第224話 従者と言う立ち位置
ネンタリの町は、平穏とは言えない状況。
ウタレドが変な術で近寄れなくなり。
物資調達を、北に位置する〔コーレイ〕へ期待していたが。
そこはそこで、更に北の〔ウォベリ〕へ物資を回している。
何せ、『テューアを守る錬金術師の元へ届けられる』と掲げられているのだ。
魔物から守って貰っている身としては。
理由が理由なので、強く要請出来ない。
ホトホト困り果てていた時、ウタレド正常化の知らせが。
嬉しい半面。
ヅオウに存在していると小耳に挟んだ、不穏な勢力の動きも気になる。
人間同士の争いに巻き込まれたくは無い。
それが本音。
誰もが思っていながら、大っぴらに主張出来ない事柄。
だから、『エッジスへ向かう』と言うクライス達の話を聞いて。
不安が増大。
クライスは『戦争を起こしに行くのでは無い、寧ろ逆だ』と言ったが。
信用されない。
一介の行商人風情が、何を抜かすか。
そう、あしらわれるだけ。
結局町を離れるまで、クライス達への疑惑の目は晴れなかった。
後で、手の平返しする事となるのを知らずに。
コーレイは、12貴族の下位に位置する者が支配する地域。
メドムなどと同様。
〔バーエル〕の町を中心に、例に漏れず森林に囲まれている。
防衛し易い、町の様子を探られにくいなどの理由は有るが。
一番の理由は、『テューアから流れて来る魔力で、木々の成長が活性化されている』点だろう。
切っても切っても生えて来る。
ドンドンと。
ならばいっそ、壁代わりにしてしまえ。
そう思うのも無理は無い。
しかし、不思議な点が有る。
テューアから結構距離が有るのに、どうしてそこから流れて来る物と分かるのか。
簡単。
昔、それを示した者が居るのだ。
ここを支配する【ニーデュ家】は、名門とは言えないが。
一部からは一目置かれる存在。
実は、ニーデュ家は。
晩年エッジス辺りで過ごし亡くなった人物の、一番の部下だった者の子孫。
或る者達からは『残虐王子』と呼ばれ。
また或る者達からは『グレイテスト』と呼ばれる存在。
コーレイ内で湧き上がる魔力を、テューア由来と断言した人物。
その付き人の家系だったのだ。
だから、国内で活動している錬金術師とも縁が深い。
錬金術を修めた者は、一度必ず訪れる位だ。
なのにニーデュ家自体は、錬金術に対してからっきし駄目。
だからこそ《あの男》は、傍に置いていたとも言える。
何にせよ、この辺りの有力者である事に変わりは無い。
クライスとしては、面会を避けられない相手。
一応ロッシェには、『何が有るか分からないから、覚悟する様に』と忠告した。
大昔に和解したとは言え、クライスは宗主家の人間。
敵国の錬金術師なのだ。
懸念と期待が、ロッシェの頭に渦巻いていた。
バーエルに入ると。
慌ただしい動き。
今もエッジスでは、錬金術師達が活動している。
その後方支援に奔走している様だ。
地理的にこの町自体も、孤立しそうなものだが。
何しろ北にウォベリ、南にツァッハ。
東にシキロが在る。
ヅオウとは、直接接してはいない。
シキロが上手い事、邪魔をしている。
しかしそれは同時に、ヅオウからの物資調達が期待出来ない事も示す。
ややこしい関係。
では何処から物資を運び入れているのか?
こんな事も有ろうかと、独自のルートを事前に開拓してあったのだ。
それが、コーレイの西側。
一般には知られていないが。
ヘルメシア帝国の西の端は、高い山々が連なっている。
それは、国内に在る山脈の比では無く。
とても険しくて、越えるのが難しい程。
だからヘルメシア帝国は、西に対して無防備。
そこに付け込んで、限られた者しか知らない道を構築した。
その道を使い、物資を運んでいる。
エッジスに対する素早い錬金術師の移動も、可能にしている。
まるでこうなる事を、前々から熟知していたかの様に。
その辺の事情は、ここへ至る経緯を思い起こして頂ければ分かるだろう。
過去の取り決めによって、実はその道の終点が……。
これは後々、表される事となろう。
そんな訳で。
物資を積んだ荷車が、町の中を行き交う。
その激しさは、帝都並み。
活気が有る訳では無い。
切迫した状況なだけ。
噂では、何でも。
ウォベリを統括するノイエル家に、魔法使いからのメッセージが届いたとか。
それで『やっと事が片付く』と、エッジスに居る錬金術師達が活気付いているらしい。
町を行き交う人達の話を耳にして、ちゃんと届いたと確認したクライス達は。
いよいよニーデュ家の屋敷へと向かう。
何も無ければ良いけど。
ロッシェは心配していた。
ところが、町の中心付近に在る屋敷を訪れると。
中へあっさり通されるクライス達。
それ程大きくは無い屋敷内。
1階建ての平屋で。
部屋も応接室と寝室以外は、特筆すべき物は無い。
玄関から奥へと案内されるクライス達。
10メートル程廊下を進んだ所に有る、突き当りの手前で。
少々待たされる。
ドアは突き当りに1つ、左右両脇に1つずつ。
前のドアはキッチンに通じている様で、中から調理係の者らしき声がする。
クライス達を引き連れていた、召使いと思われる人物は。
右脇のドアをノックし、中へ入ったきり。
手持ち無沙汰のロッシェは、廊下をジロジロ見る。
装飾品も特に無く、貴族の地位にしては殺風景。
壺も像も飾っていない。
質素を旨としているのか。
ロッシェには量りかねる。
あれこれ考えている内に、ドアから召使いが出て来ると。
ロッシェに声を掛ける。
「どうぞ、お入り下さい。」
戦々恐々として、ロッシェが入る。
続いて、クライスが。
何故ロッシェを先に通したのか?
廊下を歩く時も、ロッシェが前だった。
その理由は。
「ようこそ、おいで下さった。」
何故か歓迎される。
そこに立っていたのは、小太りの男。
背はラヴィ達と同じ位。
成人の男にしては低い方。
でも顔付きはしっかりしている。
年は40才前後に見え。
頭はやや薄く、手足は細いのに腹は出ている。
だから、小太りと言う印象を受けた。
『ハハハ』と笑いながら、ロッシェの背中をバンバン叩く。
その割には、クライスとは微妙な距離感。
気さくなのか、そうで無いのか。
良く分からない対応に、ロッシェは困惑。
男は、部屋の奥へ入る様促す。
入り口が部屋の隅に位置していると言う、珍しい構成。
その対角線上に、主の座る椅子があった。
椅子の前には、執務用の机が置かれ。
客人用のソファとテーブルは、部屋の真ん中に備え付けられていた。
その、主人椅子に近いソファへと座らされるロッシェ。
逆にクライスは、テーブルを挟んだ位置に座らされる。
警戒されている。
誰が見ても明らか。
あからさまな主人の対応に、思わず一言言いそうになるロッシェ。
それを遮る様に、主は椅子へ座り。
自己紹介を始める。
「このままで失礼。私はこの地を預かる、【イガ・ニーデュ】と申す。」
「ロッシェです。初めまして。」
ロッシェはソファから立ち上がり、一礼すると再び着席。
クライスも挨拶をしようとするが、それも遮られる。
「ロッシェさんですか。そうですか。ではお引き取りを。」
「は?」
態度の急変に、訳が分からなくなるロッシェ。
イガの言葉を受け、立ち上がるクライス。
そしてロッシェに言う。
「行くぞ、ロッシェ。」
イガに一礼し、部屋を後にするクライス。
『お、おい!』とクライスに声を掛けながらも、イガへお辞儀を返し部屋を出るロッシェ。
2人が出て行くまで、イガが立ち上がる事は無かった。
「どう言う事だ!ちゃんと説明してくれよ!」
分かった風で廊下を歩いて行くクライスに、ロッシェは疑問を投げ掛ける。
構わずクライスは、玄関のドアを自分で開けて出て行く。
ドアが開いている間に、玄関を潜ろうとするロッシェ。
その時召使いが、ロッシェに何かを渡す。
「主からです。」
一言だけ言って、玄関で見送る召使い。
気にしながらも、屋敷を後にするロッシェ。
すぐ外でクライスを捕まえ、説明を求める。
「言われなきゃ分かんねえよ、俺は!」
「なら、渡された物をじっくり見ると良い。」
かなりの剣幕で抗議したロッシェに、そう返すクライス。
指摘されて、ブツブツ文句を言いながら握り締めた右手を開くと。
鮮やかな青の宝石が嵌められた、指輪。
全体は、血の様に赤く。
金属製の本体、その側面には文字が刻まれている。
それを読むと、こう書かれていた。
《心は貴方と共に》。
それは曽て、男に付き従ったイガの先祖が。
忠誠の証として身に付けていた物。
恐らく、ニーデュ家の家宝だろう。
それをロッシェに持たせた意味。
ロッシェは託されたのだ。
イガは、表立って付いて行く事が出来ない。
だからせめて、先祖と同じ立場のロッシェに持っていて貰いたい。
誓いは、昔から今まで変わっていないと。
そう思いを込めて。
何と無くだが、ロッシェは理解した。
そこまで考えられる様になっていた。
だがそれでは、クライスが何者かを知っていた事になる。
それに付いてクライスは、『数多の錬金術師に会って来たんだ、雰囲気で感じ取ったんだろう』と話す。
宗主家の人間だと言う事を。
納得した振りをするロッシェだが、一方で疑念を持つ。
ニーデュ家は実は、宗主家に付いて《重大な秘密》を知っているのではないか?
だからわざとクライスを遠ざけ、『自分は関知しない』と言うアピールをした。
姿を見ていないし、声も聴いていない。
存在を認識していないかの様に。
イガの意図を汲み取ったクライスは、さっさと屋敷を後にした。
そんな感じだろう。
しかし、どうもその辺が分からない。
一般人の感覚として。
俺が麻痺しているだけなのか?
悩むロッシェ。
『早く行くぞ』と、ウォベリ方面の街道へ向かうクライス。
そんな2人の姿をジッと見る影が。
屋敷に留まり、部屋から見送るイガ。
【伝承】の通りなら、あの方は……。
どうか、お気を付けて。
そう心に思う、イガだった。




