第245話 錬金術、それぞれの在り様(よう)
ミースェの中へと入り、通りを進む集団。
ロッシェは不思議な光景を見ていた。
城壁や門もそうだったが。
町中にある家々も、石を積み上げられて造られている。
それは良いのだが。
大小様々な大きさを組み合わせているにも係わらず、接合面に隙間は無い。
ピタッとくっ付いている。
石は見事なまでに表面をツルツルにされ、そのまま乗せられただけの様に見える。
通りへ面した側は凸凹しているのに、だ。
気になったロッシェは、リーダーのジェードに尋ねる。
「ここら辺の建物は、皆こんな造りなのか?」
「そうですね……恐らくこの町だけでしょう。」
「と言うと?」
「他の町は石造りにしても、メリットが有りません。通気性が悪くなりますから。」
「逆に言うと、それ等を犠牲にしても丈夫にする訳が有るんだな?この町は。」
「当然。敵の攻撃を躱さなければなりませんから。」
ロッシェはタメ口なのに、ジェードは敬語で丁寧口調。
騎士であると言う事と、クライスの旅仲間だと言う事が作用しているのだろう。
お互い『些細な事』と気にしていないが。
意思疎通が取れれば、今は良いのだ。
ロッシェは質問を続ける。
「もしかして、建物にも錬金術が使われてるのか?」
エッジスであのレンガ壁を見ていたので、同じ事をしていると思ったのだ。
それに対するジェードの返事は、やや曖昧。
「厳密に言えば、そうではありません。副産物と言いますか、研究過程で得られた技術を応用しているのです。」
「例えば?」
「石の切り出しや表面の研磨、それに石を吊り上げる道具などですね。」
「ああ、そうか。あんなデカい石、人だけでは持ち上げられないもんな。」
城壁を眺めながら、ロッシェは呟く。
使われている石の中には、岩と呼ぶ方が相応しい大きさの物が幾つも有る。
それは主に基礎として使われているが。
門の側を形成したり、砦の支柱となっていたりする重要な部分は。
大きな石を積み重ねて、頑丈な造りにしている。
その1つ当たり。
幅〔約1~1.5メートル〕、高さ〔約70センチ前後〕。
かなりの重量の筈なのに、積み上げられた頂点は人の背丈を軽く超える高さまで達している。
人が何十人集まった所で、何かを使わなければ。
地面から浮かせる事すら出来ないだろう。
そこで、錬金術から生まれた技術が応用されている。
クライスが破壊した硝石の鉱床で使われていた滑車も、それ由来。
鉄の錬成で用いられる溶鉱炉を傾かせたり、大きな釜を別の部屋へ水平移動させたり。
大きな物の運搬の為編み出された歯車や車輪を用いて、切り出した石をここまで運び。
積み上げる為に、クレーンの様な設備で宙を舞わせる。
勿論、石の切り出しや研磨にも錬金術は貢献している。
正確な採寸、マーキング。
それ等に使用される道具の開発等。
浸透具合は、多岐にわたる。
この町は正に、錬金術の成果の結晶なのだ。
しかしクライスやアンの様に、賢者の石を用いてズザアアアアッと造り上げる事も出来よう。
それをしなかったのは、対錬金術師を前提としていない為。
相手は人間、普通の兵士や騎士。
前にも述べたが、この世界の戦いは。
錬金術師が直接攻撃する事は無い段階。
中には優れた者が、直接矢面に立った例もある。
『残虐王子』と呼ばれた、あの男の様に。
あの一件から錬金術は一時期危険視され、迫害の対象となりかけた。
それを回避出来たのは。
ひとえに『陽だまりの君』と呼ばれた弟と、その子孫のお陰。
特に、妖精を守る為の戦いにおいて。
錬金術自体が悪い訳では無く、その使用者の心の持ち様によると知らしめた。
そこから平和利用が加速し、人々の生活へも寄与する様になった。
それはあの男が改心してから切に望んだ、本来の姿。
錬金術は、人を幸せにする為に在る。
その教えを、脈々と受け継いでいる。
だからあくまで、補助に徹するべき。
ウォベリへ結集した者達は。
ミースェへ到着した後も、そのスタンスを崩さなかった。
クライスが彼等に、牽制のみを頼んだのもそれが理由。
錬金術師同士の全面戦争になど成れば、被害は計り知れない。
そんな事、敵の中枢以外は誰も望んでいない。
敵の錬金術師でさえ、戦場が研究成果を試す絶好の機会と思っていない。
巻き添えで大怪我でも負えば、効果を確認出来ないどころか研究者生命にも関わる。
探求心の塊である奴等が、その屈辱に耐えられる訳が無い。
リスクを冒してまで参加する道理など無い。
安全圏で、高みの見物。
それが信条。
なら何故、テューアには出向いて来たのだろうか?
理由は単純。
単に、間近で門を見たかった。
そして、じっくりと観察するチャンス。
『危険な事は起きない』と、事前に説明を受けていたので。
喜んで現地へ赴いた。
でもいざ到着すると、早速聞いていない事態に。
ケミーヤ教の幹部が『門を開け』と通達して来たのだ。
そんな事をすれば門から魔物が飛び出し、自分達が真っ先に攻撃される。
防ぐ手段は有るが、撃退する術は持ち合わせていない。
『騙された』と思いつつも、ここで刃向えば消されてしまうので。
仕方無く、こっそり修繕作業に介入。
閉じる振りをして、開く様仕向けた。
じわじわ、それが効いて来た時。
突然、空からあいつ等が飛んで来た。
羽の生えた、白装束の軍団。
そしてただ淡々と、テューアの方へ突っ込んで行く。
その中には、見慣れた顔もあった。
狂った様な光景を目の当たりにし。
最早引く事が出来ないと悟る。
だからロッシェが近付いて来た時、直接襲い掛かった。
鎧の性能の方が、敵の術より勝ったが。
続いてクライスの禁忌使用を目撃し、その鮮やかさに圧倒される。
あの時、敵は本当に見惚れていたのだ。
後は、前に記した通り。
これからの戦に加担するつもりは毛頭無い。
寧ろこのままの方が、安全で安心して観察出来る。
宗主家の凄さを。
そんな考えが、今や捕らえた敵側に蔓延している。
ただの好奇心旺盛な人間、そんな姿を周囲へ晒しているのみだった。
「おお!ジェードではないか!あちらは片付いたのか!」
クライスは、ミースェを取り仕切っている司令部らしき建物へ。
ジェードに案内され、ロッシェと共に訪れていた。
ミクリシアは、捕らえた敵の収監と。
牽制と言う作戦を、町全体へ通知する作業に奔走。
ジェードはその報告と、戦線の現状を聞かせて貰おうと。
司令官を務める騎士の【ナーツェ・シンドゥーレ】の元へ、やって来たと言う訳だ。
ジェードとナーツェは旧知の中。
共にノイエル家へ仕える身。
気心知れる仲間だったので、ナーツェは気軽に話し掛けて来る。
ジェードが答える。
「ああ、何とかな。こちらに居られる御仁方に、助けられたのだ。」
そう言って、後ろに控えているクライスとロッシェを紹介する。
一礼する2人。
まだ敢えて名乗らない。
この辺りの状況を聞くまでは。
ナーツェは、感謝の意を表する。
「我が友が、世話になった。礼を申す。」
2人に頭を下げるナーツェ。
騎士としての心構えは、トクシーやデュレイにも劣らぬ様だ。
辺境の地まで、立派な騎士が常駐している。
ユーメントがこの事を知れば、大層喜ぶだろう。
ロッシェはそう思うと共に、ライバル心が芽生える。
俺も負けていられない。
目指すは、騎士の高み。
何処に居ようとも、それは達成出来る。
ナーツェを見て、そう考えた。
だからこそ、名乗ろうとするロッシェ。
それを遮る様に、クライスが説明を求める。
「申し訳ありませんが、時間が無いのです。現状をお教え願いますか?」
「おお、そうか。それでジェードが駆け付けたのだな?」
反応するナーツェ。
頷くジェード。
出鼻を挫かれて、調子が狂うロッシェ。
『まだだ、まだ』とクライスに抑えられ、静かに従う。
変に出しゃばって展開を遅らせる事は、ロッシェも不本意。
ジェードのリアクションを見て、ナーツェが語り出す。
ミースェの置かれている現状を。




