第249話 えげつない仕掛け
境界辺りで、錬金術師達の奮戦が始まり。
段々と夜が明けて行く。
その状況を、クライスが感じ取る事は無い。
何故なら。
目指すその先に、厄介な仕掛けが有るのを察知したから。
今度は早めに起きるロッシェ。
夜は完全に明けている。
寝ていた痕跡を消し、再び進む支度をする。
そう言えば、クライスは?
辺りを見回し、姿を探すと。
既に旅支度を済ませ、敵の本拠地の方を睨み付けている。
その顔付きは険しく、それでいて楽しそうでもある。
嬉しいのか嫌なのか、どっちかにしろよ。
そう思いながら、クライスに声を掛けるロッシェ。
「準備出来たぜ。何時でも行ける。」
「分かった。」
「なあ、昨日は何でここ止まりだったんだ?まだもう少し進めただろうに。」
「妙な魔力の流れを感じたんでな。あの辺を見てみろよ。」
そう言って、遠くの茂みを指差すクライス。
ジッと目を凝らすロッシェ。
すると、茂みの怪しく動く様子が見て取れる。
それはまるで、テューアへ近付くにつれて伸縮が激しくなっていた森の様に。
勢い良く育っては枯れ、またすぐ生えて来ては何十センチもの高さへとなる。
これって、魔力の流れが強烈になっている……?
そう考え、ロッシェはクライスに尋ねると。
予想通りの答えが返って来る。
「そう言う事だ。太い魔力の流れが形成されている。」
「でもさあ。妖精の暮らしていた所って、全て人が入り込める様に成ったんじゃないのか?」
「確かに。だから俺は、《奴》が仕掛けた物だと思ってる。」
「奴って、セメリトとか言う敵の幹部の事か?」
「ああ。ウタレドで、あれだけの仕掛けを構築出来たんだ。これ位は造作も無いだろう。」
「とすると、かなり厄介な相手だな。勝算は有るのか?」
「無かったら、ここまで来ないさ。敵のお手並み拝見だな。」
「お前がそう言うなら、信じるか……。」
2人の掛け合いは、そうやって終わり。
また慎重に歩み始めた。
それから数時間後。
日は中程を過ぎ、頭上から光が燦々と降り注ぐ。
ロッシェは、おかしな感覚に襲われていた。
地形は見た目、緩やかに下っている様に見える。
しかし進んで行く感じは、登り坂に居るみたいだ。
クライス曰く、『魔力の強い流れが、すぐ傍まで迫っているせいだ』との事。
それでもスイスイと歩けているのは、破魔の鎧の効果に因る物。
普通の人間は感覚が狂う余り、その場から動けなくなるらしい。
じゃあ、平気な顔で前を歩くクライスは?
魔力に対して強い耐性でも有ると言うのか?
それでは、錬金術を操る事に関して矛盾が生じる。
結局、クライスは何者なのか?
その答えが出ないまま、問題の地点に到着した。
そこでの光景は。
「何かもう、滅茶苦茶だな……。」
驚きよりも呆れの方が強かったロッシェ。
目の前に広がる、酷い光景。
縦1メートル程置きに、横たわる帯が幾重にも出来ているが。
それを構成しているのは、交互の樹木の伸縮。
伸びては縮み、縮んでは伸びる。
数秒毎に、その動きを繰り返す。
エリアごとに、一斉に。
それが帯となって視覚化される。
多分その下に、苛烈な魔力の流れが作られているのだろうが。
こんな事、人工的に生み出せる物なのか?
所々に、煌めいた粒が上昇する様子を視認する。
魔力が空中へ、微かに零れているらしい。
となると、流れの深さも相当だと推測出来る。
どうやって越える?
こんな中を?
ロッシェでさえそう思うのだ。
クライスが前夜索敵した時、その異様さに足を止めるのも頷ける。
暗闇の中、こんなエリアに差し掛かれば。
どう言う影響を受けるか分からない。
敵も考えたものだ。
感心している場合では無いが、認めざるを得ない。
かつて無い強敵だと言う事を。
だからこそ、クライスの『勝算は有る』と言う言葉が頼もしいロッシェ。
恐らく真面に対峙出来るのは、こいつだけだろうからな。
そう考えた。
で、どうするんだ?
こいつの事だから、どうせえげつないやり方なんだろうけど。
ロッシェの嫌な予感は、悲しくも成就される事となる。
「俺の左隣に立ってくれ。」
そうクライスに促され、ロッシェは静かに従う。
実は、ロッシェは冷や汗をかき始めていた。
俺を利用して、何かをする気だな?
マイナスの予想が、段々現実味を帯びて来る。
信頼より不安の方が、ロッシェの心を満たして行く。
同時に、不満も。
露骨にそれが顔に出ていたのか、クライスがロッシェへ言う。
「そんな嫌がるなよ。危ない目に会わせる訳じゃ無いから。」
「ほ、ホントだろうな?」
「ああ。ちょっと《それ》を借りるだけさ。」
クライスは、ロッシェの方へ左手を伸ばす。
そして、曽て〔破魔の鎧〕を構成していた胸当てに。
左手を押し付ける。
クライスが力を込めると。
パアアッと、そこを中心に虹色の光が生まれる。
光は、ロッシェとクライスの身体をすっぽりと覆う。
クライスはロッシェに、不敵な笑顔を浮かべながら言う。
「な?大した事無いだろ?」
確かに、身体的にも精神的にも影響は無い。
寧ろ少し、体が軽い気がする。
クライスが告げる。
「さあ。このまま進むぞ。くれぐれも、鎧から俺の手を外さない様にな。」
「一応、聞いて良いか?」
「何だ?」
「お前の手が途中で外れると、一体どうなるんだ?」
「そうだなあ。捻じれるな、体が。グニャッと。」
「え!」
「そしてギシュッと千切れるだろうよ。あ、破魔の鎧はダメージゼロだけどな。」
「かかか、勘弁!そんな死に方は嫌だ!」
「だから忠告したろ。『俺の手を外すな』とさ。」
「わ、分かった分かった!ふう、前もって聞いといて良かったぜ……。」
ロッシェは右手を、クライスの顔の前でブンブン振って。
『説明はもう十分だ』とアピール。
確認していなかったら。
2人の歩調が合わず、悲惨な目に会う所だったろう。
クライスの言い草から、あいつ単独でも突破出来るんだろうがな。
俺の為に、か。
心の中でそう確認し、慎重さを手に入れるロッシェ。
その過程で、不安よりも信頼の方が上回り始める。
これなら、大丈夫だろう。
クライスは確信する。
そして2人は、異様な木々の帯の中を歩き始めた。
ポウッと周りを虹色に輝かせながら、2人が進む。
その光に包まれた時だけ、木々の伸縮は止まる。
その上、2人から木々がスウッと避けて行く。
なので足元は、比較的安定している。
恐らく原理は、エッジスにある要石の様なレンガ壁と同じ。
魔力の流れを受け流している。
だから木々への魔力供給も止まり、伸縮が収まる。
虹色の光の表面をなぞる様に、魔力の流れが変わっている。
木々の伸びる方向も、それに沿った形に。
そのせいで、木々が2人を避けている様に見えるのだ。
一歩一歩、慎重に進む2人。
伸び縮みする木々の帯を数本、潜り抜けた後。
漸く開けた場所へ出る。
そこは、緩やかな坂を下り切った地点。
無事に敵の本拠地である、〔妖精の暮らしていた場所〕へと到達した様だ。
そこでまたしても、ロッシェは異様な光景と出くわす。
その姿とは。




