第210話 幻の湖、到達
一行が迷い込んだ空間には。
まず目に付くのが、草原。
踝まで隠れようかと言う高さの草が、一面に広がっている。
それより遠くへ目をやると、森の様に生い茂っている木々が見える。
全方位、その様な景色かと思われたが。
後ろに引かれたので、尻餅の方角は一緒。
振り向く許可が出たので、皆一斉に振り向くと。
そこには、さざめく水面を湛えた湖が。
数十メートル先に姿を現している。
クライスが線を引いた場所から一定の距離まで進んだ後、メイは歩みを止め。
クライスも一行へ止まる様指示した。
そして一気に後ろへ下がる。
つまりその時、出入口は背中に在ったのだ。
振り向いてしまうと、今居る空間にそのまま転移し。
足元は湖上へと現れる。
そのままボチャン。
湖と陸との境界を越えた後、下がる事により。
湖畔へと通ずる時空トンネルを抜ける事が出来る。
『来るな』『帰れ』と言う脅迫めいた言葉は。
そこが湖上である事を示してもいたのだ。
言葉が聞こえなくなって少し行った所、そこが湖面の傍となる。
だからクライスはそこで止めた。
湖へと落ちない様に。
何ともややこしい仕掛けではあるが。
そこまでしないと、外界とミスリンクしてしまう。
魔法使いの身を守ると共に、不用意な侵入者の身の安全を保障する意図もあった。
では何故、クライス達の世界から隔離しないのか?
その方が確実に侵入を不可に出来るだろうに。
それは、前に登場した〔闇の戯れ〕と関係が有る。
魔法使いの管轄する地域。
そこは、魔力としてこの世界のエネルギーが噴出する場所。
それは何箇所も在るが。
そのまま放置しておくと、中でどんどんエネルギーが溜まって行く。
適度にエネルギーを取り除いてやらないと、うねりとなって暴走してしまう。
それを防ぐ為に。
偶に幻の湖を世界と繋げ、余剰分を吸い取る。
そうやって、この世界の魔力の流れは秩序を保っている。
魔法使いのお陰なのだ。
湖が人々に目撃されるのは、エネルギー管理を行っている正にその時。
この世界と接続し、魔力の流れを湖に誘導している間。
出現箇所がバラバラなのも、〔魔の遊び場〕と称される管轄地域の位置の違いによるもの。
接続先と吸い取る魔力の量によって、現れる場所が毎度変わるのだ。
湖が現れる目的を知られない様にする為、出現箇所の固定は出来ない。
こうして、魔法使いの住処は幻とされている。
ここまで、メイの説明。
全て、ご主人と呼ぶ人物の受け売りだが。
数々の謎が、一気に解明された様な気がする一行。
しかし、クライスを招き入れる為とは言え。
数名でも人間を異空間へ引き込むとは、どう言う心境の変化なのだろう?
一部の人間であっても、そこから情報が広がって行くかも知れないのに。
それだけ一行が信用されていると言うのか?
それとも、もう隠れる意味が無いと言うのか?
その辺は、直接本人に聞いてみるしか無い。
そこで、再びメイが言う。
「湖の縁を追っ駆けて見てみなよ。」
そう促され、境目を目線だけで辿ると。
湖畔の反対側に、小さい小屋の様な建物が見える。
回り込むのに1時間弱と言った所か。
湖は広いようで、意外と狭く感じる。
そこだけ外へ出っ張ってるだけかも知れないが。
とにかく、魔法使いが居そうな場所はそこしか見当たらない。
進むだけ。
そう考え、メイを先頭に一行は歩き出した。
湖は、やはり広かった。
小屋の見える方角だけ木々が近かったのに。
他の方角は、水面の先が見えない。
やはりそこだけ水面が突き出ているらしい。
住み易い様に、工事でもしたのだろうか。
そう思わせる風景。
相変わらず、草原は果てしなく。
境目を示すであろう霧は、遥か遠く。
時々霧が眼前に広がる事もあったが。
メイ曰く、『空間が揺らいでそう見えるだけ』だそうだ。
湖と陸との境界は、いろんな景色を見せる。
浜辺の様な緩やかさと思えば、切り立った崖の様にスパッと断ち切られた風にも。
それ等を織り交ぜながら。
湖面は成り立っている。
不思議な空間。
そうとしか表現出来ない。
興味津々に、周りを見渡しながら進む一行。
テノに負ぶられているソーティも、きょろきょろする余裕が出て来た。
徐々に体力が戻りつつある。
それは負の魔力に当てられ過ぎた身体が、正常へと変化している事の証。
この空間に漂う魔力がそうさせるのだろう。
ここでずっと居られれば、全快も早いのかも知れない。
しかしそれを魔法使いが許すだろうか?
裁かれる覚悟は出来ている。
出来ているが。
兄さんと共に故郷へ帰りたい。
ソーティは考えていた。
その思いは、兄であるテノも同じだった。
進む事は、別れと同義かも知れない。
そんな考えが、時たまテノの歩みを止めようとするが。
それでも皆と進む道を選んだ。
何せ、魔法使いの考えは分からない。
どう裁定するか読めない以上。
可能性は捨てたく無い。
共に帰れる可能性を。
進んでいる間。
クライスの顔付きは、やはり暗かった。
余程会いたく無いらしい。
そこまで彼を追い込むのは、何だろう?
時々覗き込みながら、ラヴィは考える。
クライスは顔を背けるが。
同時に、何かに立ち向かおうとしている様にも見える。
複雑な表情。
アンも兄を心配する。
他の仲間も同様。
クライスが居たからこそ、今がある。
世話になった義理が有る。
力になりたい。
だから魔法使いの元へ辿り着いた時には、しっかり聞かないと。
今まで曖昧とされた事。
使い魔との関係。
黒歴史との絡み。
ケミーヤ教やグレイテストとの関わり。
全てでは無いにしても、はっきりさせねば。
皆がそう考えているのを、クライスも感じていた。
話す時が来た様だ。
誠意を持って、出来るだけ答えよう。
それでも、魔法使いから制限が掛かるだろうが。
一行は、クライスと魔法使いとの関係を良く知らない。
実はそれは、一行が考えている以上の物だった。
この世界の歴史の核心が絡む程の。
二人の関係は、想像以上に広く長く。
そして深かった。
予想通り、小屋の様な物まで到達するのに1時間少々掛かった。
空間には、まったりとした風が流れ。
草がそよそよ。
その中に佇む、魔法使いの住処。
湖面からは15メートル程離れている。
外見から察するに、間取りは必要最小限らしい。
寝室、キッチン、トイレや風呂、応接間。
それ等が入る程度の大きさ。
実際、中に備わっているかは分からないが。
レンガ造りの煙突は見える。
瓦葺の屋根から突き出たそれは、煙をモクモクと上げている。
窓にはガラスが嵌められ。
窓枠や玄関のドアは木製。
壁は、木でもレンガでも金属製でも無い。
この世界では見られない材質。
クライスは知っていた。
鉄筋コンクリート造り。
色々な様式を合体させた様な仕組みは、曽て居た世界を忘れない様にする為。
そう魔法使いから聞いた。
何時?
それは、【遥か昔】。
ここに、クライスと魔法使いの関係を紐解く鍵があった。
玄関らしきドアから少し湖面へ進んだ所に。
丸いテーブルが置いてある。
その周りに、一人掛けの椅子が13個。
その内1つは、一回り大きかった。
主の掛ける椅子だろうか?
テノはそう思った。
「ちょっと待ってて。」
メイはそう言い残し、玄関のドアをノックする。
『はーい』と中から声がすると。
ドアがゆっくりと開いて、誰かが出て来る。
それは、背格好がアンに近い若者だった。
性別が判別不能なその外見。
ショートヘアに、半そでとズボン。
格好と同じく、中性的な仕種。
そこでロッシェは思い出す。
クライスが魔法使いについて語った時。
《性別不明、『魔女』などとの断定を嫌がる。》
その言葉を。
その時は左程気にしなかったが。
理由を把握出来た気がした。
何者にも縛られない。
性別さえも。
年齢さえも。
だから一切不明。
イメージを固定される事は、最も嫌がる所。
恐らくその辺の質問をしても、答えは返って来ないだろう。
それどころか、怒らせて抹殺されかねない。
ロッシェはそこまで想像した。
自然と身が震えていた。
クライスが『気にし過ぎだ』と、ロッシェの肩に手をやると。
漸く納得したらしい。
震えが止まり、シャキッとしていた。
その様子を見て、ニヤリと笑いながら。
魔法使いがテーブル周りへ誘導する。
「皆、良く来たね。取り敢えずあちらへ掛けたまえ。ゆっくり話をしようじゃないか。」




