第170話 使者として、まず
ユーメントから飛び出た単語。
《幻の錬金術師》。
ハリーは聞いた事が無い。
リンツは風の噂程度。
なので、何が幻かは良く分からない。
クライスは敢えて答えず。
ユーメントは再び尋ねる。
「では質問を変えよう。何でも良い、《錬金》してくれないか?」
「いけません!それは!」
思わずトクシーがガタッと立ち上がり、ユーメントに向かって叫ぶ。
無礼を承知。
でも言わずにいられなかった。
あの悪夢が蘇ったのだ。
ロッシェも立ち上がり、補足説明する。
「先生は前に同じ事を言って、髪の毛を半分変換されてしまったんです。」
「そうか、それは必死になる訳だ。」
トクシーの意図を汲み取るユーメント。
『戯言だ、忘れてくれ』と訂正した。
座り直すトクシーとロッシェ。
仕切り直しとして、トクシーが発言する。
「話を進めましょう。私は今回、グスターキュ帝国からの使者の案内役として参上致しました。」
『陛下へご挨拶を』とトクシーに促され、順番に立ち上がり一礼して名乗りを上げる。
その面々、彼女達の正体に驚きを隠せないハリーとリンツ。
「グスターキュ帝国国王アウラル2世の名代として参りました、第1王女のマリアンナ・グスタ・アウラルと申します。お見知り置きを。」
「マリアンナ王女に使えます、女中のエレミリア・フォウ・ヒオセンスと申します。」
「錬金術師宗主家の娘、アンナ・G・ベルナルドです。初めまして。」
「えっと、騎士に成りたてのロッシャード・ケインスっす。宜しくっす。」
「クライス・G・ベルナルド、一応錬金術師です。」
「魔法使いの使い魔、メイよ。」
「ウィドー。ガーゴイルだ。」
「妖精の女王エフィリアの息子、エミルだよ。宜しくね。」
そうやって全員の自己紹介が終わった後、クライスは付け足す。
「《幻の錬金術師》と言う異名は、確かにそうです。俺は金を錬成出来ます。この様に。」
右手を懐に入れ小石を取り出すと、パッと手のひらを広げる。
そのまま前にスッと出し、ギャラリーに小石である事を確認させると。
キンッ!
小石は確かに、一瞬で金塊へと変化した。
驚きの声を上げるユーメント、ハリー、そしてリンツ。
特に少女のハリーは、感嘆と悲鳴が入り混じったトーンで。
「凄ーい!何で黙ってたのよ!」
それに対し、少し冷めた声で答えるクライス。
「君のリアクションが全てだよ、ハリー。」
「どう言う事?」
「申し訳有りません、お嬢様はまだこの手の話題には疎いのです……。」
平謝りするリンツ。
彼は理解していた。
ハリーの様な好奇の目に、クライスは晒され続けて来た事を。
どれだけ残酷な事か。
世間のクライスへの認識は。
富を生む道具、奇妙な術を使う人間、危険人物、挙げれば切りが無い。
世間的地位が高くなればなる程、狡賢くあくどい知恵が回る。
そして、どんな手を使ってでも手元に置こうとするだろう。
貴族とはその様な者。
善意の塊ではやってられない。
常に見返りを求める。
ハリーには『権力を得た者の性、習性』、その辺がまだ認識出来ていなかった。
単に興味本位。
しかしそれこそ、たちが悪い。
純粋な悪意、クライスにはそう受け取られかねない。
だからこそ、リンツはハリーの無礼を平謝りしたのだ。
「じいや、何故謝るの?凄い事に凄いと言って、何が悪いの?」
「そこではありません、お嬢様。彼が私共に素性を何故黙っていたのか、今一度深く考えなされませ。」
「ムヒス家に仕えし者、彼の言う通りだ。浅知恵は傷を深くする。覚えておくが良い。」
ハリーに対するリンツの進言、それに同調するユーメント。
ハリーとユーメントは面識がある。
弟の幼馴染として、良く王宮へ遊びに来ていたのだ。
皇帝陛下の言葉に、流石のハリーも押し黙る。
そして漸く、ここから本題に。
「さて、使者としての役目を果たして貰おうか。」
ユーメントがまず切っ掛けを作る。
スクッとラヴィが立ち上がり、懐から親書入りの便箋を取り出すと書斎机の上へ静かに置く。
そして、ユーメントの方へズイッと押し出す。
ユーメントは便箋を取り、封を解く。
中の親書を取り出すと、ジッと見ながらじっくりと読む。
そして、ため息を1つ。
「こちらの意図をここまでご理解頂けるとは。感謝せねばなるまいな。」
「親書には何と?」
トクシーは、親書の内容を聞かされていない。
アリュースとラヴィが打ち合わせ、それを国王に連絡。
国王の了承を得て認められたのだ。
使者の道標として、また護衛係として付き添って来ただけ。
内容を知らなくても務まるが、同じく旅をしてきた身。
やはり自分も知りたい。
主君の身に関係のある内容か?
それならば、自身の身の振り方にも関係する。
「まあ急くな、ビンセンスよ。これを話すには……。」
そう言ってユーメントは、ハリーとリンツの方を見る。
クライスが答える。
「ハイセムさんに憑り付いていた魔物は、無事剥がしました。大丈夫です。」
「君がそう言うなら……そうだ!」
思い出した様に、ユーメントが声を上げる。
『チリチリン』と呼び鈴を鳴らす。
『お呼びでしょうか。』
入り口のドア越しに話しかける護衛隊。
『あの者をここへ』と言うユーメントの言葉に、『承知しました』と一旦下がる。
「いやあ、《彼》が真っ青な顔でここを訪れた時には驚いたよ。」
ユーメントがそう語る。
彼、と言う人物に心当たりがある一同。
数分後、護衛隊に連れられて現れたのは。
「おお、ハリー!無事だったか!」
「お父様!」
ハリーの父親でムヒス家当主、【メルド・フム・ムヒス】。
喜び、抱き合う2人。
それを見て涙を流すリンツ。
呆れかえるウィドー。
てっきり捕まったと思っていたのに。
クライスの言う通りだったのか?
娘を皮肉な運命から解放する為に動いたと?
人間の考える事は分からん。
首をかしげるばかりのウィドーに、『だからあんたは雑魚なのよ』とメイがポツリ。
『ムキーッ!』と怒るが、すぐに収まる。
メイの戯言に付き合っていられない。
何せ今は……。
「リンツよ、呪縛から解かれたのか。」
「はい、ご苦労をお掛けしました。」
今度はメルドとリンツが固い握手。
これでムヒス家の主要な面子が揃った。
ユーメントが、確かめる様にメルドへ問う。
「寝返り、で良いのだな?」
「はい。」
力強く答えるメルド。
ならば。
ユーメントが親書の内容を明かす。
「《偽装工作》。それも二国共同の。」




