第183話 これで良いのか?交渉術
〔ここよりプレズン〕。
そう書かれた立札を通り過ぎて。
一行は進んで行く。
Pによると、初めに訪れるのは〔オフォエ〕と言う町。
北からガティに向かう人達が少ないせいか、それなりの規模で住人もそこそこ多い。
警備に人員を割く程の重要拠点では無いらしく、町中の雰囲気はのんびり。
中でもテノが驚いたのが、町を囲う防壁の様な物が一切無い事。
柵すら無く、何処からでも出入り自由。
それもその筈、ここは周りを畑でぐるりと囲まれている。
住民が農作業へと出るのに、邪魔となるからだ。
町自体に囲いは無いが、動物が侵入して荒らさない様に畑には柵が設けてある。
畑とそれを守る柵、これ等が或る意味堀の様な役目を果たしていた。
こう言った街作りもあるのか。
テノは感心する。
何でもかんでも、物理的にシャットアウトすれば良い訳では無い。
攻め易い様で、実は巧妙。
参考になる事が色々あった。
町に入るのもすんなり。
入り口に見張りは立っていない。
誰でもウェルカム。
ここで取れる野菜は様々、そして量も多く年中供給される。
自給自足出来そうな位。
ここを攻め落とせば、食料基地として便利に活用されそうなものだが。
シルバのすぐ隣という立地条件もあって、ここを奪おうなんて輩は居ない。
実はクメト家、12貴族の中でも軍事力は強い方なのだ。
だからこそ、シルバと言う皇帝直轄地の真北を任せている。
無理に王族擁護派へ勧誘しないのも、反発を食らって攻め込まれたら太刀打ち出来ないから。
中立な立場で居て貰った方が、寧ろ都合が良い。
そんな思惑もあって、クメト家は自由に政治等を行っている。
力に物を言わせて民を従える、そう言うやり方は今はしていない。
曽てそれで、手痛い傷を負わされた事があるのだ。
その《事件》が契機となり、人や物の行き来をかなり自由にした。
それが功を奏し、域内に土着する人が増加。
徴収する税も増え、懐が豊かになり。
治政に割ける金額も更に増えた。
好循環を生み、支配地域内は発展。
12貴族の中でも一目置かれる存在に。
その気風がオフォエにも表れている。
のんびりとした雰囲気は、正に住民の心の余裕そのまま。
しかし、決して油断をしている訳でも無い。
ここには外からの脅威とは別に、内側の敵が居るのだ。
それは。
「また出たのか。」
一行とすれ違う住民から、偶に聞こえる言葉。
『また』。
どうやら最近、変な輩が出没しているらしい。
一行を見る目の中に、ギラリと怪しむ目付きが混ざっているのはそのせい。
治政者として見過ごす訳には行かない。
テノが住民に話を聞こうとする。
「そこの者、何が起きているか言うてみよ。」
テノの言葉に耳を貸そうとする者は、誰も居ない。
何て不敬な!
苛立ちを隠せないテノ。
呆れた顔のラヴィが、テノに話し掛ける。
「今の自分の立場、分かって言ってんの?」
「無論。私は……はっ!」
まだ皇帝の気分が抜け切っていない。
上から目線で物を尋ねても、無視されるのは当然。
何せ今は行商人の格好をしているのだから。
庶民として振る舞おうとすればする程空回り。
道理で今まで物が1つも売れない筈。
所作ばかりを気にして、言葉遣いまで気が回らなかった。
気さくにラヴィ達と話せたのは、相手が身分の高い者だった為。
何て事は無い、まだ世間と言う物を舐めていただけなのだ。
『私も初めは同じ様なものだったわ』と、ため息交じりに漏らすラヴィ。
そこで先輩としてアドバイス。
「人と話す前に、自分の足元を見る事ね。靴を見れば、今の立ち位置が分かるから。」
早速下を向くテノ。
靴は綺麗とは言えない。
歩き易い様に、革は柔らか目。
靴の先や側は汚れが付いている。
解れが若干見え始めている箇所も。
現在は、道が整備された王宮やガティの町を歩いているのでは無く。
泥臭く地道に歩んでいる。
それに自分の心も合わせなければならない。
相手に分かって貰おうとするなら。
目線を相手と同じまで下げねば。
理解はしたが、ならどうやれば良い?
そこまで考えて、ラヴィを見るテノ。
「丁度、良い見本が有るわよ。」
そう言って、クライスを指差すラヴィ。
5メートル程向こうでしかめっ面の男が3人、何やら話し込んでいる。
その輪にスッと近付き、しれっと中に加わろうとしていた。
無茶な!
いきなりそれは出来まいて!
テノはそう思ったが。
「ども。ちょっとお尋ねしたいんですが……。」
人の輪に話しかけるクライス。
ギロッと睨まれるが。
それでもニコニコしている。
通りすがりのただの行商人です。
お手間は取らせませんから。
そうアピールしている。
『仕方ねえなあ』と言う顔付きになると。
輪の中の1人がクライスに言う。
「兄ちゃん、見ねえ顔だな。」
声を掛けてくれた。
一言二言は聞いてくれると言う事。
そこでクライスはこう告げる。
「はい、この辺は初めてなもので。」
「初めてかい。また何でこんな所へ……。」
「ツベンの村で、『景気が良いみたいだから物が売れるぞ』と小耳に挟みまして。」
「全くあざといな。商売っ気丸出しかよ。」
近隣の地名がすんなりと、クライスの口から出て来たので。
呆れながらも、徐々に話を聞く気になって来た男。
「で?何が聞きたい?」
「はい。今夜泊まる宿を探しているのですが、中々見つからず途方に暮れておりまして。」
頭を掻きながら、そう言うクライス。
落ち零れの様な素振りを見せる。
「何だよ、それ位見つけられないのかよ。」
「申し訳無い。方向音痴なもので。」
「ほんとかよ!良くそれで旅が出来るな!」
大きな呆れ声を出す男。
それにつられて、他の男もクライスに話し掛ける。
「どうやってここまで来たんだよ。」
「仲間が優秀でして。俺はそれにくっ付いているだけです。」
そう言って、ラヴィ達の方を指差すクライス。
男達が振り向くと、軽く手を振ってにこやかにラヴィも応える。
クライスに向き直ると。
「えらい美人じゃねえか!」
「あんな娘と一緒に旅してんのかよ。」
「羨まし……いや、何でも無い。」
乗り気になって来た男達。
すかさずクライスは。
「それであの、宿はどちらに……。」
「あれ!あれだよ!」
男が大声で指し示す、少し離れた場所。
広場だろうか、町並みの中で開けたその向こう。
立派な建物がある。
高さ3階位の、周りの家とは明らかに違う外見。
『だろうな』とは思いつつ、クライスは礼を言う。
「ありがとうございます。ところで……。」
ここからが本題。
男達が何を話していたか。
それを聞き出す。
「何を話していたのですか?真剣な面持ちでしたが……。」
「それよりあの娘の事を教えてくれ!」
「何だよ、お前!」
「抜け駆けする気か!」
クライスの問いに答えず。
何やら男達の間で、ラヴィ争奪戦が始まりそうな勢い。
そこで。
「いやあ。彼女から『尋ねる序でに聞いて来て』と、言付かっていたものですから。」
「俺達に興味があるのか?」
男達の関心が、こちらへ完全に向いた。
これなら。
「はい。『何かお困りなら力になりたい』と。」
「「「おお!」」」
「行商人なのに?力になりたいだって?」
食い付いた!
狙い通り。
クライスは続ける。
「どうやら、困っている人を放って置けない性分の様で。」
「ほうほう。」
「何事も無いなら、それで良いのですが……。」
そう言って男達に会釈をし、その場を去ろうとするクライス。
その腕をガシッと掴み、引き留めようとする男達。
「いや!いやや!有るぞ!相談事!」
「丁度困ってたんだ。」
「助かるよ、ちと協力してくれないか?」
必死に話し掛ける男達。
余程、普段から女性に飢えているらしい。
話せるだけでも良い。
それも飛び切りの美人と。
機会を逃してなるものか。
必死さがビリビリ伝わって来る。
完全に落ちた。
ニヤリと不適の笑みを浮かべるクライス。
遠くからそれを見て、ゾッとするテノ。
それで良いのか?
本当に?
仲間をダシにするクライスの手法に、疑問を呈しつつも。
目の前の事実を受け入れざるを得ない。
自分が話し掛けても、関心すら向けない。
その連中が、自分から話を聞いてくれと言っている。
クライスが手招きをするので、『そこで待ってて』とテノに言い残しラヴィも輪に加わる。
男達はクライス其方退けで、ラヴィとばかり話をしている。
その内、輪から外れて。
テノの元へやって来るクライス。
「後はあいつが情報をゲットすれば、終了さ。」
『1つ仕事をやり遂げた』と言う、満足気な顔。
その横顔を見て、テノはクライスに尋ねる。
「これまでもこの手法で?」
「まあね。」
あっさり答えるクライス。
自分の立ち位置を、敢えて相手より下げる。
会話で、意識的に。
テノがそうだった様に、人は皆社会的地位の低い者に対して増長し易い。
口も自ずと軽くなる。
切っ掛けを作れれば、後はどうとでもなる。
これが交渉術。
自分には、とてもここまでは……。
そう思いつつも、それに適応してしまったラヴィに畏敬の念を覚えるテノだった。
ラヴィは男達と談笑。
会話が弾む様、気遣いながら。
そこで出て来た話題は。




