第231話 エリント在住、その特殊性
ヒーケルから延びる街道は2本。
出てすぐ北東は、ミースェ。
そして、出てすぐ北西は……。
エリントへ通じる街道を進んで行く、クライスとロッシェ。
黄色いローブで目立つかと思えたが、意外にも錬金術師の服装はカラフル。
力を誇示する為か、それとも単に目立ちたい為か。
物陰に隠れて奇襲すると言うよりは、騎士や兵士の後ろから支援する事の方が多い。
錬金術師は、戦場に於いてそう言う役目を果たすので。
存在自体が脅威。
補助役や回復役は早めに潰すのが、戦いの常識。
しかし下がり気味の位置でチョロチョロしているので、攻撃が錬金術師まで届かない。
逆に届く時は、敗北が決定的。
錬金術師が健在なのをアピールする事で、戦況がこちらに優位である事を相手に知らしめる。
それ等を考慮すると、派手な衣装なのも納得出来る。
意識をこちらへ向けさせ、兵士達が動き易くするのもある。
白兵戦が当たり前の、この世界で。
戦術は粗方決まっている。
だからこそクライスは、道中で発見した硝石の鉱床を潰したのだ。
戦術の幅が広がるだけで無く、白兵戦と言う前提が根底から覆される。
それは、戦闘が大量虐殺の時代へ突入する事と同義。
その事実を許容出来る程、この世界はまだ成熟していない。
牽制の為、強大な兵器を持つ事は有る。
抑止力と成り得るから。
ただそう言った兵器を、平気で使用したがる支配者が。
この世界にまだ多いのも事実。
そんな奴等に、物騒な物を持たせる訳には行かない。
社会が成熟していないと言及したのは、正にその点。
使いたくなっても我慢する事が出来るか、領主や支配者の気質から考えるとかなり怪しい。
ましてや今は、ケミーヤ教の様な狂気を発する集団が存在するのだ。
それを心得ているから、錬金術師は結束し。
支配者達に要らぬ知恵を付けさせない様、立ち居振る舞いは細心の注意を払っていた。
存在感を知らしめ、自身の存在を抑止力とする為。
錬金術師達は動いている。
ローブを目立つ色にし、うろついているのは戦場だけでは無く。
争いが起こりそうな場所でも、そう。
警戒せよ。
争いは起こすな。
ローブでそう訴えている。
逆に錬金術師が一般人と同じ格好で過ごしている場所は、平和だと言う事。
それを見て、住民は安心する。
どちらにせよ、錬金術師はこの世界にとって貴重な存在となっていた。
つらつらと書き連ねたが。
要はクライスの格好が、エリント辺りではごく自然だと言う事。
誰も、ハッとして振り返る様な真似はしない。
それはロッシェも同じ。
物資が足らず、替えの鎧が無いので。
有り合わせの物で、どうにか外見を取り繕っている。
切迫した環境では、寧ろ合理的。
住民はそう考えるだろう。
なのでロッシェの格好を笑う者も、疑う者も居ない。
すれ違う人達からは、『お互い大変だな』と声を掛けられる。
その度に『ああ、そうだな』と返すロッシェ。
当事者として紛れ込んだ方が、後々動き易い。
そう考えると、返事はそれ位の方が丁度良い。
余計な事は言わず、適度に返答しながら。
2人は進む。
そして漸く、エリントの町が見えて来た。
町の周りは、鉄条網の様な柵が聳えている。
網目の鉄製フェンスに、棘が生えている感じだろうか。
恐らく人の手で作られたのでは無く、錬金術で生み出したのだろう。
そしてそれは、何故か絶えずうねっている。
この辺りになって来ると。
テューアから流れて来る魔力の影響が、物質へ直接現れるらしい。
そんな場所で、良く人が暮らせるものだ。
ロッシェがそう思うのも無理は無かった。
ヘンドリから旅立った時は、ミースェで突っ返されたので。
ロッシェはここまで達した事が無い。
だからヅオウ出身で有ろうと、この辺りの様子は伝え聞こえて来る範囲でしか知らない。
それ程ノイエル家は、情報漏洩に対して神経を尖らせている。
内情を知られる事が有ってはならない。
敵勢力へ、付け入る隙を与える事になるから。
評議会が召集された時も、現状を直接報告しに来なかったのはその為。
ノイエル家の当主が変わった時と、皇帝の代が変わった時。
その2つの機会しか、ガティへ赴く事は無い。
テューアを守ると言う事は、ここまで重要なのだ。
それを理解した上で、クライス達はエリントの中へと足を踏み入れる。
皇帝からの依頼を果たす為。
ノイエル家当主〔テイワ・オブス・ノイエル〕に、どうしてもお目通り願わなければ。
クライスは町中の人の流れを観察しながら、ノイエル家の屋敷が在る場所を推測する。
そして大体の見当を付け、歩き出す。
それに付いて行くロッシェ。
思わずクライスに尋ねる。
「屋敷の場所って分かるのかよ?」
「人の往来を見ていれば、多少はな。」
「どうして住民に屋敷の場所を聞かないんだ?」
「聞いて答えが返って来ると思うか?」
「普通は答えるだろ。」
「ここは普通の町じゃない。柵の様子を見たら分かるだろ?」
「そりゃ、そうだろうが……まさか!住民の頭にも影響が有るってんのか?」
「それは無い。見てみろ。」
クライスは、すれ違う住民の頭を指差す。
ロッシェが良く見ると。
どの住民も、何らかのアクセサリーや帽子を身に着けている。
生き物の様にグネグネしているが。
『降り懸かって来る余剰の魔力を、ああやって逃がしてるのさ』とは、クライスの弁。
『それじゃ、俺達もヤバいんじゃあ……』とロッシェが漏らす。
クライスは何らかの対抗手段を持っているかも知れないが。
俺は何も頭に着けてないぞ?
疑問形の顔付きになるロッシェ。
その不安を振り払うかの様に、クライスがロッシェの鎧を指差す。
「これがただの鎧だと思うか?仮にも錬金術師が用意させた物だぞ?」
そうだった。
ヒーケルの町長は錬金術師。
エッジスへ向かう事情も伝えてあった。
だったらロッシェが大丈夫な様に、それなりの物を持って来てくれる筈。
不格好なりに、存在理由は有った。
それが確認出来ただけでも、安心する。
でもそれは、ロッシェが最初にした質問の答えにはなっていない。
住民の頭がおかしくなって無いのなら、何故問い掛けても答えが返って来ない事になるのか?
クライスは言う。
「簡単な理由。住んでいる場所を。厳密に言うと、現在地を。公には出来ないと言う事さ。」
それは指揮する立場上。
この町が戦闘状態へと突入しているから、敵に割り出されるのを防ぐ為。
つまり『エリント内にスパイが潜んでいるかも知れない』、その可能性を怪しんでいる。
当主の慎重さ。
過剰反応過ぎて、石橋を叩いて壊す勢い。
だとすると、誰とも面会しない可能性が高いんじゃないのか?
ロッシェはふと思う。
その疑問を察したのか。
クライスが自分の胸をポンと叩き、ロッシェへ思い出させる様に言う。
「何の為に、テノに書状を用意して貰ったと思ってるんだ?」
ああ、そういや有ったな。
そんな物。
ヒーケルの町へ入るのに使ったから、もう用済みだと勘違いしていた。
元々はノイエル家へ見せる為の物。
道中、止むを得ず使用したに過ぎない。
書状の役目は、寧ろこれから。
ここまで説明されれば、もう納得するしか無い。
クライスなら、屋敷もすぐに見つけるだろう。
ロッシェはそう考えた。
町をうろつく事、20分少々。
その間ロッシェは、周りと見渡しながら歩いた。
でも、それらしき構えの家は見当たらない。
俺では無理だ。
見つけられない。
こいつと一緒で良かった。
と言うか、まだ着かねえのか?
流石のクライスでも、手こずっているのか?
あれこれ考えたが、無駄だと思って止めたロッシェ。
思考停止では無い。
全面依存。
しかし、ロッシェの選択は正しかった。
クライスはとっくに居場所を見つけていた。
ただ町の情勢を知って置きたくて、ずっとウロウロしていただけ。
それを正直に打ち明けると、ロッシェは間違いなく怒鳴るだろう。
それは面倒臭い。
だから敢えて黙っていた。
分からない振りをしていた。
でもそれも、もう限界だ。
大体は掴めたし、そろそろ向かうか。
クライスの足の動きが早くなる。
ロッシェは『漸く見つけたか?』と思い、気持ちを昂らせて行く。
こうして到着した、ノイエル家当主の現在地とは。




