第251話 魔物と少女、その縁(えにし)
「逃げたぞー!追えー!」
白装束の集団が追い回す。
曽て、ケミーヤ教が召喚した魔物の内。
教義に反発する者達が、集団脱走を引き起こした。
大多数は再び捕らえられたが、一部は辛うじて逃げ切った。
デュレイと出会った、ラピの様に。
リスの魔物も、その中の1体。
逃げに逃げて、気付いた時には見知らぬ土地。
そこで魔物が目にした光景は。
山の麓に開けられた大きな穴から、台車を使って土が運び出されている。
どうやら奥深くまで掘っているらしい。
続々と土を満載した台車が、横穴から出て来る。
それと入れ替わりに、空の台車が入って行く。
働いているのは、不格好な男達。
顔も服も泥だらけ。
表情は疲労困憊に見える。
ヨロヨロ歩く人を見つけては、監督官らしき者が鞭を打ち付ける。
『休んでる場合か!とっとと動け!』と怒鳴りながら。
『ここも悲惨な所だな』と、魔物は木の陰から観察している。
その中で、気になる者を発見。
労働者や監督官の世話係だろうか。
少女が何人か目に入る。
大人の女性だと、反抗心をむき出しにして扱いにくい。
だから子供を小間使いにしているんだな。
そう考えられる少女の中に、こちらをジッと見る者が。
気付かれた?
いや、それは無い筈。
今の姿は、ただのリスだ。
しかも何メートルもある立派な木の、生い茂った枝の内の1本に。
ちょこんと乗っかっているに過ぎない。
森に小動物が居るのは当たり前。
注目する程珍しくは無い。
現に周りには、ネズミなどの小動物がたくさん居る。
その中に紛れているのに、自分だけが目立つ筈は無い。
自分の勘違いだろう。
そう考え、別の木へ移動すると。
少女の目線が、後を追う様に移動する。
まさか!
戸惑う魔物。
自分の姿が変ではないかと、キョロキョロ確認している時。
ついうっかり枝を踏み外して、地面に落下。
『トスーン!』と言う音と共に、魔物の記憶が途切れた。
再び目を覚ました時には。
ジッと見ていたあの少女の顔が、目の前にあった。
横になって寝かされている魔物。
言葉を思わず発しそうになるのを堪えて、じっとしている。
「あ!起きた!」
少女の歓喜の声。
小声ではあるが。
不味いっ!
一瞬、魔物はそう思った。
それに反して少女は、小さなスプーンを魔物の方へ差し出す。
芋の欠片を乗せて。
「どう?食べられそう?」
心配そうに聞いて来る少女。
その顔付きからは、切なさが伝わって来る。
安心させないと。
何故そう思ったか、自分でも分からないが。
気が付くと魔物は、スプーンに乗っている欠片をパクリと食べていた。
笑顔に変わる少女。
余りに眩し過ぎて、魔物は直視出来ない。
その後は。
少女から出された食べ物を、黙って口の中に含むしか無かった。
「あなた、お名前は?」
動物相手に、優しく話し掛ける少女。
またしても小声。
うるさくすると、怒られるのだろうか。
周りを見渡すと。
大きなテントの中に、他にも何人かの少女が眠りに就いている。
寝ているのを起こしたくないのか?
そう魔物が考えている間にも。
答えが返って来ると思っているらしく、何度も名前を尋ねて来る。
余りにしつこいので、魔物は思わず喋ってしまう。
「……〔リリィ〕。」
「返事した!偉いねえ。」
そう言って少女は、魔物の頭を右手人差し指の腹で撫でる。
そろりそろりと、ご機嫌を伺う様に。
考えられないリアクションをされて、思わず声を上げる。
「お前!俺が怖く……!」
「しっ!大声を上げないで!」
少女に小声で諭されて、少し縮こまる魔物。
誰も反応していない事を確認すると、少女が魔物に言う。
「バレたら、変な奴に連れてかれるんだから!大人しくしてなさい!」
そう説教気味に囁くので、思わず言い返す魔物。
「分かってる、そんな事。大体俺は、その変な奴等から逃げて来たんだからな。」
「え?そうなんだ。お互い大変ね。」
同情するかの様に言う少女。
彼女の身の上も、普通では無いらしい。
それから少し、少女の身の上話を聞く事となる。
少女は〔ルーシェ〕と名乗った。
どうやら何処かの町で、借金の形として売られたらしい。
しかし少女が選べる未来は、そう多く無い。
その中から運命は、『ケミーヤ教に仕える者の世話』を選択した。
少女の顔付きから見るに、大人になればかなりの美女となる。
そう思われたのだろう。
他の少年少女とは違って、戦火に見舞われる地域への派遣はされなかった。
遠くに送られる子供達を見るたび、申し訳無い気持ちで一杯になる少女。
自分は安全圏で、一方あの子達は明日があるかどうかと言う戦場へ。
辛く、悲しい日々。
或る時、少女を傍に置いているケミーヤ教所属の錬金術師が。
トンネル掘りの現場監督を言い渡された。
他のお抱えの少女と共に、労働者の世話をする為同行させられた。
しかし寧ろ、少女は喜ぶ。
やっと、あの送られた子達と対等になれる。
自分だけぬくぬくと生きているのは、卑怯な感じがした。
だから進んで、労働者の世話をした。
あくせく働く少女の姿を見て、元気付けられる労働者達。
彼等の人気を掴みつつある。
監督官は恐れた。
この小娘を中心として、労働者による蜂起が起きるのではないかと。
主人である錬金術師に、状況を相談。
このまま置いておくのは危険だ。
下手に人望を集められると、後々厄介。
そう話し合っているのを、偶然聞いた少女。
ここでも、対等になれないのか……。
悲しくなり、心が打ちひしがれる。
それでも、ここで踏ん張ろうと思い直す。
抜けだそうと思えば、何時でも出来る。
何故かその自信はあった。
そして何日か過ぎて、ボーッと考え事をしている時。
魔物が目に付いた。
その姿に引き寄せられた。
理由は分からない。
ただ、目で追っていた。
その内、枝から魔物が落下するのを見て。
咄嗟に駆け寄り、地面に叩き付けられる寸前でキャッチ成功。
こっそり服の中に隠し、何食わぬ顔で持ち場へ戻った。
「私が助けたのよ?感謝して欲しいわね。」
「……ありがとよ。」
話の終わりに、少女がそう付け足すので。
魔物は感謝の言葉を呟く。
それを聞いて。
うんうん頷く少女の顔は、満足気。
完全に意思疎通が出来ている。
そう感じる、1人と1匹。
魔物は少女の元で、暫く過ごす事にした。
少女に対して、まだ晴れない疑問があったから。
その何日か後。
トンネル掘りの進行具合を確認する為、ケミーヤ教の幹部が現場を訪れた。
そして幹部は、少女が隠し持っている異質な者を感じ取り。
身体検査をする様、監督官へ命ずる。
慌てて、魔物を必死に逃がそうとする少女。
しかし間に合わず、幹部に見つかってしまう。
『お前は……!』と言う幹部の叫び声と共に。
周りに漂う魔力を吸って、巨大化しようとする魔物。
その時幹部は、少女を盾に取る。
幹部も、少女に対して不思議な空気を感じていたのだ。
『逃げてー!』と叫ぶ少女の姿を見て、魔物は思い出す。
まだ人間だった頃に見た、良く似た光景を。
その時叫んだのは、大切な愛娘だった。
少女は、彼女にそっくりだったのだ。
これも何かの縁か!
今度こそ守れと、運命が告げているのか!
そう言った気持ちが魔物の心を過ぎり。
少女の身の安全と引き換えに、軍門に下る事を提案。
少女に利用価値を見出した幹部は、その条件を呑む。
この時から。
少女の仕える相手は、このケミーヤ教幹部となった。
その数年後である、現在。
嫌々、ルーシェはセメリトに連れて行かれている。
ルーシェと同じ事を、リリィも考えていた。
隙を見て、助けたい。
お互いが、チャンスをうかがうまま。
セメリトは目的地に到着する。
そこは、ナラム家の屋敷。
その敷地内に在る、転移装置の設置された蔵。
ここからチンパレ家の屋敷まで、ワープして逃げようと言う算段。
しかしセメリトは、このままでは利用出来ない。
幹部とは言え、ただの人間。
ルーシェにも、魔物は憑り付いていない。
転送用の魔物は、もうここには居ない。
それでもセメリトには1つ、策が有った。
それは。




