第246話 ミースェを中心とした作戦、それは
ミースェに常駐しているウォベリ軍を取り仕切る、司令官のナーツェ。
辺境の騎士が語るこの町周辺の状況は、以下に。
元々ミースェは領域境と近い距離に在り、兵もそれなりに置いている。
それはガティへ遷都されてから、ずっと。
一方領域境から大分離れた位置に、ヘンドリは存在する。
ヅオウは王族直轄地だったので、かなり範囲が広かった。
現在の領域は、これでも以前の3分の2になった位だ。
その中心として、旧帝都は築かれたので。
ヘンドリはミースェに対して、東方の遠距離都市に当たるのだ。
遷都後に支配する事となったナラム家は、途中に町を造設しなかった。
中継地点を設ければ、攻め落とされた時に格好の前進基地となる。
それよりも、2都市間を街道のみにしておけば。
ヘンドリまで無理に行軍しなくてはならなくなる。
途中で兵が休まる場を設けさせない。
そう言った考え。
だからミースェで監視すると言っても、相手の姿が見えるかどうかの確認だけ。
こちらとしても、このままの方が見通しが良い。
何せ街道は、昔の名残のまま東西一直線だったから。
そんな或る日。
情勢が動く。
ヅオウ側が、境界辺りにバリケードの様な柵を設け。
兵士を配置したのだ。
これから仕掛けて来るのか?
ミースェに緊張が走る。
しかし向こうは、何も仕掛けて来ない。
ただ周りの町では、刻一刻と状況が変化していた。
ツァッハが政情不安となり、またテューアにも異変が。
何かが起きている。
それだけが伝わって来る。
ここからは動けないので、監視に徹する常駐軍。
何時ヅオウ軍が押し寄せて来てもおかしく無い。
緊迫の度が増して行く、境界付近。
更に時は過ぎ。
膠着状態のまま、つい最近。
バリケードの辺りにも変化が。
徐々に兵が撤収を始める。
その頃ミースェにも、皇帝の演説及び白いカラスの噂が伝わって来る。
軍召集の命が下ったので、兵を引き上げているのか?
そうナーツェは考えた。
だから、クライス達にもそう述べた。
でもクライスの見解は少し違う。
ナーツェの判断は、兵撤収の理由の半分に過ぎない。
もう半分の理由は。
黒い影が、テューアから深い森の中へ飛んで行く事で成立。
バリケードを築き、注意をそちらに引き付け。
ウォベリ軍をミースェで釘付けにし、牽制をしていたのは。
魔物の召喚を邪魔されない為。
その目的を達したので、最早障害物は不要。
そのままにしておいても良かったのだが。
ケミーヤ教に対しても、何が起こるか分からない。
何処からかヅオウが攻撃され、逃げる羽目になるかも知れない。
そのルートの1つとして、ミースェへ続く街道を押さえておく事も必要。
つまり逃げ道として考慮した時に、バリケードがケミーヤ教の障害となる可能性が出て来たのだ。
『ヅオウが攻撃される事態』とは、どの様な意味か?
1つは、他の領域からの侵略。
1つは、内紛による分裂。
そしてもう1つは、制御しきれなかった魔物がケミーヤ教へ対し牙を向く事。
今現在、ケミーヤ教が想定しているのは3つ目。
黒い巨大な影の飛翔を、ウォベリ軍も目撃している。
何か嫌な予感がする。
皆そう思った。
でもその正体までは分からない。
モヤモヤした感情を心の中で抱えながら、兵士は過ごしている。
その複雑な心境も、ミクリシアが伝える作戦を耳にすれば。
綺麗に晴れる事だろう。
その代わり、それを越えた緊張も同時に走るだろうが。
ナーツェの現状報告と、クライスの推測から。
これからの方針を再度、確認する。
錬金術師達は、ウォベリ軍と共にヅオウへ攻め込む《振り》をする。
あくまでそれは牽制目的であり、敵の注意を街道へ向けさせる為。
その間クライスとロッシェは、街道へ出てすぐに脇に入る。
何が潜むか分からない領域を、一気に突破して。
ケミーヤ教の本拠地であろう、妖精の暮らした跡へと乗り込む。
出来ればそこで決着を付けたいが、魔物の開放が最優先。
コントロールを失った魔物は、勝手に余剰の魔力を放出し。
それ程脅威でも無くなる。
そうなれば、魔物の処置は後で何とでも。
結果、ケミーヤ教の戦力は大幅ダウン。
デンドかヘンドリへ逃走する事になるだろう。
ミースェには、牽制部隊が通さない。
幾ら幹部でも、錬金術師の精鋭に単独で勝てはしない。
それは歴史が証明している。
あの男と同じ末路を辿る事になる。
最も恐れるのは、自爆覚悟の突撃。
プライドだけは皇帝並みの様だし、『討ち取られる位なら』と突っ込んで来る可能性もある。
特にあの自信家、セメリトは。
そこは要警戒。
そんな事をさせる間も無く抑えられれば、気苦労も減るかも知れないが。
人間の爆発力を侮ってはならない。
窮鼠猫を噛む。
追い込まれた人間の心理状態は、時に大きな力を生む。
自分より強い力を凌駕する程に。
だから敵に、『何時でも挽回出来る』と心の余裕を持たせる為。
突入はクライスとロッシェのみで、最後まで行う。
ケミーヤ教打倒の為とは言え、ウォベリ軍が大挙して乗り込めば。
ヅオウ軍へ、ウォベリ侵攻の体の良い口実を与えてしまう。
直接ウォベリ軍が動く事は、メリットが無いのだ。
彼等には自重して貰う。
あくまで牽制と防御に徹する事。
それが一番の、攻略の近道。
クライスはナーツェに、そう説いた。
それを一通り聞いて。
確かに筋は通っている。
しかし、そう上手く行くものか?
大体、たった2人で作戦を成し遂げられるとは思えない。
そう疑念を抱くナーツェ。
このタイミングで、クライスはロッシェに。
名乗りを上げる様促す。
ひそひそとクライスに耳打ちされた後。
ロッシェは自己紹介をする。
この様に。
「ロッシャード・ケインスと申します。ノイエル家及びニーデュ家から、事態の収拾を託されました騎士です。どうかお任せを。」
そう言ってロッシェは、ニーデュ家当主イガから渡された指輪を見せる。
驚くナーツェ。
イガは確かに、家宝の指輪を持っている。
自分も曽て一度、見せて貰った事が有る。
じっくり眺め、確かに本物だと確信するナーツェ。
でもあれは、文字通り家宝。
他人に軽く預ける様な代物では無い。
余程の信用が無いと、そんな事は出来ない。
一体、何者……?
その様子をジッと見ているジェード。
騎士の方は、詳しい素性を聞いていなかった。
《彼》と共に旅をする位だ、さぞ凄い者なのだろうと考えてはいたが。
そしてそれは確信へと変わる。
ナーツェと同じく、イガから託されたと言う指輪の重みを知っている。
やはり特別な御仁の様だ。
でも逆に、ロッシェをそうたらしめているのは。
他でも無い、〔凄い者なのだろう〕と言う彼等の勝手な思い込みなのだが。
そこへ駄目押しとして、クライスも自己紹介をする。
「クライス・G・ベルナルドと申します。宗主家の名に懸けて、必ずや成功させてみせましょう。」
「何と!宗主家の方でありましたか!」
慌てて頭を下げるナーツェ。
ノイエル家へ仕える身。
宗主家の地位の高さは心得ている。
しかも、宗主家の力は物凄いと聞かされていた。
畏まるのも当然。
ジェードが付け加える。
「この方が独りで、テューアの裂け目を塞ぎなさったのだよ。」
「塞ぐ?あれを?独りで?」
テューアを間近で見た事も有るナーツェ。
その時の事を思い出す。
あれは、ノイエル家当主テイワが視察でテューアを訪れた時。
従者として付いて行った。
その時、テイワから説明を受ける。
「立派であろう?あれが魔物の侵入を防いでいるのだよ。」
「どの様な仕組みなのでしょう?」
「優れた錬金術師が昔、魔力を集めて造り上げたそうだ。」
「魔力の塊、でしょうか?」
「そうなるな。だから普通のやり方では、完全な補修が出来んのだ。」
そう言って、テューアの前で補修作業を眺めるテイワ。
何人かが賢者の石を操りながら、何かを塗り込んでいる。
分かりかねるナーツェに、テイワが説明する。
「同じ魔力の塊である物を、ああやって手作業で擦り込んでいる。これしか方法が無いのだ。しかし……。」
「しかし?」
「『禁忌を用いれば完全に塞げる』と聞いた事が有る。」
「禁忌、ですか。」
「宗主家でも、使える者が現れるかどうか分からんらしいからな。私もその様な人物と御近付きになりたいものだ。」
「左様でございますか……。」
中々の錬金術の使い手であるテイワに、そんな言葉を言わせるのだ。
出来るのは、ごく限られた天才のみだろう。
それも、歴史上に何人居るか分からない程の。
そう思って、テイワ共々ナーツェも。
テューアを後にした。
光景が鮮やかに蘇るナーツェ。
テイワの物言いから、当分はそんな人物など現れないと考えていた。
まさか、こんなにあっさりと会えるとは……!
ジェードが言う。
「ご当主様も、大層感激なさっていたよ。私も間近で禁忌発動を見届けたが、あれ程迫力のある物は記憶に無いな。」
「見たのか!塞がる瞬間を!」
「ああ。特と、この目で。」
自慢気に語るジェード。
羨ましく思うと共に、作戦の成功を確信し始めるナーツェ。
そこで思い出す。
もう1つ噂の有った、あの者の事を。
もしや……?
恐る恐る尋ねるナーツェ。
「貴方はもしや、陛下と共にいらっしゃったと言う《幻の錬金術師》様ですか?」
またそれか。
そう思いながらも。
無理は無いか。
ウタレドで、そう名乗ってしまったのだし。
考え直し、クライスは答える。
「如何にも。ですが陛下の命は〔テューアに関する事〕だけです。ここには独自の判断で参りました。陛下からも、それは許されています。」
「何と!」
最早、開いた口が塞がらない。
リアクションの取り様が無い。
思考停止するナーツェ。
もう良いか?
そう思って、クライスはジェードに話す。
「早速、行動に移ろうと思います。エメリクさん、後は宜しくお願いします。」
「は、はい。心得ました。」
放心状態のナーツェを置き去りにして。
事態を進める為、クライスは司令部を後にする。
続いて、ロッシェも。
カッコ良い見せ場を、またしてもクライスに奪われ。
『こう言う運命なのか』と神様にでも文句を言いたくなる、ロッシェだった。




