第248話 煽り、煽られ
出発が遅れた事も有って、2日目はそれ程進めなかった。
日も傾き始める頃。
周りの変な様子に気付くクライス。
念の為、金の糸を進行方向へゆっくりと伸ばす。
何かを感じ取った様だ。
クライスはロッシェに『ここで一夜を明かすぞ』と告げる。
闇夜の中進むには、少々都合が悪い。
それは、敵の本拠地へ迫りつつある事を示す。
自分のせいで、こんな森の中もう1泊する羽目になる事を悔いるロッシェ。
『それはもう良いから』とクライスは呟き、またしても金粉を空中に散布。
そしてさっさと横になる。
「明日は早いぞ。もう寝た方が良い。」
それだけをクライスに言われ、しょんぼりした顔をしてロッシェも横になる。
鎧を着たまま寝るのも、段々慣れて来た。
それは、戦場に身を置く者の宿命かも知れない。
そう言った状況に適応して行く事へ、不安を覚えながらも。
今自分に出来る事、それだけを考えるロッシェだった。
それと同じ頃。
ジェードに預けた金の小人が、突如反応。
砦に置かれている休憩所の、簡易テーブルの上にあったそれは。
クライスから信号を送られ、ぴょこっと立ち上がり。
金の薄い板へと変化し、表面に文字が現れる。
そして金のベルも右上に現れ、『カーン!』となって時を告げる。
決行の時を。
うとうとし掛けていた待機中の兵は、いきなりの甲高い音に反応し。
バッと飛び起きる。
音のした方を向き、金の板を確認。
表面に書かれた文字を読むと、慌てて砦の人間全員を集める。
いよいよか!
ミースェへ向かって伝令が走る。
緊張感が漂って来る砦内。
それを敵に悟られない様。
声は自然と小さくなっていた。
ジェードを初めとする、錬金術師の隊が到着。
すぐに準備を始める。
せっかく造ったのに、もう壊すのか……。
残念がる者も居たが。
元々そう言う予定。
必要となったら、また造れば良い。
そう成らない方が更に良いが。
兵士達はやる事が無いので、錬金術師の作業をそっと見つめる。
ジェードは各自動く様指示。
テキパキと準備が進んで行く。
砦を単に燃やすだけなら、兵士だけでも出来る。
でもそれでは業火には見えない。
特別な演出が必要。
そこで。
錬金術で、街道に延々と溝を掘り。
そこにドロッとした液体を流し込む。
そして、木の枝の様な筒も用意し。
筒の先をヘンドリへ向け、柵に軽く固定する。
溝は幅深さ共に30センチ程で、街道の左右と中央に計3本引かれた。
距離は1キロ程に成ろうか。
余り遠く伸ばしても、液体が行き渡らない。
燃え盛る様に見せるのには、その位で十分だろう。
準備完了。
錬金術師は皆、配置に着いた。
それを確認し、ジェードが合図を送る。
一斉に、液体へ松明の炎を近付ける。
すると液体は勢い良く燃え出し、炎の帯となって街道を素早く進んで行く。
遠くまで炎が伸びた所で、今度は柵へ固定した筒に火を近付ける。
それは筒の先から火を噴き出し、ロケット花火の様に『シューーーッ!』と鋭い音を立てて飛んで行く。
何百メートルか飛んだ所で『パンッ!』と弾け、街道の炎に飲み込まれた。
「何だ!今の音は!」
筒が弾ける音に、ヘンドリに設けられた櫓で見張りをしているヅオウ軍兵士が気付く。
街道の方からだ!
双眼鏡の様な道具で、街道の向こうをチェックする。
つい数日で、街道に変化が有った。
ウォベリ軍が、急に変な建物をこさえた。
バリケードが在った辺りに。
とうとう攻め入って来るのか?
こっちは兵を送り出したばかりで、新たな軍編成後の収拾がまだ上手く行って無いってのに。
ケミーヤ教は何をしてるんだ!
こっちは忙しいんだ、早くしてくれ!
そう考えながら、ヅオウ軍は警戒をしていた。
その矢先に、不審な音。
覗き込んでいた兵士は、目の前の光景に焦り出す。
赤々と燃える炎の帯が、街道を伝ってこちらに向かって来る。
その中で時々光る、飛翔体。
それが音を発しているらしい。
新たな武器による攻撃か?
何が起こっているか分からんが、とにかく大変だ!
そそくさと櫓を下り、指揮を取っている騎士の元へ向かう。
一抹の不安を感じながら。
最近建てられたらしい、大きな屋敷。
周りの建物が荒廃している中、真新しさ故に目立つそこに。
主の留守を任された騎士、【ベイス・アレンド】が居た。
この町の出身では無い。
いざこざに巻き込まれ、困っていた所を。
チンパレ家が経営する派遣業者から紹介を受け、家族と共に移住して来たのだ。
『ここは安全だ』、そう聞いて。
最近の情勢からウォベリを舐めていた為、鎧は付けず普段着。
書斎兼執務室で、まったりとしていた。
そこへ急に、伝令が飛び込む。
「申し上げます!ミースェ方面より、立ち上る炎を確認!」
「何だと!それは真か!」
「はい!外をご覧下さい!」
慌てて執務室の窓を開け、ミースェの方角を見るベイス。
確かに赤々とした物が見える。
そして時々、『ピューーーーッ!』と言う音が。
これはただ事では無い。
そう感じ取ったベイスは、すぐさま命じる。
「兵士は総員待機!何時でも打って出られる様にしておけ!」
「ははーっ!」
伝令は素早く下がる。
くそう!
遠征軍に駆り出されず、ここでのんびり出来ると思ったのに。
とんだ見込み違いだ。
これは自ら櫓に出向き、状況を確認せねば。
ベイスは屋敷に居る部下へ鎧を用意する様命じ、慌てて戦の支度を始めるのだった。
「どうだ!状況は!」
傷1つ無い煌びやかな鎧を身に纏って、ベイスが櫓の下へ到着。
監視に付いている兵士から、報告を受ける。
兵士の表情は曇っている。
状況がどんどん悪化していると言う事か!
自ら、3階建ての櫓の天辺に上るベイス。
双眼鏡を兵士から奪い取り、遠くを覗き込む。
すると。
炎の帯が確かに、街道を覆っている。
異様な音も、時々聞こえる。
それよりも、不味いのは。
街道近くにある森へ向かい、炎が揺らめいている。
このまま放置すれば、森へと延焼しかねない。
それは即ち、ケミーヤ教本部へ危険が及ぶと言う事。
留守を預かる以上、失態は許されない。
ベイスはケミーヤ教を信じてはいない。
あいつ等に危害が及ぼうと、こちらには関係無い。
しかし主に事が知れれば。
騎士剥奪は疎か、家族諸共抹殺されかねない。
戦火を逃れてここに根を下ろし、この地位を漸く築いたのに。
今更失う訳には行かない。
ケミーヤ教の連中の手先の様になるのは不本意だが、仕方あるまい。
櫓から降りると、ベイスは部下の兵士に言う。
「戦闘の準備は整っているか!」
「はい!何時でも出られます!」
「よし!兵の半分は町の警護に当たれ!残りは俺に続け!」
おーーーっ!
勝鬨の声が上がる。
その中には。
戦を求めてここに来たものの、余りに平和過ぎてボケそうになっていた傭兵も多数居た。
やっと、俺達の出番かよ。
たっぷりと暴れさせて貰うぜ。
それで報酬はがっぽりだ。
せいぜい俺達の活躍を、指をくわえて見てるんだな
そう張り切っている様だ。
彼等のそんな活躍は、全く見せられないのを知らずに。
一方、砦では。
錬金術師達に指示され、兵士達が忙しく動く。
「そこ!とっとと流す!」
「筒はまだか!第3弾、行くぞ!」
こちらへヅオウ軍の注意を引き付ける為の前座を、着々と進行している。
街道に掘られた溝に、ドロドロと垂れ流される原油。
キツい臭いが辺りに充満するが、気にしている暇は無い。
それを賢者の石の力で、遠くへ送る。
ポンプで押し出す様に。
そうやって炎を保ち続けている。
そんな中。
ヘンドリ側を見張る兵士が、突如叫ぶ。
「向こう、兵が集まっているぞ!」
こちらに気付いて、動いて来たか。
これからが本番だ。
ジェードは気合を入れ直す。
敵をまんまと誘い出して見せよう。
そして牽制し、翻弄してやろう。
『錬金術師の力を今こそ見せる時』と、ジェード達は張り切っている。
この働きが宗主家であるクライスに認められれば、或いは……。
そんな淡い期待を持って事に当たる彼等とは違い。
これが何に繋がるか、良く理解しないまま。
兵士達は、命ぜられるままに右往左往するのだった。




