第168話 入るのは、王宮と言う名の城
待たされる事40分少々。
漸く入城の許可が下りた様だ。
先に小さめの右側が開く。
皇帝の警護隊が出迎える。
「ビンセンス殿、どうぞお通り下さい。」
チャッと右側に槍を立てて、騎士が15人道に沿って並んでいる。
最大の敬意なのだろう。
軽く会釈をして、まずトクシーが入る。
続いてラヴィとアン。
ハリーとリンツ。
左側も開いて、馬車を中へ招き入れる。
セレナが運転して、さっさと入る。
馬車通過後は又、左側が閉じる。
次はぞろぞろと、元スラッジ民が。
一応、身体検査を受けながらの入城。
トクシーを信頼していない訳では無く、決まりなのだ。
身分の保証をされていない者は、皆そうなる。
現に、鎧を装着していないラヴィとアンは調べられた。
行列に続いては、デュレイとロッシェ。
最後にクライス。
エミル・メイ・ウィドーはそれぞれ、どさくさ紛れに入城完了。
そしてすぐに、扉は閉ざされた。
そこからは何故か、円の弧の様な道を反時計回りに進む。
綺麗な庭など無く、草ボウボウで道の姿を呈していない。
トクシー曰く、トラップを仕掛け易いからだそう。
足首の上まで隠れる位の高さの草。
まるで原っぱの中を進んでいる様。
幅こそ7メートル程と広いが、城の入り口は見えない。
道が湾曲しているからだろうか。
70メートル程進んで。
一旦その場で待機する様言われる。
王宮の壁を見ると凹んでいる部分があり、道もそこから2メートル先で行き止まり。
ここで馬車は繋がれるらしい。
『ご苦労だったね、ありがとう』と、ラヴィは馬のメークに呟く。
メークの左頬を擦りながら。
『ヒヒーン!』と返事をするメーク。
ラヴィは名残惜しそうに、行き止まりの奥にある馬小屋へと連れて行かれるメークを見送った。
城の中から続々と出て来る、使用人の格好をした人達。
荷車から荷物を下ろしては、中へと運んで行く。
その間を縫って、一行も中へ。
凹んだ壁には、中へ開く形式の一枚扉。
これは薄い金属製らしい。
時々使用人がぶつかって鳴る、カンカンと言う甲高い音。
素材は分からないが、頑丈そうだ。
人が四列に並んで入れる位の幅の前を。
一列になって順番待ち。
総勢80人越えなので、全員入り切るには少々時間が掛かる。
そこを入ると、外見に反してだだっ広い廊下。
幅は、入り口の2倍はあろうか。
しかしそれも、すぐに分かれ道に。
一行は未だに一列で進まされる。
警備上色々あるらしい。
行列の一番最後に入った丁度その頃、先頭がY字路に到達。
右に行くと玉座の間、そこで謁見等が行われる。
皇帝の執務室は、その奥らしい。
左へ行くと、評議会が開かれる会場に通ずる。
方角で言うと。
北側から入り南西へ向くと皇帝の元へ、南東へ向くと評議会会場へ。
つまりとことんスラッジから遠い場所へと、皇帝の居場所が造られているのだ。
徹底した防衛ライン。
実用性に限れば、戦闘面では合格。
来客をもてなす迎賓館としては、不合格。
わざわざ城まで訪れる物好きな客人など、ここ数年居ないのだが。
評議会の開催も不定期。
なのでこの中を行き交う人間は、王族と警護隊と使用人。
他は、偶に紛れ込む小動物か。
何とも不便な生活。
退屈しないのかしら?
順番待ちをしながら、ラヴィは思った。
Y字路を右に折れると、3メートル程進んだ先でもう玉座の間の入り口。
短すぎる。
セレナは思う。
客など来ないから、気にしていないのか。
それとも、とっとと要件を済ませて帰らせる為にわざと短くしているのか。
ただの要塞、出先機関という認識か。
ならば、皇帝が常駐する必要も無かろうに。
勘繰れば勘繰る程ややこしくなる。
しかし玉座の間に入って周りを見渡すと、その意味が分かった。
ざっと目測で、縦横50メートル。
天井はドーム状で、頂点は15メートル程上か。
2階に相当する高さには、ギャラリーの様に内へ突き出た廊下が部屋を取り囲んでいる。
ここから人が眺めると言うより、いざと言う時兵士を配置出来る様にした空間。
籠城戦の拠点に感じた。
ここが最終防衛ライン。
敵をここへ誘い込み、上から狙う仕組み。
何処まで凝っているのだろう。
ここを設計した者は、軍師か何かか?
一般の設計者の発想では無い。
グスターキュ帝国の王宮に長く居たセレナだからこそ、違和感を感じるのだ。
それはラヴィも同じ。
それ以外は、これが当たり前と錯覚してしまうかも知れない。
特にこの国の人達は。
玉座の間へ入れられると、きちんと整列する様言われる。
一番前には、自国の騎士であるトクシーとデュレイ。
その後ろに、使者の代表としてラヴィ。
続いて別件で訪れた、12貴族であるハリーとリンツ。
更にアン、クライス、セレナ、ロッシェ。
一番後ろに縦4列、横10列に元スラッジ民が並ぶ。
余計な者達は、何処かへ雲隠れ。
クライスが呼ぶまで自由行動。
左膝を付き待機する一行の周りを、今度は剣を携えた騎士が10人程取り囲んでいる。
ジッと待つその目の前。
部屋の中央から出入口よりやや向こう側に、鎮座する皇帝の椅子がある。
決して立派とは言えない、寧ろ素朴の部類。
装飾品は無く、シンプルな作りの木製。
変な小細工を施されない為なのだろう。
背もたれや尻を付く箇所もフカフカ仕様では無く、長時間座るのには不向き。
そう言えば、王宮の定番である絨毯も敷かれていない。
動くのに邪魔なのか、裏側に仕込まれない様にしているのか。
オープンし過ぎな位に何も無く、本当にここが玉座の間か不安になる。
ここに入った事の無い者が皆そう感じるまま、数分経った後。
椅子の後ろに見える人2人分の幅の出入り口から、誰かが現れた。
「やあ諸君、良く来たね。」
笑顔を振り撒きながら、右手を振り椅子へ近付く。
後ろには騎士が2人控える。
人影が静かに腰を下ろすと、騎士は椅子の両脇へ1人ずつ配置。
まずは、トクシーとデュレイから挨拶。
「「陛下、お久し振りです。」」
「おお、懐かしい顔だね。」
そう返答する人間を見て。
『これが皇帝、シルベスタ3世……?』と、ラヴィは疑問を持つ。
堅固な王宮、質素な作り。
出城の様な実用性を兼ね備えた王宮。
それとは程遠い、皇帝の格好。
当然、鎧などを身に付けていると思った。
ところが現れた姿は、絢爛豪華。
煌びやかな王冠は金色に輝き、様々な宝石がはめ込まれている。
纏っている真っ赤なローブも、襟元にミンクの毛皮の様なふさふさが付いている。
ローブの隙間から見える中の服装も、良い生地を使っている風に見える。
靴も駆けるのに不便そうな、ヒールがやや高く先の尖った外見。
そして何より、その顔付き。
どう見ても50歳過ぎにしか見えない。
アリュースとは、かなり年が離れているのか?
それとも……。
皇帝は、話を続ける。
「さて、早速要件を話して貰おうか。これでも忙しい身なのでね。」
するとトクシーはスクッと立ち上がり、突然絶叫する。
「黄色いー!んっふうー!貴婦人ー!ゆっくりー!蠢くー!」
『ちょ、ちょっと!何言い出すのよ!』
トクシーの後ろで、ラヴィが戸惑う。
何の儀式?
この国特有の挨拶?
訳分かんない!
皇帝の前では、おかしな人を演じないといけないの?
『ううっ』と考え込みながらも、トクシーの変な叫びに笑いを堪えるラヴィ。
セレナやロッシェも、流石に面食らう。
試されているのか?
口に手を当て、笑いそうで引き攣る顔を見られまいと必死に我慢する。
それに構わず、今度はデュレイが。
「苦しくもー!人参があればー!んっふうー!」
『んっふうー!』で、どうしても笑いそうになる一行。
元スラッジ民はこの場に居る緊張の余り、心の余裕が無く騎士2人の妙竹林な叫びが耳に入って来ない。
それが幸いして、笑い出す者は誰も居なかった。
トクシーとデュレイの絶叫が終わると、皇帝がスクッと立ち上がる。
そして横に控える騎士を呼び、何やら話し込む。
再び一行の方を見る、皇帝と騎士達。
そして、皇帝が号令を。
「良し!仕切れ!」
ささっと一行の両側に立っていた騎士が動く。
部屋の隅に何やら取りに行く。
長さ2.5メートル程の、長い巻物。
茶色く結構厚みのある布が巻き付けられている。
それをクルクルと解きながら、騎士が元スラッジ民とアン達の間を駆けて行く。
そして両端を壁にピシッと固定。
玉座の間は、巻物の布によって2つに分割された。
騎士が元スラッジ民に、『その場に待機!姿勢は自由に崩して良し!』と号令を掛ける。
次から次へと、異常な事態。
笑いを堪えていた者達は、今度は呆気に取られる。
するとトクシーが後ろを向き、『シーッ!』と言いながら皇帝の方へ進む様促す。
ハリーとリンツがスクッと立ち上がる。
「え?え?」
戸惑うラヴィに。
『早く立ちなさい』と腕をガッと掴んで、ハリーが起こそうとする。
成すがままのラヴィ。
力が抜けていたので、ハリーの腕力でも何とかなった。
セレナやロッシェも、よろめきながら立ち上がる。
クライスが迷わず立ち上がる姿を見て、『これに見覚えが?』と怪しむアン。
考えながらも、手招きする皇帝の方へ歩んで行く。
皇帝と控えの騎士達の前に、一旦勢揃いする者達。
先頭を切って皇帝が歩き出す。
導かれるままに、さっき皇帝が入って来た出入口から退場して行く一行。
事情がさっぱり分からないラヴィ達。
これからどうなるのだろう?
不安が過ぎって仕方無いのだった。




