第207話 届かなかった彼の思い、今
住民達に聞かれては不味い。
そう判断したクライスは。
まずラヴィに皆を呼びに行かせ、メドム側に通ずる街道まで移動した後。
話を聞く体制を作る。
一行の中でも。
ロイスは、敵側かつ捕らえた者。
連れ回す訳には行かなかったので、メイとペコを監視に付けソインの元で大人しくして貰う。
『手元に置いておきたい』とのテノの強い要望で、ソーティはテノが背負って運ぶ。
イェトは事情を知っている可能性が有るが、再び監視の役目に着く。
敵の動きを警戒しながら、ウタレドを中心に飛び回っている事だろう。
なので、今街道に居るのは。
クライス達5人とエミル。
王族2人。
そしてツレイム。
さて、何から話そうか。
少し考え、大きくため息を付くと。
ツレイムは話し始めた。
その内容は以下に。
元々力が弱かったゲズ家。
12貴族の地位に居られたのは、住民と良好な関係を築いていたから。
主は民の為に尽くし、民も主に応える。
理想的な政治形態を保っていた。
その歯車が狂い出したのは、とある出来事が切っ掛け。
何処からかの使者がゲズ家を訪れ、『こちら側へ付け』と言って来た。
受け入れなければ、仲間であるチンパレ家が攻め込むだろう。
そう通告して来た。
若かりし頃のツレイムは当然、突っ撥ねる様進言した。
しかしまだ生まれたての娘の将来を憂い、当時のゲズ家当主【サマト・フェル・ゲズ】は決断する。
相手の軍門に下る事を。
『許して欲しい』とサマトは、ツレイムに土下座したそうだ。
サマトの本意を知るツレイムに、責める権利など無い。
ならばせめて、何か有った時には命を賭して娘御を守ろう。
ツレイムは、そう決意した。
すぐに相手は、チンパレ家に出入りする貴族【セメリト・ケイシム】をゲズ家へ遣わした。
後で知ったのだが、正体は貴族でも何でも無く。
ケミーヤ教なる集団の幹部で、ただの錬金術師だった。
ゲズ家乗っ取りは順調に進み、セメリトは着々とウタレドの仕掛けを構築して行く。
それがとうとう我慢出来なくなり、ゲズ家はセメリトを追い出す。
錬金術師としての能力は高く。
力づくで言う事を聞かせようとしても、サマトやツレイムでは歯が立たなかった。
なので難癖を付け、『裏切ろうとしている』と追放処分にした。
同時に王族へ状況を知らせ、何とか打開策を探っていた。
そんな或る夜。
ゲズ家の屋敷が放火された。
見る見る内に炎が回る。
サマトは幼い娘を女中と共に屋敷の外へ逃がし、妻を助けに戻った所で行方不明。
後にケミーヤ教の連中が、死体を血眼になって探したが見つからず。
その魔の手は、逃亡する娘と女中へと向けられた。
初めはツレイムに匿われていたが。
メドムに敵が襲来するなら、ツァッハとラミグ両方から一度に攻め込んで来る筈。
南北から挟み撃ちになり、逃げ場が無くなる。
そこをじっくり甚振れば良い。
向こうはそう考えるだろう。
そう読んだツレイムは、娘と女中をこっそり逃がした。
何処でも良い、行ける所まで逃げてくれ。
そう言い聞かせて。
恐らく何も分かっていないだろう娘と。
やり遂げる覚悟の目をした女中は。
闇夜に紛れて、逃亡生活を開始。
その後すぐに、案の定セメリトがやって来る。
気の済むまで家探しした後、脅しとも取れる以下の様な言葉を残して行く。
『これから先の事は、全て見ぬ振りをしろ。』
『お前の様な弱小を潰しても気は晴れぬ。』
『俺が情け深くて助かったな、ハハハハ!』
悔しいが、相手は高度な錬金術を操る。
民が救われるなら、仕方が無い。
そう考え、ツレイムはツァッハの民に心の中で懺悔しながら。
生きて行く。
逃げ続ける娘を希望として。
何年か後、ウタレドで術が発動された。
それを黙って見ているしか無かった。
行っても、自分達に術の解除は出来ない。
人柱を増やすだけ。
その間、全力でチンパレ家の監視は続けた。
ケミーヤ教と組んで、えげつないビジネスを始めた事。
紛争を自前で起こしては、傭兵を派遣。
人が暮らせそうに無い所へ、口利き。
そして、奴隷売買。
屑の様な所業に、手を染めて行くチンパレ家。
それもこれも、ケミーヤ教が仕掛ける暗殺の下準備。
最終目的は、どうやら権力の掌握では無く。
国同士をぶつけて戦争を押っ始め。
停戦する様介入して来るであろう集団を炙り出し、潰す事に有るらしい。
そこまでは掴んだ。
でも動けない。
今となっては、知らせを王宮へ走らせる事も出来ない。
評議会での警備の名目で、何度か訪れた事はそれまでにあるが。
直接皇帝に話し掛けるチャンスが無かった。
トクシーやデュレイよりも格の低い、地方の騎士故に。
何よりも、明らかに敵側の騎士が見受けられた。
そう、ロイスである。
常にフレンツを共に行動し、その立ち居振る舞いは騎士とは少しずれている。
異質なのは確か。
王族の傍にそんな輩が居たら、報告しても簡単に揉み消される。
今までもそうだったのだろう。
とうにゲズ家からの知らせが届いてもおかしく無かったのに、王族が動く気配は無い。
その事実が指し示している。
もう、足掻いても無駄なのだろうか……。
殆ど諦めかけていた時。
何気無く、ウタレドの方向を見ていると。
空から急に雲が消えた。
誰かが術を止めた?
そんな事はどうでも良い。
今こそ動く時。
そう判断したツレイムは、馬を懸命に走らせた。
そして到着すると。
プレズン軍が占領している。
奴等がやったのか?
分からん。
分からんが。
無性に腹が立って来る。
こんなに私が苦しんだのに。
横から掠め取る様な真似をしやがって。
気が付いたら、ソインに旗を降ろす様迫っていた。
そして、今に至る。
「済まなかった……!」
長話を終えたツレイムへ、そう真っ先に声を掛けたのはテノ。
またしても、見逃していた。
運命に苦しむ者を。
深々と頭を下げ、許しを貰うまでそうしているつもりだった。
しかし、ツレイムが言う。
「お顔をお上げ下さい、陛下。」
「し、しかし……。」
「こうして、御自ら来て頂けたのですから。素晴らしい従者を伴って。」
従者と言う言葉にムッとするラヴィ。
『まあまあ』と諫めるセレナ。
『私達はあくまで行商人ですから』と、強調するアン。
クライスはテノに言う。
「彼も気まずいだろうから、もう顔を上げては?」
そう促され、漸く顔を上げるテノ。
その目は涙で潤んでいた。
テノの手をガシッと握り、ツレイムがうんうん頷く。
それに呼応する様に、テノも頷き返す。
その時。
「僕からも、謝らせて貰えないか?」
「ソーティ!気が付いたのか!」
横でテノに寄りかかっていたソーティから、言葉が発せられると。
ソーティの顔をまじまじと見るテノ。
「大丈夫だよ、兄さん。」
ソーティはまだ弱々しかったが、意思ははっきりしていた。
謝罪。
兄達の力になりたくて、甘い誘惑に乗ってしまった。
そして自分を制御出来なくなり、結果として数多くの命を奪う事に。
罪の自覚は有る、しかし彼だけの責任では無い。
嗾けたケミーヤ教が一番悪いのだ。
それは理屈では分かっているつもりでも。
皇帝として、けじめを付けさせねばならない。
その為に。
「お前を裁かねばならない。しかしそれが出来るのは、私では無い。」
「はい?」
「《魔法使い》、あの方に委ねよう。」
『その為の旅なのだろう?』と、テノはクライスに聞く。
クライスは黙って頷くだけ。
しかしそれだけで十分。
王族として連帯責任がある。
一連の事件が、全て繋がっているのなら。
そこでテノは、ツレイムに1つ頼み事をする。
「これからケミーヤ教を叩く作戦に入る。協力してはくれまいか?」
「何ですと!」
驚くツレイム。
テノが続ける。
「今頃《昔の私》がワインデューに着き、ヤフレ家の協力を取り付けてる筈だ。」
「昔の、ですか?」
「信じなくとも良い。とにかく、ヤフレ家は王族側へ付いた。大規模な作戦になるだろう。味方は、多いに越した事は無い。」
「私で宜しければ。」
ずっと握り締める手に、力が込められる。
それは契約の証。
こうして、ツレイムも王族側となった。
その中で独り、暗い顔をする者。
クライス。
全ては俺の背負う業。
俺が【始まり】なら。
俺が終わらせるべき。
そう言いたいのだろう?
幻の湖が漂うシキロの方を見やり、ポツリとそう漏らす。
その言葉は誰にも届く事無く。
泡となって消え失せたのだった。




