第194話 キーワードは“ピッカピカ”
丘の頂点を目指して、スタスタと上がって行くアン。
助手の筈なのに、メインのセレナは置いてきぼり。
そんな事を気にせず、アンは先に頂点へ。
そこで見張りをしている兵士が、アンに声を掛けて来る。
「おい、何してる!危ないぞ!」
「私達は、『この局面を打開せよ』とソイン様に仰せ付かった者です。ご容赦を。」
「そんな話は聞いていないが……。」
首を捻る兵士に、セレナと共に追い付いた伝令が伝える。
伝令は、暗示を掛けられた兵士を押さえた内の1人だった。
顔を高揚させて言う。
「『この者達の成す事を、しかと見届けよ』とのお達しだ。」
「本当か?」
「ああ。俺も見たが、凄かったぞ。」
何が凄いのか分からなかったが、お達しとあらば。
見張りは『気を付ける様に』とだけ言い、そのまま所定の場所へ戻った。
伝令は『ご武運を』とここで見送る。
一礼してアンとセレナは、斜面を下って行った。
なだらかな坂を下って行くと。
正面に広い空き地が見える。
あれが、クェンド……。
町だった痕跡が、まるで無い。
子供達の言う通り、破壊されてしまったのか?
それにしては、綺麗過ぎる。
話では火が立ち上り、家屋が幾つか焼けた筈。
焦げ付いた後まで消したとは考えにくい。
まさか、子供達が見た炎は幻……?
そうセレナが考えていた時。
アンが叫ぶ。
「あそこ!見て!」
街道との接続点だろうか。
そこに、わっさぁと人の群れ。
恐る恐る接近する2人。
すると、1人がこちらへ頭をグルンッと向けた。
すかさず他の者も反応する。
2人の姿を視界に捉えると。
一斉に2人へ向かって走って来る。
「予定通り、行くよ!」
「分かったわ、アン!」
アンとセレナは、再びなだらかな坂を上り始める。
するとその時。
追って来る群衆から、声が飛んで来る。
「助けてくれ!」
思わず振り向く2人。
とある老人が目に付いた。
と同時に、体が固まって動けなくなる。
しまった!
罠だ!
群集が突然ピタリと止まると、中から老人が一歩前へ出る。
あの顔は……!
スラッジでクライスに襲い掛かった者。
そうセレナが悟った時。
老人が言う。
「動けんよ。俺の目を見たからな。」
言葉を発する事も出来ない2人。
このままでは……!
高笑いをしながら、老人が続ける。
「お前達も、俺の操り人形にしてやる!」
老人がカッと目を見開く。
もう駄目!
そう思った時。
「させんよ。」
シュッと2人の顔に、眼鏡らしき物が。
目の前が急に暗くなり、焦る2人。
その物体を見て、思わず老人が叫ぶ。
「しまったあああああ!」
ひょっこりと現れたクライスが、2人に付けた物。
それは、サングラス。
しかも、前面が鏡面の様になっている種類。
「材料を探すのに苦労したぜ。間に合って良かった。」
相手方に、例の老人が混ざっていると考えたクライス。
そこで保険を掛ける事に。
幻を見せるには、目と目が合う必要がある。
群衆に紛れて接近して来る筈。
そして必ず、2人の目を見つめて来る。
そこが付け込み所。
この世界には、遮光眼鏡の類は無い。
ましてや、レンズ部分が鏡面状態のタイプなど知りもしない。
それを相手が覗けばどうなるか。
術が自分自身に跳ね返る。
案の定、老人がたじろぐ。
その瞬間、2人の身体の自由が戻る。
『後は任せろ!』とクライスが叫ぶと。
2人は又、坂を駆け上がって行く。
それを追い駆ける群衆。
その場に残った、老人とクライス。
先に喋ったのは、老人の方。
「貴様!何をした!」
「それはこっちの台詞だ。」
「俺の力、侮るなよ!」
「だからこそ、陰で動いてたんだ。あんたが何か仕掛けて来ても良い様にな。」
「それは名誉な事だな、【グレイテストの仇】よ!」
「何の事か分からんな。」
「惚けても無駄だ!こちらには、《グレイテストの血を受け継ぐ者》が居るのだ!」
「それがワルスとやらか?とんだ迷惑だな。」
捲し立てる老人。
冷静に答えるクライス。
かなりの温度差。
《全てを知ったつもりの者》と、《全てを知っている者》との差か。
クライスが老人に言う。
「いい加減、その身なりと喋り方を止めてくれないか?あんたが《若造》だって事は分かってるんだ。」
「何を!」
どう考えても、クライスの方が……。
しかし腹が立ったのか、『お望み通り、晒してやる!』と老人が怒鳴る。
すると、姿がどんどん若返って行く。
そして20才前後の見た目となった。
「どうだ!お前の方が若造じゃないか!」
「それが《青い》んだよ。」
「あ?」
ボソッとクライスが呟いた『青い』と言う言葉は、向こうには届かなかった様だ。
クライスが叫ぶ。
「ついでに名乗ってくれないか?俺の名は知ってるんだろう?」
「良いさ!後悔するなよ!俺は《フレンツ》だ!」
「おや?ヘルメシア帝国の王子に、同じ名前が居た様な……。」
「『様な……』じゃねえ!《本人》だ!」
「やはり、青いな。」
自己紹介を受けて、クライスがまたボソッと言う。
煽られたからとは言え、自らペラペラと喋ってくれる。
耐性が無さ過ぎる。
それにしても、王族の王子が2人も敵側とは。
テノが知ったら、さぞ嘆く事だろう。
と言う事は。
唆したのは、デュレイが報告した《フレンツに仕える騎士》か。
そこまで考える。
ギロッとクライスを睨んだままのフレンツ。
クライスが大声で言う。
「俺ばかりを気にしてて良いのか?」
そして、アンとセレナが駆け上がって行った方を見る。
何?
あいつ等が取って食われでもしたか?
自分が負ける事など、微塵も想像していない。
そう言った顔付きで、クライスと同じ方を見やるフレンツ。
そこには。
駆け上がる2人を追い駆けながら、横へと広がって行く群衆。
わらわらと群がろうとする。
アンが術を発動。
ズアアアアッ!
分厚い金属の一枚板が地面から迫り上がり、アンを中心として円弧を描く様に群衆を阻む。
それをギューッと手で押し倒そうとする群衆。
セレナが叫ぶ。
「配置、良し!」
「せーのっ!」
アンが、展開していた金属板をグルっと回す。
アンを中心に保ったまま、円を描く様に。
群集に向かって凸面だったのが、凹面へと変わる。
群集の目線が凹面へと向いた瞬間。
セレナが掲げる。
「今よ!エミル!」
「いっけーーーーっ!」
カッと凹面が光ったかと思うと。
群衆の目線が、エミルの目に集中。
すると。
次々と倒れ込む群衆。
全員倒れたのを確認すると、2人と1妖精でハイタッチ。
作戦成功。
その結果に愕然とするのは、フレンツ。
「くっそーっ!どうしてこうなった!」
「それは後で反省するんだな。」
そう言って、フレンツへと躙り寄るクライス。
捕まって堪るか!
ピーーーッ!
口笛を吹くフレンツ。
クェンドだった敷地奥にある、街道の傍から飛んで来るのは。
筋肉盛り盛りの老人。
ソーティの成れの果て。
そしてフレンツを抱えると、向こうへ跳んで行った。
肩に担がれたまま、『この先でけりを付けてやるからな!』と捨て台詞を吐くフレンツ。
元々捕まえる気は無かったクライス。
はいはい、何とでも言ってろよ。
それが罷り通ると思うんならな。
それよりも、これをテノにどう説明するか。
そちらの方で頭を悩ます、クライスだった。
倒れた群衆の中から、次々と起き上がる人達。
皆正気に返っていた。
一連の出来事をしっかりと見ていた、見張りの兵士達は。
感嘆の声を上げる。
「凄い!」
「本当に打開しやがった!」
同じく見届けた伝令が、ソインの元へと向かう。
《打開成功》、そう知らせる為に。
うち、活躍したよね?
ね?
アンの周りをクルクル飛び回りながら、ずっと言って来るエミル。
『はいはい』と、エミルの頭を撫でてやるアン。
『わーい!』と嬉しそうに、エミルが宙返り。
微笑ましく、それを見つめるセレナ。
さて、一体何が起こったのか?
解説して行こう。
まず、群衆の前に金属の一枚板を出現させる。
これは必ず、《一枚板》でなくてはならない。
何故なら、その凹面側は。
クライスが掛けさせたサングラスと同じく、テカテカに磨かれているからだ。
衛星からの電波を受信する為の、パラボラアンテナの様な形状。
凸面側で、『群衆が押す』と言う前提を確立し。
急に凹面側を向ける事で、鏡面の様になっている金属板へ視線を集中。
視線の集まる焦点で、セレナがエミルを掲げる。
目が全員と合った瞬間、エミルが幻を見せる。
どんな?
それは、『何も無かった』。
術を掛けられる様な真似はされなかった。
全部気のせい。
そう思い込ませる事によって、掛けられていた幻術を解除。
そう、上書きでは無く根本的に術を消したのだ。
俗に言う《プラシーボ効果》。
思い込みが強烈だと、身体にも影響が出る。
その応用。
人々の中では無かった事にされ、皆その場に倒れ込んだ。
起き上がった人達は当然、町が襲われた後の記憶が飛んでいる。
不思議そうに、お互いを見合う人々。
そこに次々と、プレズン軍が駆け付ける。
身構える群衆に、優しい口調でセレナが声を掛けた。
「助けに来ました。もう大丈夫です。」




