったと確信し、左手を高く突き上げたセメリト。
その瞬間、口から大量の血を吐き出す。
そして膝から崩れ落ち、地面に両手を付いたまま動けない。
ガタガタと身体が震えて来る。
何だ?
何が起きている?
原因を探ろうとするが、意識が薄らいで行く。
その中で、感じている事は。
周りからの魔力の流れ込みが止まらない。
右腕が眩く輝いて来た。
セメリトは完全に制御を失い。
魔力が暴走。
身体のあちこちが、ブクッと盛り上がり。
ボゴッ!
ボゴッ!
ボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴッ!
「うぐわあぁぁぁぁっ!」
慟哭にも似た声を張り上げながら。
セメリトの身体が膨れ上がる。
賢者の石を核として、周りへと容積を広げて行く。
そしてそれは、直径10メートル程の肉団子となる。
そこから。
ボズッ!
ボズッ!
人間の身体で手足に当たる部分から、肌色の棒が突き出て。
それぞれ前足と後ろ足に変わる。
そして『ドオゥズウゥーーーンッ!』と言う轟音と共に、前へ倒れ。
全ての足を地面に着ける。
そして肉団子の前後から『ニョギッ!』と、しっぽと頭らしき物が生える。
結果、セメリトの成れの果ては。
〔長さ3メートル、太さ1メートル〕の4本足を持った、ゲテモノに。
しっぽはフサフサとは程遠く、ひょろりと細長く伸びる。
そしてクルクルと巻き上げられ、直径50センチの真っ黒な渦巻きと化す。
頭も『ボゴボゴッ!』と大きな音を立てながら変形し、『シューッ!』と周りに蒸気をブチ撒けると。
そのモヤの中から、悍ましい姿が現れる。
前に突き出た平たい嘴。
毛の生えた鶏冠。
頬はぷっくりと膨れ。
口の根元の両側から1本ずつ、長い牙が下方へ70センチ程伸びる。
眉は無く、おでこはツルンとしている。
角がニョキッと各1本ずつ左右に、鶏冠の横から斜め上へと生える。
肉が膨れ上がっているせいか、首が外からは見当たらない。
衣服は破け、肌が露出。
ブヨンブヨンと跳ねている皮膚。
何もかもが気持ち悪い。
かつては人間だった、そんな雰囲気は最早消え失せ。
一言で表現するなら。
顔をグーパンチで潰された、豚。
形が固まると、数十秒制止し。
ゴオオオオオウッ!
頭を捻りながら、低い唸り声を発する。
辺りからの魔力吸収は止まったらしく。
半径1キロメートルは、カラカラの土がむき出しとなり。
生きとし生ける物は、完全に消滅した。
かに見えた。
「危なかったな。」
クライスが呟く。
ここは、地面から上空500メートル程。
ロッシェとルーシェ、リリィとフェイレン。
2人と2体も一緒。
各自の背中へクライスが展開した、金のパラシュートを使って。
現在、ゆっくりと降下中。
セメリトが地面を殴る時、既にクライスが間に入っていた。
そしてロッシェの嵌めている指輪〔アクアライト〕に力を込め、瞬間的に下方へ水をジェット噴射。
纏めて皆を、空中へと連れ去った。
打ち上がる際の空気抵抗を減らし、身体がひしゃげるのを防ぐ為。
ロケットの先の様な金のドームを、頭上へと形作り。
上昇が止まった所で、ドームをパラシュートへと変形させた。
ここまでが、クライス割り込みからの一連の流れ。
お陰でこんなに高く素早く、無事に脱出する事が出来た。
セメリトは、クライスが前は地面の中から現れた為。
地面ばかり気が行き、空の上を探らなかった。
いや、『探る前に魔力の暴走が始まってしまった』と言った方が良いか。
結局セメリトもフレンツと同じく、力を過信して自滅してしまった。
クライスが皮肉交じりに指摘したにも係わらず。
もうこうなると、人間として相対する訳には行かない。
膨大な魔力をその身に宿す、魔人の様に扱わねば。
ふんわりと落ちながら、ロッシェはクライスに尋ねる。
「どうすんだよ!あいつ、化け物になっちまったぞ!」
「策は有るさ。まあ見てなっ!」
「お、おーい!クライスーっ!」
ロッシェが止める間も無く。
クライスは自身のパラシュートを消し、ロッシェの身体をダッシュ板代わりに蹴って。
勢い良く、化け物の方へと落下し始める。
そして、両手を頭の上に掲げ。
巨大な金の鍬を錬成する。
柄の長さは1メートルと短いが。
地面を抉る部分は、縦横10メートルと広い。
普通なら重くて仕方が無い筈だが、厚さが1ミリと薄い為。
見た目よりも軽い。
化け物の目の前に差し掛かると。
クライスは怒鳴る。
「俺はっ!ここだーーーーーっ!」
『グ、グワアアァァァッ!』
化け物が反応し、嘴でクライスを突き潰そうとする。
その瞬間。
クライスが、化け物の前へと鍬を振り下ろす。
ロッシェ達側から見れば、特段変わった事は起きていなかったが。
化け物側から見ると、空間が削り取られ。
虹色の四角い穴が覗いている。
そこへ向かって、嘴が突っ込む。
カシーーーン!
鉄と鉄をぶつけた様な、甲高い音がして。
接触部を中心に、空間が歪曲。
景色に、波紋状の揺らぎが生じる。
それで『クライスが何かをやった』と分かる、ロッシェ達。
特にリリィは戦慄する。
空間に干渉したのか!
人の力だけで!
何と言う技よ!
対峙する側で無くて、味方の側で。
本当に良かった……。
心からそう思う。
その時。
クライスが思い切り、天に向かって叫ぶ。
「これを使え!メグ!」
『オッケー!確かに頂くよ!』
天高くから、メグの返事が響く。
と同時に、化け物の身体が虹色に輝き。
その表面から、煌めく粒子が噴き出すと。
ズオオオオオオオァァァァァァァッ!
虹色の穴へ向かって、魔力の帯が発生。
ゴゴゴオオオォォォォッ!
空気が渦を巻き、流れ込む音。
地響きにも似たそれを起こしながら、魔力の流れは加速する。
対して、化け物の姿はシュルルルと小さくなり。
ズポンッ!
全て吸い込んだと言わんばかりの音が、穴から発せられた後。
ピキュンッ!
鋭い音を立てて穴が消える。
そして地面には。
セメリトが持っていた賢者の石が落ち、パリンと割れた。
その欠片の他、そこには何も残されていなかった。
その頃、ダイツェンとシルバの間に横たわる砂漠の。
その中心にあるオアシスで。
『クライスからのプレゼントだ!受け取れっ!』
天から響く、メグの声。
そして虹色の粒子が、オアシスへと降り注ぐ。
「よっしゃ!待ってたぜ!」
子供達と遊んでいたワイリーが、少年の姿から本来の白蛇へと戻ると。
中心に設置されている噴水へと、素早く昇り。
避雷針の様にピンと背伸びをする。
するとそれに向かって、虹の粒子が流れ込む。
ギュルルルルル!
ワイリーを軸とした、虹色の竜巻が発生。
子供達は大人に抱えられ、地面へと伏せている。
顔を上げて、渦を見る子供達。
凄い!
凄いや!
白蛇は今や、虹色の太い柱となり。
渦は、その先端へと通じている。
駒の様に、クルクルと。
規模を考慮すると、『グルグル、ゴゴゴ』かも知れないが。
大人も顔を上げ、その光景を見る。
何と荘厳な……!
その美しさに見惚れる者も出る。
渦の方へ手を伸ばしたくなるが。
周りの空気も巻き込んで回っているので、腕に負荷が掛かり折れ曲がりそうになる。
いたたた!
何故伏せているかを思い出し、再び手を引っ込める。
それを何回か繰り返した後。
渦は消え、ワイリーもただの白蛇へと戻る。
ヘロヘロになり、チャポンと噴水の中へ落ちるワイリー。
慌てて駆け付け、救い上げる子供達。
そして辺りを見回し、歓声を上げる。
ん……?
砂でも町中に積もったのか……?
大人も立ち上がり、町の中を見ると。
視線が自然に、町の外へと移る。
そこには。
青々とした草木が、びっしりと生い茂っている。
クライスが化け物から巻き上げ、メグがワイリーへと転送した魔力で。
砂漠は劇的に変化を起こし。
砂の大地は、鬱蒼と茂る森へと姿を変えていた。
「「「「「うわあーーーーっ!」」」」」
諸手を上げて喜ぶ、オアシスの住人達。
一方で、子供達に囲まれながら。
ワイリーも使命を果たし、満足気。
約束は果たしましたぜ、旦那。
これで、俺も漸く……。
そこで一旦、ワイリーの意識が無くなった。




